ヤンゴン・セントラル駅

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ヤンゴン・セントラル駅
ヤンゴン・セントラル駅全景
ヤンゴン・セントラル駅全景
ရန်ကုန် ဘူတာကြီး
Yangon Central Railway Station
Pazundaung (-km)
(-km) Pagoda Road
所在地 ミャンマーの旗 ミャンマー
ヤンゴン管区ヤンゴン市
ミンガラ・タウンニュン英語版 11222
所属事業者 ミャンマー鉄道
所属路線 ヤンゴン環状線
キロ程 -km(ヤンゴン・セントラル起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1877年
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ヤンゴン・セントラル駅
現地名 ရန်ကုန် ဘူတာကြီး
Yangon Railway Station.JPG
ヤンゴン・セントラル駅舎
所在地 ミャンマーの旗ミャンマー
ヤンゴン管区ヤンゴン市
座標 北緯16度46分54秒 東経96度9分40秒 / 北緯16.78167度 東経96.16111度 / 16.78167; 96.16111
面積 5,110 m2 (55,000 ft2)
建設 1877年
解体 1943年
再建 1947年-1954年
建築家 Hla Thwin
登録日 1996年
ヤンゴン・セントラル駅の位置(ミャンマー内)
ヤンゴン・セントラル駅
ミャンマーにおけるヤンゴン・セントラル駅の位置

ヤンゴン・セントラル駅(ヤンゴンセントラルえき、: Yangon Central Railway Station: ရန်ကုန် ဘူတာကြီး [jàɴɡòʊɴ bùdàdʑí])は、ミャンマー連邦共和国ヤンゴン管区ヤンゴン市の商業地区にある、ミャンマー最大となるミャンマー鉄道である。

当駅は、ミャンマー北部(ネピドーマンダレーシュウェボー英語版)、内陸部(ミッチーナー)、シャン高地(タウンジーカロー)およびタニンダーリ沿岸部(モーラミャインイェー英語版)の地域を網羅している、ミャンマー鉄道の総延長5,031km (3,126mi)にもおよぶ鉄道網への玄関口となっている[1]

当駅は、イギリス人によって1877年に最初の駅が建設されたが、日本軍の進攻により、撤退したイギリス人によって1943年に破壊された。 伝統的なビルマ建築様式で設計された現在の駅は、「pyatthat英語版」と呼ばれる現地の階段式屋根を利用した突起構造となっており、U Tin英語版が設計し、1954年に完成した[2]。 当駅は、1996年より歴史的な建物として指定されている。

2007年12月には、ヤンゴン市役所より、不特定日にヤンゴン・セントラルを商業地区から32km (20mi)離れた衛星都市である東ダゴン英語版へ移転させるという、マスタープランが発表された[1]

乗り入れ路線[編集]

以下の路線は、当駅を通過するか、当駅が起終点となっている。

歴史[編集]

当駅は、ヤンゴンからピイまでのビルマ(現・ミャンマー)初の鉄道路線を支援するイギリス人によって、1877年に最初の駅が建設された。 当駅は、商業地区区域のPhayre・ストリート(現・Pansodan・ストリート)の上部区画にある、鉄道構内の南側に位置していた。 駅舎は、イギリスヴィクトリア朝スタイルで設計されており、駅へのアクセス道路は草で覆われた芝生で囲まれていた。 資産の美しさは、地元住民に妖精駅としての新しい建造物を賞賛させた[2]

第二次世界大戦中に、当駅は日本軍の爆撃機の格好の標的となっていた。 1943年に、インドへ退却していたイギリス軍によって、当駅が破壊されてしまった[2]

当駅は、技術者であるHla Thwinによる、伝統的なビルマ建築様式に基づいた設計図に従い、戦後に再建されることとなった。 新しい建造物は、5,110m2 (55,000ft2)の規模であった。 北側には、草の芝生、庭および広いアクセス通路があった。 新たな設計は、1946年5月7日に鉄道局の承認が得られた。 建設は、技術者であるSithu U Tinによって1947年1月に開始され、475万チャット (Kt) の総費用を掛けて、1954年5月に完成した。 新しくなったヤンゴン・セントラル駅の開業式が、1954年6月5日に開催された[2]

なお、当駅の建造物が、ヤンゴン市の遺産一覧英語版に記載されている。

駅構造[編集]

地上駅

駅周辺[編集]

ヤンゴン市内の中心部に位置し、北側にはカンドウギーイー湖があり、南側にはヤンゴン川が流れている。

隣の駅[編集]

ミャンマー鉄道
ヤンゴン環状線
Pazundaung駅 - ヤンゴン・セントラル駅 - Pagoda Road駅

脚注[編集]

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関連項目[編集]