モントーバン

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Montauban
Blason ville fr Montauban (Tarn-et-Garonne).svg

Montauban - La Place Nationale.jpg
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) オクシタニー地域圏
(département) タルヌ=エ=ガロンヌ県Blason département fr Tarn-et-Garonne.svg
(arrondissement) Arrondissement of Montauban
小郡 (canton) 6
INSEEコード 82121
郵便番号 82000
市長任期 ブリジット・バレージュ
2008年 - 2014年
自治体間連合 (fr) Communauté d'agglomération du Pays de Montauban et des Trois Rivières
人口動態
人口 市: 57,570人
2008年
人口密度 384人/km2
地理
座標 北緯44度01分05秒 東経1度21分21秒 / 北緯44.018056度 東経1.355833度 / 44.018056; 1.355833座標: 北緯44度01分05秒 東経1度21分21秒 / 北緯44.018056度 東経1.355833度 / 44.018056; 1.355833
標高 平均:87 m
最低:72 m
最高:207m
面積 市: 13,517km2 (1 3517ha)
Montaubanの位置(フランス内)
Montauban
Montauban
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モントーバン(Montauban)は、フランスの南部、オクシタニー地域圏都市で、タルヌ=エ=ガロンヌ県県庁所在地である。

歴史[編集]

オック語で「柳の生える丘」を意味するモントーバンは、1144年トゥールーズ伯アルフォンス・ジュルダンによって建設された[1]13世紀後半より、ラングドック地方アキテーヌ地方を結ぶ交通の要衝として繁栄した。百年戦争期にはイングランド王国の所領となるが、1368年以降はフランス領として定着する。宗教改革期の16世紀前半にはカルヴァン派が浸透し、1570年サンジェルマンの和約によって礼拝の自由が保障され改革派の拠点のひとつとなった。ユグノー戦争の終結とともにモントーバンは王権に服属し、市街を囲んでいた城壁は撤去された[1]

モントーバン出身の人物[編集]

姉妹都市[編集]

モニュメント[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 坂野正則 伊藤毅(編)「バスティードの諸都市」『バスティード:フランス中世新都市と建築』 中央公論美術出版 2009 ISBN 9784805505984 pp.151-152.

外部リンク[編集]