モンタナ (ブルガリア)

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座標: 北緯43度25分 東経23度14分 / 北緯43.417度 東経23.233度 / 43.417; 23.233

モンタナ
Монтана
モンタナの市章
モンタナの市章
モンタナの位置
モンタナ
ブルガリア内のモンタナの位置
ブルガリアの旗 ブルガリア
州(オブラスト) モンタナ州
基礎自治体 モンタナ
自治体全域の人口 55973[1]
(2008年9月15日現在)
町の人口 46906[2]
(2008年9月15日現在)
ナンバープレート M
標高 135 m
標準時 EETUTC+2
夏時間EESTUTC+3
モンタナ市にあるオスマン帝国統治時代のハマム跡。

モンタナブルガリア語:Монтана / Montana)は、はブルガリア北西部の町、およびそれを中心とした基礎自治体。モンタナ州に属し、その州都である。ドナウ川から南に50キロメートル、ヴラツァから北西に40キロメートル、セルビアとの国境から東に30キロメートルのところに位置している。

地理[編集]

モンタナはオゴスタ川Огоста / Ogosta)沿いにあり、バルカン山脈の北側にある。西と南は高地に囲まれている。

町の気候は大陸性であり、夏は暑く、冬は寒い。1月の平均気温は摂氏-2度であり、7月の平均気温は摂氏25度である。20世紀末から21世紀初頭にかけて、夏に気温が摂氏35度から40度に達するようなことはまれである。

歴史[編集]

ローマ時代[編集]

モンタナ周辺の地方は、紀元前29年ローマ帝国属州である上モエシアとなった。紀元後160年ごろ、かつてトラキア人の集落のあった跡地に帝国の軍事拠点が築かれ、モンタネンシウム(Municipio Montanensium)として都市格を得た。町はその後ローマ様式での開発と都市化が進められ、この地方ではラキアリア(Raciaria、後のアルチャル Арчар / Archar)に次いで重要な都市となった。モンタナを眺める丘の上に要塞が築かれ、また、公共施設、住宅、浴場、劇場などが整備された。モンタナは典型的なローマ都市となり、ローマ化された地元住民が、イタリア系、アナトリア系の住民と共存していた。町の経済の基盤は、イタリア系の大地主とその所有している別荘や邸宅であり、地元民たちは、農産物やオゴスタ川渓谷の黄金を売買した。このころ、ギリシャ系の住民も町に住み、職人や金融に従事していた。モンタナのギリシャ化のもとでは、町の守護者はディアナアポロであった。

中世[編集]

440年から490年にかけて、ブルガリア北西部ではアッティラ率いるフン族や、ゴート族による破壊を受けた。スラヴ人アヴァール人の侵入は、この地域に残るギリシャ・ローマ文明に完全に終わりをもたらした。スラヴ人はこの地に定住し、この地をクトロヴィツァКутловица / Kutlovitsa)と呼んだ。第一次ブルガリア帝国および第二次ブルガリア帝国の時代、町は復興され、地方の中心都市となった。

オスマン帝国統治時代[編集]

クトロヴィツァがオスマン帝国に征服されてからは、町は破壊され、壊滅した。1450年から1688年にかけて、町にはトルコ人が再入植した。この場所は戦略的拠点となり、典型的なオリエント風の町として繁栄した。1つのモスク、要塞、そのほかに多くの建造物が作られた。トルコ人らは、1688年チプロフツィでおきたチプロフツィ蜂起を鎮圧し、町はトルコ人の地域としての性格を確たるものとした。中世の間放置されてきた古代のローマ浴場もあった。

近現代[編集]

ブルガリア解放以降、クトロヴィツァには多くの人々が移住し、経済的に繁栄した。変電所、鉄道駅、郵便局、病院が設置され、市やチタリシテも開設された。

呼称[編集]

クトロヴィツァは1890年にブルガリア大公フェルディナンド1世にちなんでフェルディナンドФердинанд / Ferdinand)と名づけられた。1945年、共産主義体制となると、町の名前は、共産主義活動家のフリスト・ミハイロフХристо Михайлов / Hristo Mihaylov)の名をとってフリスト・ミハイロフと改称された。翌年にはミハイロヴグラトМихайловград / Mihaylovgrad)に再改称された。共産主義体制が崩壊した後の1993年、町は、古代ローマ時代の呼称にちなんでモンタナへと改称された。

姉妹都市[編集]

モンタナにちなむ呼称[編集]

南極大陸サウス・シェトランド諸島リヴィングストン島にあるモンタナ崖(Montana Bluff)は、モンタナにちなんで命名されている。

画像[編集]

バス・ターミナル 
戦没者のためのモニュメント 
噴水 

町村[編集]

モンタナ基礎自治体(Община Монтана)には、その中心であるモンタナをはじめ、以下の町村(集落)が存在している。

脚注[編集]

  1. ^Главна Дирекция - Гражданска Регистрация и Административно Обслужване (2008年9月15日). “Таблица на населението по постоянен и настоящ адрес” (ブルガリア語). 2008年10月8日閲覧。

外部リンク[編集]