ミッシャ・メンゲルベルク

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テキサス州オースティンにて、2006年4月

ミッシャ・メンゲルベルク(Misha Mengelberg, 1935年6月5日 – )は、オランダジャズピアニスト作曲家1961年ガウデアムス国際作曲家賞を受賞した。2006年には、メンゲルベルクの生涯と活動を初めて取り上げた80分のドキュメンタリー(オランダ語: Afijn)がDVDで発売された。

略歴[編集]

指揮者で作曲家のカレル・メンゲルベルクを父に、ウクライナキエフに生まれる。父は20世紀前半の大指揮者ウィレム・メンゲルベルクの甥であり、父の弟ルドルフも作曲家で指揮者であった。

一時的に建築学を学ぶが、1958年デン・ハーグ王立音楽院に転学して1964年まで音楽を学んだ。在学中に、ロースドレヒトで催されたジャズ・フェスティバルで優勝する。初期にはセロニアス・モンクデューク・エリントンだけでなく、ダルムシュタット現代音楽講習会で受講した、ジョン・ケージにも影響を受けており、フルクサスとも接触するようになった。最初期のレパートリーには、かつて忘れられたピアニストのハービー・ニコルズの作品が含まれていた。

Misha Mengelberg performing in 2004

初めて録音に参加したのは、エリック・ドルフィーの最後のアルバム『ラスト・デイト』(1964年)である。同盤では、ドラマーのハン・ベニンクとも共演している。メンゲルベルクとベニンクは、ピート・ノールデイクとともにカルテットを結成した(ただしベーシストは一定しなかった)。1966年にはカルテットとしてニューポート・ジャズ・フェスティバルに参加している。1967年にメンゲルベルクは、ベニンクやウィレム・ブルーケルと共同で、オランダのアヴァンギャルド・ジャズ・ミュージシャンの演奏や録音を広めるための音楽団体を設立した。1969年には、アムステルダム電子音響研究スタジオ(STEIM)の設立者にも名を連ねた。

メンゲルベルクは多種多様なミュージシャンと共演してきた。しばしば同胞のベニンクとデュオを組んでいるが、そのほかの共演者に、デレク・ベイリーやペーター・ブレッツマン、エヴァン・パーカー、アントニー・ブラクストンのほか、ペットのオウムがいる(この鳥はドルフィーのライブ録音の裏面に登場している)。

他人に演奏してもらうために楽曲を提供しており、それらはたいてい即興演奏のための余白が設けられている。多くのミュージック・シアターの公演(ほとんどが不条理的なユーモアが大部分を占めるもの)で監督を務めた。

門人にオスカル・ファン・ディレンがいる。

外部リンク[編集]