ウィレム・ブロイカー

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ウィレム・ブロイカー
Willem Breuker
Willem Breuker 1970.jpg
ウィレム・ブロイカー(1970年)
基本情報
生誕 (1944-11-04) 1944年11月4日
出身地 オランダの旗 オランダ アムステルダム
死没 2010年7月23日(2010-07-23)(65歳)
ジャンル ジャズ
職業 ミュージシャン作曲家編曲家
担当楽器 サクソフォーンクラリネットバスクラリネット
レーベル Instant Composers Pool
共同作業者 ハン・ベニンク
ミッシャ・メンゲルベルク
グローブ・ユニティ・オーケストラ
公式サイト www.willembreuker.com

ウィレム・ブロイカーWillem Breuker、1944年11月4日 - 2010年7月23日、アムステルダム生没)は、オランダのジャズ・バンド・リーダー、作曲家、編曲家、サックス奏者にして、(バス)クラリネット奏者である。

略歴[編集]

初期[編集]

1960年代中頃、彼はパーカッショニストのハン・ベニンクと、ピアニストのミッシャ・メンゲルベルクと共演し[1]、「Instant Composers Pool」(ICP)を共同で設立して[2]、1973年まで定期的に演奏を行った。ブロイカーはグローブ・ユニティ・オーケストラ[1]、及びギュンター・ハンペル・グループのメンバーだった。

ウィレム・ブロイカー・コレクティフ[編集]

1974年、10人編成のウィレム・ブロイカー・コレクティフ (Willem Breuker Kollektief)の指揮を取り始めた。演劇やボードビルから要素を引き出し、演劇的なものをはじめ型破りな方法を使ってジャズでパフォーマンスを行った[3]。グループと共に、西ヨーロッパ、ロシア、オーストラリア、インド、中国、日本、米国、およびカナダをツアーした。

ブロイカーはクルト・ヴァイルの音楽の権威としても知られていた。1997年、彼はキャリー・ド・スワンとともに、ヴァイルの生涯に関して48時間にわたって放送する12部構成のラジオ・ドキュメンタリー番組「コンポニスト・クルト・ヴァイル」を制作した。

キャリアのハイライト[編集]

1974年、彼はレコード・レーベル「BVHaast」を設立した。また、1977年に始まり、アムステルダムで毎年恒例となった「Klap op de Vuurpijl(Top It All)フェスティバル」を開催した。運営していた「Haast Music Publishers」からは楽譜を発表した。

1992年、Editions de Limonは、J. BuzelinとF. Buzelinによって書かれた伝記『ウィレム・ブロイカー』をフランスで出版した。Uitgeverij Walburg Persが、1994年にオランダ語の翻訳を出版している。BVHaastは、1999年に2枚のCDを含む『Willem Breuker Kollektief:Celebrating 25 Years on the Road』を出版した。

1998年、ブロイカーは、オランダ・ライオン勲章を授与された。

死去[編集]

ウィレム・ブロイカーは、2010年7月23日にアムステルダムで亡くなった。彼は肺癌に苦しみ、長いこと病気を患っていた[4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b Henkin, Andrey (2004年9月17日). “Interviews: Willem Breuker”. All About Jazz. 2010年7月25日閲覧。
  2. ^ Whitehead, Kevin (1997年9月). “ICP Orchestra”. All About Jazz. 2010年7月25日閲覧。
  3. ^ Litweiler, John (1984). The Freedom Principle: Jazz After 1958. Da Capo. pp. 250–252. ISBN 0-306-80377-1. 
  4. ^ Chinen, Nate (2010年7月29日). “Willem Breuker, Dutch Composer and Bandleader, Dies at 65”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2010/07/29/arts/music/29breuker.html 2012年10月6日閲覧。 

外部リンク[編集]