マリタ・コッホ
| 獲得メダル | ||
|---|---|---|
マリタ・コッホ | ||
| 女子 陸上競技 | ||
| オリンピック | ||
| 金 | 1980 モスクワ | 400m |
| 銀 | 1980 モスクワ | 4x400mリレー |
| 世界陸上競技選手権大会 | ||
| 金 | 1983 ヘルシンキ | 200m |
| 金 | 1983 ヘルシンキ | 4x100mリレー |
| 金 | 1983 ヘルシンキ | 4x400mリレー |
| 銀 | 1983 ヘルシンキ | 100m |
マリタ・コッホ(Marita Koch,1957年2月18日- )は、1970年代後半から1980年代前半にかけて活躍した、東ドイツの女子陸上競技短距離走選手。活躍期間の長さと記録の傑出度から、史上最高の女性スプリンターとの呼び声が高い。女子400mの世界記録保持者で、その記録47秒60は、30年以上経った今もそれに迫る記録すら出ておらず、永遠に破られないとも言われる(21世紀のベストはサーニャ・リチャーズ=ロスの48秒70であり、コッホの記録より1秒10遅い[1])。コッホは屋外世界記録を計16回、室内世界記録を計14回も更新している。
1977年にイタリア・ミラノで行われた室内のレースで、400mを51秒8で走り自身初の世界記録(室内)を樹立する。1979年には200mで女性で初めて22秒の壁を破った。
1980年モスクワオリンピックでは400mで金メダル、1600mRで銀メダルを獲得。また、1983年の世界陸上では、3つの金メダルを獲得する大活躍を見せた。
自己ベストは、400mを始めとして、後述の通りいずれも驚異的なものである。ただし、当時の東ドイツは組織的ドーピングが盛んであったため(正反対にドーピングを見抜く技術が低かった)、突出したパフォーマンスを発揮したコッホにも薬物疑惑がつきまとっている。
自己ベスト[編集]
- 100m 10秒83 (1983年6月8日)
- 200m 21秒71 (1979年6月10日・1984年7月21日、世界歴代5位)
- 400m 47秒60 (1985年10月6日、世界記録)
100mは、マルリース・ゲール(東ドイツ)の10秒81に次いで当時の世界歴代2位で、200mは女性では史上初めて200mで22秒を切るというものであった(当時の200mの世界記録は、コッホ自身が保持していた22秒02)。また400mでは通算して7度も世界記録を更新している[2]。特に47秒60をマークした時には、2位のオルガ・ブリズギナ(ソ連)以外の選手を完全に振り切り、3位以下の選手に3秒近い大差をつけての優勝であった[3][4]。
主な成績[編集]
| 年 | 大会 | 場所 | 種目 | 結果 | 記録 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1979 | IAAF陸上ワールドカップ | モントリオール(カナダ) | 400m | 1位 | 48秒97 |
| 1980 | オリンピック | モスクワ(ロシア) | 400m | 1位 | 48秒88 |
| 1983 | 世界陸上競技選手権大会 | ヘルシンキ(フィンランド) | 100m | 2位 | 11秒02 |
| 1983 | 世界陸上競技選手権大会 | ヘルシンキ(フィンランド) | 200m | 1位 | 22秒13 |
| 1985 | 世界室内陸上競技選手権大会 | パリ(フランス) | 200m | 1位 | 23秒09 |
| 1985 | IAAF陸上ワールドカップ | キャンベラ(オーストラリア) | 200m | 1位 | 21秒90 |
| 1985 | IAAF陸上ワールドカップ | キャンベラ(オーストラリア) | 400m | 1位 | 47秒60 |
| 1986 | IAAFグランプリファイナル | ローマ(イタリア) | 400m | 1位 | 49秒17 |
注釈・出典[編集]
外部リンク[編集]
- Koch Marita - 国際陸上競技連盟のプロフィール(英語)
- マリタ・コッホ - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(Sports Reference)(英語)
| ||||
| ||||