マリア・フェルディナンダ・ディ・サッソニア

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マリア・フェルディナンダ・ディ・サッソニア
Maria Ferdinanda di Sassonia
Maria Ferdinanda of Saxony.jpg
全名 マリア・フェルディナンダ・アマーリア・クサヴェリア・テレジア・ヨーゼファ・アンナ・ネポムツェーナ・アロイジア・ヨハンナ・ヴィンツェンティア・イグナティア・ドミニカ・フランツィスカデ・パウラ・フランツィスカ・デ・シャンタル
出生 (1796-04-27) 1796年4月27日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国ドレスデン
死去 (1865-01-03) 1865年1月3日(68歳没)
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国ボヘミア
埋葬  
オーストリア帝国の旗 オーストリア帝国カプツィーナー納骨堂
配偶者 トスカーナ大公フェルディナンド3世
父親 ザクセン王太子マクシミリアン
母親 カロリーナ・ディ・ボルボーネ=パルマ
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マリア・フェルディナンダ・ディ・サッソニアイタリア語:Maria Ferdinanda di Sassonia1796年4月27日 - 1865年1月3日)は、トスカーナ大公フェルディナンド3世の2度目の妃。

生涯[編集]

ザクセン王太子マクシミリアンパルマ公女カロリーナの次女として、ドレスデンで生まれた。

1821年3月、27歳年上のフェルディナンド3世と結婚した。なお、4年前の1817年にフェルディナンド3世の息子レオポルド2世とマリア・フェルディナンダの妹マリア・アンナ・カロリーナが結婚している。

夫との間に子供はなかった。トスカーナ大公国がイタリア王国に併合された後、オーストリアへ亡命。1865年、ボヘミアの居城で死去し、ウィーン帝室納骨堂に埋葬された。