マティルド・ド・ブローニュ

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マティルド・ド・ブローニュ
Mathilde de Boulogne
イングランド王妃
Matilda of Boulogne.jpg
出生 1080年
Royal Standard of the King of France.svg フランス王国ブローニュ
死去 1118年5月1日
イングランド王国の旗 イングランド王国エセックス、ヘディンガム・キャッスル
埋葬  
イングランド王国の旗 イングランド王国、フェイバーシャム修道院
配偶者 イングランドスティーヴン
子女 ボードゥアン
マオー
ウスタシュ4世
マリー(1136年 - 1182年)
ギヨーム1世
父親 ブローニュ伯ウスタシュ3世
母親 マリー・オブ・スコットランド
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マティルド・ド・ブローニュ(Mathilde de Boulogne, 1105年? - 1152年3月3日)は、ブローニュ女伯(マティルド1世、在位:1125年 - 1151年)。イングランドスティーヴンの妃。英語名はマティルダ・オブ・ブロイン(Matilda of Boulogne)。

生涯[編集]

ブローニュ伯ウスタシュ3世の娘としてブローニュで生まれた。母マリーはスコットランドマルカム3世と王妃マーガレットの娘で、イングランド王ヘンリー1世の王妃マティルダとは姉妹であった。つまり、マティルドはモード皇后(マティルダ)の母方の従姉妹であった(夫スティーヴンはモードの父方の従兄である)。また、父方の叔父に第1回十字軍の指導者であったゴドフロワ・ド・ブイヨンおよびエルサレム王ボードゥアン1世がいる。

1125年にブロワ伯エティエンヌ2世の息子エティエンヌ、後のイングランド王スティーヴンと結婚した。前後してウスタシュ3世が死去しており、マティルドは夫と共にブローニュ伯となった。

夫との間に3男2女をもうけた。

スティーヴン王の治世はイングランド王位を巡ってモードとの間に内戦が続いたが(無政府時代と呼ばれる)、マティルドは夫を強力に支援した。1142年には自ら傭兵隊を率いてモードの庶兄グロスター伯ロバートを捕虜とし、前年に捕虜となっていた夫を交換で取り戻す働きもしている。

1151年、内戦の終結を見届けることなく、夫に先立って死去した。

先代:
ウスタシュ3世
ブローニュ女伯
1125年 - 1151年
エティエンヌと共同統治
次代:
ウスタシュ4世