メトロシデロス・エクスケルサ

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メトロシデロス・エクスケルサ
The Native Flowers of New Zealand (1888) の図版より。
分類APG IV
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 core eudicots
階級なし : 真正双子葉類 eudicots
階級なし : バラ上群 superrosids
階級なし : バラ類 rosids
階級なし : rosid II / Malvidae
: フトモモ目 Myrtales
: フトモモ科 Myrtaceae
: オガサワラフトモモ属Metrosideros
: メトロシデロス・エクスケルサ M. excelsa
学名
Metrosideros excelsa Soland. ex Gaertn.
シノニム

Metrosideros tomentosa A.Rich.[1](メトロシデーロス・トメントーサ[2]

英名
(New Zealand) Christmas tree、Christmas tree of New Zealand、pohutukawa

Metrosideros excelsa(カナ転写例: メトロシデロス・エクスケルサ[3][4]メテロシデーロス・エクセルサ[5])とはフトモモ科オガサワラフトモモ属英語版ムニンフトモモ属オオフトモモ属)の常緑高木である。赤い花をつけ(参照: #特徴)、ニュージーランドにおいては庭木や街路樹などとして植栽されているものがよく見られる(参照: #利用)が、自生地はニュージーランドの北島のみで海岸や湖岸に見られる傾向があり(参照: #分布)、持ち込まれた外来生物により絶滅の危機に晒されている(参照: #保全状況)。ニュージーランド先住民であるマオリの間でも pōhutukawa として知られており(参照: #呼称)、特に神聖視されてきた個体も存在する(参照: #民俗)。

呼称[編集]

英語では「ニュージーランドのクリスマスの木」(: New Zealand Christmas tree[6]、Christmas tree of New Zealand[5][7])あるいは単に「クリスマスツリー」(Christmas tree)というが、これは本種の花期がニュージーランドでは夏となる[8]クリスマスの頃(厳密には11月から1月で、12月中旬が最盛期[6])にあたるためである[9]。また pohutukawa(ポフツカワ[10]ポフトゥカワ[11]ポウフータカーワ[6]、英語として発音する場合は [pouˌhuːtəˈkɑːwə][7])とも呼ばれるが、これはマオリ語pōhutukawa(カナ転写: ポーフトゥカワ)によるものである。ただしこのマオリ語は本種のほかにも同属のメトロシデーロス・ケルマデケンシスM. kermadecensis)や M. bartlettii のことも指す[12]

ケムニンフトモモという和名が存在する[8][13]

分布[編集]

ニュージーランド北島、東はポヴァティ湾英語版: Poverty Bay)、西はニュープリマスより北方の海岸に自生し、ロトルアでは湖岸に見られる[14]チャタム諸島に見られるものは移入されたものである[1]

西洋にも1840年に移入されているが寒さには比較的弱く、ヨーロッパでは温暖な沿岸部でのみ育つ[6]

特徴[編集]

常緑[6]直立性、多数分枝する高木で、加齢と共に枝が広がり、高さは最大20メートル、幅は10-20メートルとなる[15]。野生においては通常、複数の幹が出て、幹と枝が毛の生えた気根で覆われる[6]。長く垂れ下がる根により、岩だらけの崖であってもしっかりしがみつくことが可能である[9]

樹皮は淡灰褐色で板状[9]、初めは滑らかであるが、成木には不定形の割れ目が入る[6]

葉は単葉[6]、楕円形から長楕円形、長さ5-10センチメートルでやや光沢があり表面が暗緑色、葉裏には白い細毛が密生する[15]

花は両性花[6]枝先に集散花序[2][15]あるいは総状花序[9]となり、白い粉をふいたようなつぼみから開き[6]、花弁は長楕円形で[3]小型[9]、開花後すぐに伸長する雄蕊群に覆われ見えなくなる[2]。雄蕊は深紅色(これは園芸品種の場合であり、野生のものは鮮深紅色から薄桃色まで幅がある[6])の花糸に黄金色の葯を持ち、長さ3-4センチメートルとなる[15]は白綿毛が密生し、花期を終えても残り[2]萼筒は倒円錐形で、萼裂片は三角形である[3]子房は3室で[2]。開花は2週間以上続き[9]、蜜が多く鳥や虫が集まる[14]。生長が速く、4年で成熟葉が出、次の年に開花する[3]

果実は紙質の蒴果[9]径1.3センチメートルほど、白綿毛があり、稜がある[2]

弱いや潮風、乾燥にもよく耐えるが、幼時は耐霜性がない[8]

人間との関係[編集]

先住民であるマオリは伝統的に死者と関連付けて神聖視してきた。#分布節で述べられた通り自生地はニュージーランド北島に限られているが、現代ではニュージーランドの至る場所に植栽されているものを見ることが可能である。

民俗[編集]

レインガ岬の突端には樹齢800年の pōhutukawa が生える。

ノースランド県北西端の[16]レインガ岬英語版: Cape Reinga)の突端に見られるものは樹齢800年であり、マオリは死者の魂が現世からハワイキ英語版[注 1]に跳び立つ樹と考えられ、タプ英語版マオリ語: tapu)、つまり神聖不可侵あるいはあらかじめ規定された儀式に則った扱いを要する聖なる存在とされた[14][18]。誰かが「ポーフトゥカワの根を滑り降りた」という表現は〈死去した〉という意味となる[10]

また、よく普及している民間伝承としては、花が早咲きすると長く暑い夏になる、というものがある[10][19]

利用[編集]

花木[編集]

若木は庭木として人気があり、入植者はニュージーランド各地に植栽した[14]。海岸地の庭木、街路樹防風生け垣などに向いている[8]

冨樫 (1972) によれば日本でも栽培された例はあるが、「開花に及ぶ大木は目下見られない. 所々に栽培を見受けるがみな小さく, 栽培はむずかしいようである」と評されている。栽培する場合は水はけの良い土壌と直射日光を必要とする[2]が、逆に言えば水はけがよければ土の種類を問わずよく育つ[3]。冬は温室内に入れ春から室外で管理し[2]、秋に実生するか、初夏に半熟枝を挿して増殖させる[3]挿し木苗は定植後2-3年で開花する[3]。花糸が黄色い園芸品種、アウレア('Aurea')が存在する[6]

木材[編集]

本種の濃赤色の材は硬く重いうえに耐朽性もあり、造船や重構造材に用いられる[20]

保全状況[編集]

#民俗節において触れたレインガ岬のポーフトゥカワはフトモモ科植物に害を及ぼす myrtle rust[注 2] によって枯死することが懸念されている[25]

また、移入されたフクロギツネによる食害により絶滅の危機に瀕している[10]。1800年代後半にオーストラリアからモトゥタプ島英語版: Motutapu Island)に移入されたフクロギツネは急激に西隣のランギトト島: Rangitoto Island)に侵入し、本種を含むオガサワラフトモモ属樹木の葉を中心に食い荒らし、丸坊主にすることによって下層の植生が損なわれていった[26]。1990年にはフクロギツネと、同じくオーストラリアから移入されたオグロイワワラビーを上空からの毒物の投下により根絶する作戦が開始され、フクロギツネとオグロイワワラビーを9割減らすことに成功し、2000年にはランギトト島とモトゥタプ島からの2種の根絶作戦が完了した(Mowbray 2002)[26]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ Hawaiki。マオリの神話伝説上の故郷にして、死者が帰る地[17]
  2. ^ 直訳すれば「ギンバイカの錆」。学名: Austropuccinia psidii(シノニム: Puccinia psidii[21]中南米およびカリブ海地域を原産とするサビキン目の菌類で、ニュージーランドではケルマデック諸島ラウル島英語版: Raoul Island)において初めて同定され、在来のカヌカ(学名: Kunzea ericoides)、ギョリュウバイ、ラタ(#関連項目を参照)、ramarama(学名: Lophomyrtus bullata)、rohutu(学名: Lophomyrtus obcordata)や外来のフェイジョアユーカリ類といったマオリによって利用されるフトモモ科植物に害を及ぼすことが懸念されている[22]。和訳例としては単に「さび病菌[23] とした例が見られ、この菌による病害の名称は「オヒアさび病」とすることが提案されている[24]

出典[編集]

  1. ^ a b Hassler (2018).
  2. ^ a b c d e f g h 冨樫 (1972).
  3. ^ a b c d e f g 藤野 (1989).
  4. ^ 『朝日百科 植物の世界』(1997).
  5. ^ a b 植村猶行「メテロシデーロス」 『日本大百科全書(ニッポニカ)』(コトバンク). 2018年12月11日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l ラッセル (2017).
  7. ^ a b 小学館ランダムハウス英和大辞典 第2版 編集委員会 (1994).
  8. ^ a b c d 坂﨑 (1998).
  9. ^ a b c d e f g リズデイルら (2007).
  10. ^ a b c d ボウラー (2007).
  11. ^ 塩田 (2007).
  12. ^ Māori Dictionary. 2018年12月10日閲覧。
  13. ^ スミソニアン協会 (2012).
  14. ^ a b c d 塩田 (2007).
  15. ^ a b c d ブリッケル (2003).
  16. ^ 由比濱 (2007).
  17. ^ 内藤 (2007b).
  18. ^ 内藤 (2007a).
  19. ^ Clarke (2007:21).
  20. ^ 堀田 (1989).
  21. ^ Kirk (2018).
  22. ^ Lambert et al. (2018:123–4).
  23. ^ 「植物検疫措置に関する国際基準案についての説明会」議事次第 (農林水産省). 2018年12月11日閲覧。
  24. ^ 川西ら (2008).
  25. ^ Fears for sacred Cape Reinga pohutukawa”. NZ Herald (2017年5月11日). 2018年12月11日閲覧。
  26. ^ a b Wotherspoon & Wotherspoon (2002:382).

参考文献[編集]

英語:

  • Clarke, Alan (2007). The Great Sacred Forest of Tane. Auckland: Reed Publishing. ISBN 978 0 7900 1153 0. https://books.google.co.jp/books?hl=ja&id=BOjaAAAAMAAJ&dq=pohutukawa+long+summer&focus=searchwithinvolume&q=portends 
  • Hassler, M. (2018). World Plants: Synonymic Checklists of the Vascular Plants of the World (version Apr 2018). In: Roskov Y., Ower G., Orrell T., Nicolson D., Bailly N., Kirk P.M., Bourgoin T., DeWalt R.E., Decock W., Nieukerken E. van, Zarucchi J., Penev L., eds. (2018). Species 2000 & ITIS Catalogue of Life, 29th November 2018. Digital resource at http://www.catalogueoflife.org/col. Species 2000: Naturalis, Leiden, the Netherlands. ISSN 2405-8858.
  • Kirk, P.M. (2018). Species Fungorum (version Oct 2017). In: Roskov Y., Ower G., Orrell T., Nicolson D., Bailly N., Kirk P.M., Bourgoin T., DeWalt R.E., Decock W., Nieukerken E. van, Zarucchi J., Penev L., eds. (2018). Species 2000 & ITIS Catalogue of Life, 29th November 2018. Digital resource at http://www.catalogueoflife.org/col. Species 2000: Naturalis, Leiden, the Netherlands. ISSN 2405-8858.
  • Lambert, Simon et al. (2018). "Indigenous Biosecurity: Māori Responses to Kauri Dieback and Myrtle Rust in Aotearoa New Zealand." In Julie Urquhart, Mariella Marzano & Clive Potter (eds.), The Human Dimensions of Forest and Tree Health: Global Perspectives, pp. 109–137. Palgrave Macmillan. doi:10.1007/978-3-319-76956-1_5
  • Wotherspoon, S. H. and J. A. Wotherspoon (2002). "The evolution and execution of plan for invasive weed eradication and control, Rangitoto Island, Hauraki Gulf, New Zealand." In C. R. Veitch and M. N. Clout (eds.), Turning the Tide: The Eradication of Invasive Species: Proceedings of the International Conference on Eradication of Island Invasives (Occasional Paper of the IUCN Species Survival Commission No. 27), pp. 381–8. Gland, Switzerland and Cambridge, UK: IUCN. ISBN 2-8317-0682-3

日本語:

  • 『朝日百科 植物の世界』第4巻、朝日新聞社、1997年、164頁。ISBN 4-02-380010-4
  • 川西剛史ほか「本邦未記載の Puccinia psidii によるオヒアさび病(新称)(平成20年度日本植物病理学会大会講演要旨)」 『日本植物病理學會報』74(3), 179-180, 2008-08-25. NAID 110006965686
  • 坂﨑信之『日本で育つ 熱帯花木植栽事典』アボック社、1998年、895頁。
  • 塩田晴康「ポフトゥカワ」 ニュージーランド学会 編『ニュージーランド百科事典』春風社、2007年、315頁。ISBN 978-4-86110-111-3
  • 小学館ランダムハウス英和大辞典 第2版 編集委員会 編 (1994).『小学館ランダムハウス英和大辞典 第二版』2759頁。ISBN 4-09-510101-6
  • スミソニアン協会 監修、デイヴィッド・バーニー 顧問編集、西尾香苗、増田まもる、田中稔久 共訳『地球博物学大図鑑』東京書籍、2012年、170頁。ISBN 978-4-487-80564-8
  • 冨樫誠 「Metrosideros Banks. メトロシデーロス属」 最新園芸大辞典『最新園芸大辞典 第4巻 (M-POI)』誠文堂新光社、1972年、1718頁。
  • 内藤暁子「タプ」 ニュージーランド学会 編『ニュージーランド百科事典』春風社、2007年、194頁。ISBN 978-4-86110-111-3
  • 内藤暁子「ハワイキ」 ニュージーランド学会 編『ニュージーランド百科事典』春風社、2007年、266頁。ISBN 978-4-86110-111-3
  • 藤野守弘「メトロシデロス〔属〕」 相賀徹夫『園芸植物大事典 5』小学館、1989年、2頁。ISBN 4-09-305105-4
  • クリストファー・ブリッケル 編集責任、横井政人 監訳『A-Z 園芸植物百科事典』誠文堂新光社、2003年、671頁。ISBN 4-416-40300-3
  • ジェリー・ボウラー、中尾セツ子 日本語版監修、成瀬俊一 ほか共訳『図説 クリスマス百科事典』柊風舎、2007年、491頁。ISBN 978-4-903530-14-7
  • 堀田満「Metrosideros Banks ex Gaertn.」 堀田満 ほか編『世界有用植物事典』平凡社、1989年、679頁。ISBN 4-582-11505-5
  • 由比濱省吾「レインガ岬」 ニュージーランド学会 編『ニュージーランド百科事典』春風社、2007年、385頁。ISBN 978-4-86110-111-3
  • トニー・ラッセル 文、後藤真理子 訳『ネイチャーガイド・シリーズ 世界の樹木』化学同人、2017年、123頁。ISBN 978-4-7598-1840-6(原書: Nature Guide Trees, Dorling Kindersley, London, 2012.)
  • コリン・リズデイル、ジョン・ホワイト、キャロル・アッシャー 著、杉山明子、清水晶子 訳『知の遊びコレクション 樹木』新樹社、2007年、164頁。ISBN 978-4-7875-8556-1(原書: Eyewitness Companion Trees, Dorling Kindersley, London, 2005.)

関連文献[編集]

英語:

関連項目[編集]