ヘヴィ・D

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ヘヴィ・D
生誕 1967年5月24日
出身地 ジャマイカの旗 ジャマイカ
死没 2011年11月8日(満44歳没)

ヘヴィ・D(Heavy D、本名:Dwight Arrington Myers、1967年5月24日 - 2011年11月8日)は、ジャマイカ生まれのラッパー俳優

1980年後半に流行ったニュー・ジャック・スウィングの代表者として知られる。

プロフィール[編集]

DJ・エディ・F、ダンサーのG・フィズとトラブル・T・ロイ。ヘヴィ・Dは9歳のころにニューヨーク州マウント・ヴァーノンに移住。 シュガー・ヒル・ギャングの影響を受け、ストリートでラップを始める。

初めは兄のラップ・グループに参加していたのだが、後に幼なじみとグループを結成し、地元で活躍していた。彼らは、86年のファースト・シングル「ミスター・ビッグ・スタッフ」で正式レコード・デビューを果たした。

1980年代末から90年代前半にかけて、ヘヴィ・D&ザ・ボーイズ (Heavy D & the Boyz)名義でファンキーなトラックにリズミカルなラップを載せるラッパーとして活躍。小太りな体型にサングラスで、愛嬌あふれるキャラクターの持ち主としてヒップホップがポップスに浸透していく一翼を担っただけでなく、ピート・ロック&CLスムース (Pete Rock & CL Smooth)など後進を世に送り出した音楽業界の重鎮として、はたまたそのキャラを活かした数々の映画出演でも知られている。

1997年の「Waterbed Hev」以降はソロ名義で作品をリリース。

Heavy Dは11月8日午後、ロサンゼルスの自宅アパートで突然体調不良を訴え、近隣住民の911コールによって「シーダーズ・サイナイ・メディカルセンター」に搬送されたものの、1時間後に死亡した。 遺体はLA郡検視局に送られ、その結果死因が“エコノミー症候群”の名でも知られる「肺塞栓症」であったことを、『NYデイリーニューズ』紙が伝えている。

アルバム[編集]

  • 1987 - Living Large
  • 1989 - Big Tyme
  • 1991 - Peaceful Journey
  • 1993 - Blue Funk
  • 1994 - Nuttin' But Love
  • 1997 - Waterbed Hev
  • 1999 - Heavy
  • 2008 - Vibes

シングル[編集]

  • 1987 - Big Stuff
  • 1989 - We Got Our Own Thang
  • 1989 - Somebody for Me
  • 1989 - Gyrlz, They Love Me
  • 1989 - Big Tyme
  • 1990 - Alright (Remix, Janet Jackson featuring Heavy D)
  • 1991 - Is It Good to You
  • 1991 - Now That We Found Love - オージェイズ(en)の楽曲をカヴァーした代表曲
  • 1991 - Don't Curse
  • 1993 - Truthful
  • 1993 - Who's the Man
  • 1994 - Black Coffee
  • 1994 - Got Me Waiting
  • 1994 - Nuttin' But Love
  • 1997 - Big Daddy

参照[編集]

関連項目[編集]