ビクトリア島 (ロシア)
| ロシア語: Остров Виктория | |
|---|---|
|
北極海におけるビクトリア島の位置 | |
| 地理 | |
| 場所 | 北極海 |
| 座標 | 北緯80度09分 東経36度46分 / 北緯80.150度 東経36.767度座標: 北緯80度09分 東経36度46分 / 北緯80.150度 東経36.767度 |
| 面積 | 10.8 km2 (4.2 sq mi) |
| 長さ | 5 km (3.1 mi) |
| 幅 | 2.5 km (1.55 mi) |
| 最高標高 | 105 m (344 ft) |
| 行政 | |
| 行政区画 | アルハンゲリスク州 |
| 人口統計 | |
| 人口 | 0 |
ビクトリア島(ビクトリアとう、ロシア語: Остров Виктория)は、北極海のゼムリャフランツァヨシファとスヴァールバル諸島の間に位置するロシア連邦領の島である[1]。行政上はアルハンゲリスク州に属する。
地理
[編集]バレンツ海に位置し、長さは約5キロメートル、幅は約2.5キロメートルである。『ソビエト大百科事典』では、島のほぼ全域がドーム状の氷に覆われると記載されている[2]。1998年の研究論文でも、ほぼ全域が氷に覆われる島として紹介されている[3]。
歴史
[編集]発見と命名
[編集]1898年7月20日、ノルウェーのアザラシ猟船の船長ヨハンネス・ニルセンとルドヴィグ・ベルンハルト・セブルンセンによって発見された。翌日、蒸気ヨット「ビクトリア」の船長P・W・ニルセンも島を発見し、船名にちなんで命名した[3]。
領有をめぐる動き
[編集]1926年4月15日、ソビエト連邦は北極地域における領有範囲を宣言し、ビクトリア島もその範囲に含めた。ノルウェーは1928年12月19日に正式に抗議した。ノルウェー側では、政府による直接の領有宣言を避け、民間人の占有を通じて島を確保する計画が進められた[3]。
1930年8月8日、探検船「ブラトヴォーグ」の一行が上陸し、船主ハラルド・M・レイテのために島の占有を宣言する標識を設置した[3]。一行は小屋の建築資材も残したが、実際に小屋を建てるには至らなかった[4]。
1932年8月29日には、ソ連の探検船「ニコライ・クニポヴィチ」の船長S・V・ポポフが島にソ連国旗を掲げた[3]。この航海では、ムルマンスクを出港したニコライ・ズーボフらの一行がゼムリャフランツァヨシファ周辺を航行しており、ビクトリア島にも上陸した。上陸の知らせを受けたソ連当局は、島を併合したことを明らかにした[4]。
生物相
[編集]シロカモメの集団繁殖地として知られる。OSPAR委員会が2009年に公表した報告書によると、1990年代には島内の一つの繁殖集団に約750つがいがいたと推定されている。一方、同報告書は2007年に寄せられた情報に基づき、島での繁殖は途絶えたとみられると記している[5]。
脚注
[編集]- ↑ “Виктория (остров в Баренцевом море) - Энциклопедия, Большая Советская”. 2018年4月28日閲覧。
- ↑ “Виктория (остров в Баренцевом море)” (ロシア語). Большая советская энциклопедия(Slovar.cc転載). 2026年9月30日閲覧。
- 1 2 3 4 5 Gjertz, Ian; Mørkved, Berit (1998-12). “Norwegian Arctic Expansionism, Victoria Island (Russia) and the Bratvaag Expedition” (英語). Arctic 51 (4): 330–335 2026年9月30日閲覧。.
- 1 2 Gardner, Nicky. “An Arctic outpost: Victoria Island” (英語). hidden europe. 2026年9月30日閲覧。
- ↑ OSPAR Commission (2009年). “Background Document for Ivory gull Pagophila eburnea” (PDF) (英語). 2026年9月30日閲覧。