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アトラントローパ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア（Wikipedia）』
（パンローパから転送）
アトラントローパの概要を示した地図

アトラントローパ（Atlantropa）またはパンローパ（Panropa）[1]とは、1920年代から1950年代前半にかけてドイツの建築家ドイツ人技術者ヘルマン・ゼルゲル（英語版）が提唱した、地中海の出入口に巨大ダムを建設し、海面を低下させて新しい土地を作るというアイデアである[2][3]。

概要[編集]

アトラントローパの想像図。色が薄くなっている箇所が、アトラントローパにより海面の上に現れる土地。

アトラントローパは、ジブラルタル海峡に巨大なダムを建設して、地中海の海面を200メートル下げ、アドリア海などを陸地化して新たに広大な土地を得るとともに、ダムで水力発電を行って莫大な電力を得る[4]という計画である。その他に、以下の4つの巨大ダムが提案された[5][6][7]。

ゼルゲルは、ナチス・ドイツが新たな領土を獲得する根拠とした「生存圏」(Lebensraum)に代わる平和的な汎ヨーロッパ的構想としてこの計画を構想し、実現には百年以上かかると予想していた。ゼルゲルはアトラントローパを、土地・食糧・雇用・電力、として「ヨーロッパと近隣アフリカ」という新しいビジョンを提供する方法として構想した。

アトラントローパは、以下の4つの特徴を持っていた[8]。

アトラントローパに対する積極的な支持は、ドイツを始めとする北ヨーロッパの建築家やプランナーに限られていた。批評家たちは、この計画に地中海諸国の協力が必要になるという前提が欠けていること、海面が低下したときに内陸に取り残されることになる沿岸部のコミュニティへの影響など、様々な欠点を挙げてこの計画を嘲笑した。この提案は1920年代後半から1930年代前半にかけて大流行し、1940年代後半から1950年代前半にかけてもわずかに流行したが、1952年にゼルゲルが死去してからはほとんど言及されなくなった[10]。

歴史[編集]

ゼルゲルが提案したジブラルタル・ダムの閘門（ペーター・ベーレンス画）

ゼルゲルの目標は、ヨーロッパとアフリカを1つの大陸「アトラントローパ」とし、アフリカにヨーロッパ人が居住することで、ヨーロッパ文明における全ての問題を解決することだった。ゼルゲルは、アメリカ大陸やアジア大陸に対抗するために、ヨーロッパは自給自足しなければならず、それは全ての気候帯に領土を持つことを意味すると考えた。ゼルゲルの考えでは、ヨーロッパ人にとってアジアは永遠に謎のままであり、イギリスは長期的には世界帝国を維持することはできないため、アフリカの植民地化をヨーロッパ全体の取り組みとして実施することを提唱した[11]。

地中海の海面が低くなれば、水力発電で莫大な電力を得ることが可能になり、それにより産業を成長させることができるとした。化石燃料と異なり、水力発電は枯渇の心配がない。また、生まれた広大な土地が農地として利用でき、さらにアフリカ内陸部に作る人工湖によってサハラ砂漠に潅漑を行う予定だった。百年以上続くと予想される大規模な公共事業により失業が解消され、新たな土地の取得により人口過多の圧力が緩和される。ゼルゲルは、この2つがヨーロッパの政治不安の根本原因であると考えていた。ゼルゲルはまた、この計画が気候に与える影響は有益なものであり[12]、メキシコ湾流がより効果的に働いて冬が暖かくなり、ブリテン諸島の気候も良い方向になると考えていた[13]。中東は統合されたアトラントローパの支配下に置かれ、エネルギー源となるとともに、黄禍の防波堤になると考えた[14]。

ゼルゲルとその支持者によって作られたアトラントローパの広報資料には、地中海に作られるダムや新しい港の設計図・地図・模型、ペーター・ベーレンスが設計したジブラルタル・ダムの絵、新しい土地での農業生産の予測、莫大な電力をヨーロッパ全土に送るための送電網などが含まれている[15]。気候変動や地震に対する懸念は、否定的なものというより肯定的なものとして扱われていた[13]。ゼルゲルの1938年の著書"Die Drei Grossen A"は、このコンセプトがナチスのイデオロギーと一致していることを示すために、見返しにヒトラーの言葉が引用されていた。

第二次世界大戦後、アフリカで拡大するマルクス主義に対抗するために西側諸国がアフリカ諸国と緊密な関係を結ぼうとしたときに、この計画に対する関心が高まった。しかし、植民地主義の終焉により政治的に実現不可能となり、また、原子力発電の発明により、莫大な電力を得るための水力発電という案は不要になった[15]。

大衆文化への影響[編集]

フィリップ・K・ディックの小説『高い城の男』及びそのテレビドラマ化作品では、大ナチス帝国首相マルティン・ホイスマンが、ジブラルタル海峡にダムを建設して地中海の水を全て排水するという「アトラントローパ計画」を提唱している[16]。

脚注[編集]

  1. ^ Hanns Günther (Walter de Haas) (1931). In hundert Jahren. Kosmos 
  2. ^ “German Genius”. The Advocate (Victoria, Australia) LXII (3956): p. 36. (1929年6月13日). http://nla.gov.au/nla.news-article171658801 2017年8月20日閲覧。 
  3. ^ “The Munich architect, Hermann Soergel, has published his gigantic project "Atlantropa"”. The Week (Brisbane) (Brisbane, Queensland, Australia) CXII (3,001): p. 20. (1933年6月28日). http://nla.gov.au/nla.news-article188912172 2018年2月9日閲覧. "...The Munich architect, Hermann Soergel, has published his gigantic project "Atlantropa," a . scheme which he has been supervising for six years, which by lowering the level of the Mediterranean, he contends, will water the Sahara desert, win new land and connect Europe and Africa. This is one of the drawings belonging to his exhibition...." 
  4. ^ “Atlantropa: A plan to dam the Mediterranean Sea”. Xefer (2005年3月16日). 2017年7月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月4日閲覧。
  5. ^ Ley, Willy (1959). Engineers' Dreams: Great projects that could come true. Viking Press 
  6. ^ lord_k. “The Atlantropa Project”. Dieselpunks.org. 2013年8月13日閲覧。
  7. ^ Bellows, Jason (2008年9月25日). “Mediterranean be Dammed”. 2013年8月13日閲覧。
  8. ^ Voigt, Wolfgang (1998) (ドイツ語). Atlantropa – Weltenbauen am Mittelmeer. p. 100. ISBN 978-3-86735-025-9 
  9. ^ Strüver, Anke (2005) (ドイツ語). Politische Geographien Europas: Annäherungen an ein umstrittenes Konstrukt. LIT Verlag Münster. p. 43 
  10. ^ Voigt, Wolfgang (1998) (ドイツ語). Atlantropa – Weltenbauen am Mittelmeer. p. 122. ISBN 978-3-86735-025-9 
  11. ^ Sörgel 1932a, p. 75 ff
  12. ^ Sörgel 1932a, p. 66–67
  13. ^ a b Brock, Paul (1963年8月6日). “German engineers dream of building a new continent”. Detroit Free Press. https://www.newspapers.com/image/98677692. "One of the most significant advantages would be a change of climate [to that] of Northern Europe – and especially the British Isles – because the warm Gulf Stream would be rendered much more effective." 
  14. ^ Sörgel 1932a, p. 80
  15. ^ a b “Atlantropa”. Cabinet Magazine (edit suisse group) (10). (Spring 2003). http://www.cabinetmagazine.org/issues/10/atlantropa.php 2007年8月4日閲覧。. 
  16. ^ “The Bonkers Real-Life Plan to Drain the Mediterranean and Merge Africa and Europe” (英語). Atlas Obscura (2016年9月13日). 2021年4月15日閲覧。

参考文献[編集]

  • Gall, Alexander (1998) (ドイツ語). Das Atlantropa-Projekt: die Geschichte einer gescheiterten Vision : Hermann Sörgel und die Absenkung des Mittelmeeres. Frankfurt: Campus-Verlag. ISBN 978-3-593-35988-5 
  • Gall, Alexander (2006). “Atlantropa: A Technological Vision of a United Europe”. In Erik van der Vleuten; Arne Kaijser. Networking Europe. Transnational Infrastructures and the Shaping of Europe, 1850–2000. Sagamore Beach: Science History Publications. pp. 99–128. ISBN 0-88135-394-9 
  • Günzel, Anne Sophie (2007) (ドイツ語). Das "Atlantropa"-Projekt – Erschließung Europas und Afrikas (2nd ed.). München: Grin. ISBN 978-3-638-64638-3 
  • Sörgel, Herman (1929). Mittelmeer-Senkung. Sahara-Bewässerung = Lowering the Mediterranean, Irrigating the Sahara (Panropa Project), pamphlet. Leipzig: J.M. Gebhardt 
  • Sörgel, Herman (1931). Europa-Afrika: ein Weltteil. pp. 983–987. http://library.fes.de/cgi-bin/digisomo.pl?id=00245&dok=1931/1931-10-12&f=1931_0983&l=1931_0987 2018年2月9日閲覧。 
  • Sörgel, Herman (1932a). Atlantropa (3rd, illustrated ed.). Zürich: Fretz & Wasmuth 
  • Sörgel, Herman (1932b). Atlantropa. Munich: Piloty & Löhle 
  • Sörgel, Herman (1933). Foreword to "Technokratie – die neue Heilslehre" by Wayne W. Parrish. Munich: R. Piper & Co. 
  • Sörgel, Herman (1938). Die drei großen "A". Großdeutschland und italienisches Imperium, die Pfeiler Atlantropas. [Amerika, Atlantropa, Asien]. Munich: Piloty & Loehle 
  • Sörgel, Herman (1942). Atlantropa-ABC: Kraft, Raum, Brot. Erläuterungen zum Atlantropa-Projekt. Leipzig: Arnd 
  • Sörgel, Herman (1948). Foreword to "Atlantropa. Wesenszüge eines Projekts" by John Knittel. Stuttgart: Behrendt 
  • Cathcart, R.B. (1998). “Land Art as global warming or cooling antidote”. Speculations in Science and Technology 21 (2): 65–72. doi:10.1023/A:1005349611054. 
  • Cathcart, R.B. (1995). “Mitigative Anthropogeomorphology: a revived 'plan' for the Mediterranean Sea Basin and the Sahara”. Terra Nova: The European Journal of Geosciences 7 (6): 636–640. Bibcode: 1995TeNov...7..636C. doi:10.1111/j.1365-3121.1995.tb00713.x. 
  • Cathcart, R.B. (1985). “What if We Lowered the Mediterranean Sea?”. Speculations in Science and Technology 8: 7–15. 
  • Cathcart, R.B. (1983). “Macro-engineering Transformation of the Mediterranean Sea and Africa”. World Futures 19 (1–2): 111–121. doi:10.1080/02604027.1983.9971971. 
  • Cathcart, R.B. (1983). “Mediterranean Basin-Sahara Reclamation”. Speculations in Science and Technology 6: 150–152. 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

物質の技術的操作のレベル
メガスケールエンジニアリング
マクロエンジニアリング（英語版）
マイクロテクノロジー（英語版）
ナノテクノロジー
ピコテクノロジー（英語版）
フェムトテクノロジー（英語版）
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