パブリックスクール

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パブリックスクール (public school)


パブリックスクール (public school)は、13歳〜18歳の子供を教育するイギリスの私立学校の中でもトップの10%を構成するエリート校の名称。以前はその大部分が寄宿制の男子校であったが、現在は一部を除き男女共学に移行している。(名門ウインチェスター校も2022年までに男女共学を予定。)イギリスのトップ大学に当たるラッセル・グループ、特にその頂点にあるケンブリッジ大学オックスフォード大学などへの進学を前提とする。学費が非常に高く、入学基準が厳格なため、奨学金で入学を許された少数の学生以外は裕福な階層の子供達が、寮での集団生活を送っている。近年は、海外の富裕層の子供達がイギリスでの大学教育を見越して入学することが多くなっている。

経緯[編集]

チャーターハウス・スクール

中世において学校とは地元の教会ギルドに付属しており、その目的は僧侶(見習い)および職人育成が目的とされており、入学資格も出身地、親の職業や宗派や身分などにより制限されていた。一方で貴族の階層の子弟の教育は在宅での個人教授を主としていた。しかし近世になるとともに、貴族の身分に属さない富裕階層であるジェントルマンが勃興するなかで、親の出生や身分に関係ない学校が必要となる[1]。このような背景の中で、以前の学校と違い、一般(パブリック)に開かれた寄宿生の私立学校であるウェストミンスター・スクールウィンチェスター・カレッジイートン・カレッジハーロー校ラグビースクールマーチャント・テイラーズ・スクールセント・ポールズ・スクールシュルーズベリー校チャーターハウス・スクールなどがパブリックスクールと俗称されるようになる。これらの学校が非常に優秀な教育機関であり、その活動には公共的意義があることが広く社会に認識されたことも、「パブリック(公共的な)」スクールと呼ばれるようになった一因であるとされる。 その後、1860年代に開かれた王立クラレンドン委員会英語版において、パブリックスクールの定義やその社会的意義および責任が調査され、1868年のPublic Schools Act(パブリックスクール法英語版)によって、その呼称に法律的な定義が与えられる。

この時期の改革で活躍したのは、道徳的人格形成に主眼を置いたラグビー校校長トーマス・アーノルド、科学技術校(アウンドル校英語版)長F・W・サンダーソン英語版や、教育環境と教育構造面などを改革したアッピンガム校英語版エドワード・スリング英語版であった。これにより、前記の9校(後に、クラレンドン校と呼ばれるようになる)が法的に「パブリックスクール」として認可される一方で、これらの9校以外でも、条例の定義に当てはまる私立学校はパブリックスクールと呼ばれるようになり、現在ではスコットランドやアイルランドも含めた200余りの学校がパブリックスクールの団体である校長会議に属する[2]

イギリスで一般に私立学校は国営でないという意味で「インデペンデント・スクール(独立校)」と呼ばれる。また中等教育と高等教育を専門とするパブリックスクールに対して、12歳以下の初等教育を専門とする私立学校はパブリックスクールに入学の準備をする学校という意味で「プレパラトリー・スクール(略称プレップ・スクール、予備学校)」と呼ばれる。

また、公立学校は地元の生徒のみを受け入れるため「ステートスクール公立校)」と呼ばれる。プライベートスクールという表現が使われないのは、英語でプライベートと言う表現は「営利」を含意する一方で、パブリックスクールを含むインディペンデント・スクール(独立・非国営学校)はすべて非営利団体として登録されており、税制上は「私立・営利」の企業と異なり課税の対象外となっているからである。後者の私立・営利団体に属する教育機関には、家庭教師の斡旋企業などがあげられる。

近年では、膨大な学費を課し、普通の大学よりも優れた施設を有し、一部の金持ちの子弟の教育施設に過ぎない学校を非営利団体として非課税対象に含めることに対する批判の声が高まっており、これを受けてイギリス政府は、優秀でも経済的に恵まれない子供を奨学金などで入学させないと「非営利」団体の認可、ひいては非課税の権利を剥奪するとして圧力をかけている。

変遷[編集]

ウェストミンスター・スクールウィンチェスター・カレッジイートン・カレッジハーロー校ラグビースクールマーチャント・テイラーズ・スクールセント・ポールズ・スクールシュルーズベリー校チャーターハウス・スクールの9校が「ザ・ナイン」と呼ばれる代表的な名門校である。

更に新世代のパブリック・スクールとしてはゴードンストウンアトランティック校などが挙げられる。元々は全寮制の男子単学であったが、ゴードンストウンなど新しい世代のプログレッシブ(progressive、前衛)と呼ばれる学校群が男女共学に踏み切ったため、徐々に女子も入学出来るようになってきた。現在ではウェストミンスターやラグビーなど、歴史的名門校でも男女学化している。

それぞれ英語表記は「スクール(School)」若しくは「カレッジ(College)」であるが、イートン校をEton College)、ハーロー校をHarrow School)、ラグビー校をRugby School)のように一般に「校」と訳している。1387年に司教ウィカムが創立したウィンチェスター校(イングランド、ハンプシャー州ウィンチェスター)は最古のパブリックスクールと言われている。

1969年ロンドンペンギンブックスから発行されたロバート・シキデルスキー(Robert Skidelsky)著 "English Progressive Schools" (ISBN 978-0140210965) が、これらの学校に新しい光を当てた書籍として知られる。

脚注[編集]

  1. ^ Oxford English Dictionary, June 2010.
  2. ^ クラレンドン委員会報告書

参考文献[編集]

  • Robert Skidelsky:"English Progressive Schools" Penguin Books 1969(ISBN 978-0140210965)
  • 竹内洋『パブリック・スクール 英国式受験とエリート』講談社現代新書 1993年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]