ノート:骨喰藤四郎

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刀の種類について[編集]

解決済み 解決済み 冒頭部の定義文(第1文)には「薙刀直しの脇差」という表記とし、注釈節にて歴史的経緯として過去に打刀として分類されていたことや現代でも展覧会では打刀と分類されることがあることを表記する。--従六位上河内介会話) 2020年2月17日 (月) 12:38 (UTC)

掲題の通り、2019年12月8日 (日) 14:52時点における版ではこの刀は脇差とされておりますが、 『特別展京のかたな : 匠のわざと雅のこころ』の81頁では脇差としてではなく刀として扱われております。つきましては刀が長さなど色々論拠はあると思うのですが、両方で扱われているのであれば出典とともに両論併記、そうでなければいずれかで示したいのですが、皆様も調査に御協力いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします。--遡雨祈胡会話) 2019年12月8日 (日) 15:01 (UTC)

返信 度々失礼いたします。骨喰藤四郎の刀種について、小和田泰経著『刀剣目録』(2015年刊行)85頁には”薙刀⇒脇差”と記されておりました。また、渡邉妙子著『名刀と日本人』(2012年刊行)117頁には”脇指”との記載がありました。また、東由士編集『刀剣物語』(2015年刊行)88頁にも一尺九寸四分の脇差となったという記述があり、『BRUTUS』(2018年9月15日刊行、877号)47頁にも「刃長58.7cmの脇差に磨り上げられた。」との記述があったため、基本的には骨喰藤四郎は脇差とみなされていると解釈しております。『特別展京のかたな : 匠のわざと雅のこころ』81頁における解説文に打刀にしたものという記載も確認いたしましたが、この末兼主任研究員による解説以外に現在のところ打刀であるという資料が見当たらないため、記事冒頭部には”薙刀直しの脇差”という表記を載せたうえで注釈節にて末兼主任研究員による解説として打刀説があるという表記が妥当だと考えております。--従六位上河内介会話) 2019年12月15日 (日) 13:23 (UTC)
コメント 気になっている理由がもう一つあって、福岡市立博物館にて開催された侍展の図録でそちらでも打刀として扱われているという話を伺っています。申し訳ないことに当方はまだ確認できていないのですが、ただの説で扱うには出所が結構あるなと思っているのと、文化遺産データベースでも書き方が「薙刀直シ刀」となっております。まだ結論を出すには早いのではないかと思うので、もう少し調べてみた方がいいかなと思っているのと、明確でないのであれば日本刀であることだけ明らかにしておけばとりあえず現時点において誤った情報を記すリスクも減らせるのではないかと考えております。--遡雨祈胡会話) 2019年12月15日 (日) 13:42 (UTC)
コメント 議論の長期化を防ぐため、コメント依頼に出したことをお知らせいたします。 --従六位上河内介会話) 2020年1月20日 (月) 14:56 (UTC)
返信 結論から申し上げると、「鎌倉時代に作られたとされる脇差。伝統的には刀と分類される場合もある。」あるいは「鎌倉時代に作られたとされる脇差。ただし、『享保名物帳』では刀と分類されている。」のように書くのが妥当ではないでしょうか。自分でも気になって脇差#刀と脇差の違いというのを書いてみました。調べてみたところ、「現代的な分類では」刀と脇差の違いは2尺という長さにあるようなので、日本語版ウィキペディアは現代日本語で書く場であることを考えると、骨喰藤四郎は脇差になるかと思います。ここで問題なのが、「現代的な分類では」という点で、『日本刀大百科事典』が挙げている文献の年代を見る限り、この2尺という基準が発生したのはどうも18世紀ごろのように見えます。しかも、幕末まで完全に普及していた訳でもないようです。実際、18世紀初頭の『享保名物帳』(の活字化版の『詳註刀剣名物帳』)を見てみると、骨喰藤四郎は「刀」と書かれています([1])。また、他にも、9寸6分の豊後藤四郎が「脇差」と書かれていたりします([2])。骨喰藤四郎を刀とするのは、おそらく、『享保名物帳』等の伝統的な分類の記述の名残が、現代まで伝わったものではないでしょうか。また、このように伝統的な権威がある書籍の説や分類法は、それが現代のものとは違ったとしても、常には無視できるものではないと思います。ですから、第一文はまず現代的な分類に統一し、『享保名物帳』のように特筆すべき伝統的な分類がある場合は、第二文として併記するのが適当ではないかと考えます。--Senu会話) 2020年2月1日 (土) 10:29 (UTC)
  • 提案  最後のコメントから1週間経過したため、刀種の表記方法について提案させていただきたいと思います。まず、Senu様のご指摘通り現代的な分類では脇差と分類されるため、第一文では脇差と表記したく存じます。また、『享保名物帳』など現代的な分類が成立する前は刀として分類される場合があったことを踏まえて、第2文にて過去に刀として分類されていた経緯があり、現代でも一部(『特別展京のかたな : 匠のわざと雅のこころ』など)では刀として分類する場合もある。という旨で記述したいと考えています。なお、第2文で刀と分類されていた経緯を表記すると冒頭部から表記が膨大になるため、第2文は注釈節にて記述を検討していることを申し添えます。もし、こちらの提案内容に賛成・異議がありましたらご指摘頂きますと幸いです。なお、WP:CONSにおける合意形成節にある通り、合理的な期間として約1週間(168時間程度)内に異論がなければ、提案がそのまま決定事項として修正させていただきたいと思います。以上、よろしくお願いいたします。 --従六位上河内介会話) 2020年2月9日 (日) 13:14 (UTC)
差支えなければどういった文面で書こうと考えられているか、こちらに記載頂くことは可能でしょうか。経緯も整理できるのでご検討いただけますと幸いです。--遡雨祈胡会話) 2020年2月9日 (日) 13:29 (UTC)
返信 失礼いたします。上記提案に際して下記のように表記することを検討しています。ご確認お願い致します。

骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)は、鎌倉時代に作られたとされる日本刀薙刀直しの脇差[注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ 現代では2尺(60センチメートル)未満の刀は脇差に分類されるため本項でも脇差として表記する。ただし、脇差と打刀の基準である2尺の基準が成立したのは18世紀ごろであるが、この基準は幕末までも完全に普及していたわけではない。そのため、18世紀初頭に記された『享保名物帳』および活字化版にあたる『詳註刀剣名物帳』では本作を「刀」と表記している。なお、2018年に京都国立博物館に行われた「特別展京のかたな」の図録である『匠のわざと雅のこころ』では、本作の解説文にて「打刀」と表記されるなど、現代でも歴史的経緯を踏まえて打刀として分類される場合がある。

--従六位上河内介会話) 2020年2月10日 (月) 12:46 (UTC)

一部修正--従六位上河内介会話) 2020年2月10日 (月) 12:50 (UTC)

気になった点だけ少しふれますね。「現代」だとWP:DATEDに触れるのではないかというのは少し気になります。それからお手数をお掛けして申し訳ございませんが、{{Reflist-talk}}か何かを利用して出典の表示をお願いしてもよろしいでしょうか。--遡雨祈胡会話) 2020年2月10日 (月) 14:55 (UTC)
たびたびすみませんがもう一点提案に近い内容を出します。注釈以外でも節を別で設けるなどして詳細は後述するなどでもいいのではないでしょうか。それであれば量のことは気にせずとも済むのと、WP:NPOVとしてWikipedia側で判断したとみなさない文面(要はどこどこでは○○と書いてあるを並列に並べる)が出しやすい気がします。--遡雨祈胡会話) 2020年2月10日 (月) 15:08 (UTC)
お疲れ様です。とても良い文面だと思います。第二文を注釈にするか別の節にするかは、私はどちらでも構いません。「現代」という表現に関しては、この場合の現代は、近世近代に続く時代区分という意味なので、ここはあえて現代とする方が、時代ごとの違いが明確になって良いのではないかと、私見では思います。WP:DATEDで警告されているのは「結果的に執筆時点でしか成立しない表現」となることですが、この場合は(おそらく)300年程前に提案され150年程全国で使われてきた分類法で、今後大きく変化することも予期できませんし、そこまで問題とはならないと考えます。現代という単語をどうしても避けるならば、近代も含めることにして、「現代」を「近代以降」とするのも良いかもしれません。--Senu会話) 2020年2月11日 (火) 07:29 (UTC)
返信 失礼いたします。いくつか指摘がありましたので、順を追って意見を申し上げます。まず、①第2文の記述について、注釈節か新規節を設けての表記にするかに関して、私の意見としては注釈節での表記の方がよろしいかと思います。理由として2点ありまして、1.第2文の表記が膨大であるため冒頭部の表記が煩雑になる懸念から注釈節に移す事を申し上げましたが、新規節に詳細を移すと冒頭部の解説文にある脇差である事への補足説明として機能しなくなる懸念があります。そして、2.刀か脇差かと判断が分かれるのは、骨喰藤四郎の刀身の磨上げが直接の要因ではなく、刀と脇差の基準そのものが変化したのが主な理由であるため、骨喰藤四郎本体と直接関係がない記述を独立節を設けて本文中に表記することに違和感があるためです。②注釈節の”現代”の表記については、Senu様の意見に大いに同意いたします。”2020年現在”という表記もありましたが、刀種が変更されることはあまりないことであり「結果的に執筆時点でしか成立しない表現」を避けるWP:DATEDの趣旨とは異なるのではないか思います。③遡雨祈胡様よりお話がありました出典付きの注釈節について下記の通り示されていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)は、鎌倉時代に作られたとされる日本刀薙刀直しの脇差[注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ 現代では2尺(60センチメートル)未満の刀は脇差に分類されるため本項でも脇差として表記する[1]。ただし、脇差と打刀の基準である2尺の基準が成立したのは18世紀ごろであるが、この基準は幕末までも完全に普及していたわけではない[1]。そのため、18世紀初頭に記された『享保名物帳』および活字化版にあたる『詳註刀剣名物帳』では本作を「刀」と表記している[2]。なお、2018年に京都国立博物館に行われた「特別展京のかたな」の図録である『匠のわざと雅のこころ』では、本作の解説文にて「打刀」と表記されるなど、現代でも歴史的経緯を踏まえて打刀として分類される場合がある[3]

出典

  1. ^ a b 福永酔剣 『日本刀大百科事典』 1巻 雄山閣出版、1993年11月20日、293-294頁。ISBN 4639012020NCID BN10133913 
  2. ^ 羽皐隠史『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形』1919年、嵩山堂(参照:国立国会図書館デジタルコレクション、121コマ目)
  3. ^ NHKプラネット近畿 『特別展京のかたな : 匠のわざと雅のこころ』(再版)、2018年9月29日、81頁。 NCID BB26916529 

--従六位上河内介会話) 2020年2月11日 (火) 15:13 (UTC)

返信 横から失礼致します。細かいことで恐縮なのですが、享保名物帳には第1類と第2類がありますね。骨喰藤四郎について「刀」という記載があるのは2類の方で、1類の方にはこれこれの33コマのように「刀」とも「脇差」とも書かれていません。そして1類は「享保」名物帳と呼ばれるとおり18世紀初頭の成立とみられるわけですが、2類のほうはもっと時期が遅くて本阿弥光恕(芍薬亭長根、1767-1845)の本からだという説があります(参考)。私も享保名物帳の諸本にそれほど目を通しているわけではないのですが「18世紀初頭に記された『享保名物帳』…では本作を「刀」と表記している」としてしまうと少々危うい気がします。いかがでしょうか。--小萩きりく会話) 2020年2月14日 (金) 10:43 (UTC)
返信 お世話になります。小萩きりく様のご意見を受けまして、少し調べましたところ確かに享保名物帳第1類には刀種への言及がなく、本阿弥長根が作成した第2類には刀種を刀と表記しております。また、詳註刀剣名物帳については享保名物帳第2類を底本として記述されたもの(参考)であるとのことです。そのため、小萩きりく様のご意見を反映しまして記述内容を以下のようにしたく存じます。ご確認お願い致します。

骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)は、鎌倉時代に作られたとされる日本刀薙刀直しの脇差[注釈 1]

脚注

注釈

  1. ^ 現代では2尺(60センチメートル)未満の刀は脇差に分類されるため本項でも脇差として表記する[1]。ただし、脇差と打刀の基準である2尺の基準が成立したのは18世紀ごろであるが、この基準は幕末までも完全に普及していたわけではない[1]。そのため、『享保名物帳』第1類では刀種への言及はないが、本阿弥光恕(芍薬亭長根、1767-1845)が編纂した第2類、および第2類の記述を底本とした『詳註刀剣名物帳』では本作を「刀」と表記している[2]。なお、2018年に京都国立博物館に行われた「特別展京のかたな」の図録である『匠のわざと雅のこころ』では、本作の解説文にて「打刀」と表記されるなど、現代でも歴史的経緯を踏まえて打刀として分類される場合がある[3]

出典

  1. ^ a b 福永酔剣 『日本刀大百科事典』 1巻 雄山閣出版、1993年11月20日、293-294頁。ISBN 4639012020NCID BN10133913 
  2. ^ 羽皐隠史『詳註刀剣名物帳 : 附・名物刀剣押形』1919年、嵩山堂(参照:国立国会図書館デジタルコレクション、121コマ目)
  3. ^ NHKプラネット近畿 『特別展京のかたな : 匠のわざと雅のこころ』(再版)、2018年9月29日、81頁。 NCID BB26916529 

--従六位上河内介会話) 2020年2月15日 (土) 04:15 (UTC)

一部修正--従六位上河内介会話) 2020年2月15日 (土) 04:15 (UTC)

コメント いろいろ丁寧にご対応いただきありがとうございます。随分前のコメントで言及した資料について情報が出たので、使うかどうかはともかくとして参考までに掲載しておきます。2019年に開催された『特別展 侍 もののふの美の系譜』の図録によると、213頁に重要文化財 薙刀直し刀 名物 骨喰藤四郎 との名称で記載され、重要文化財 薙刀直し刀 銘 国重・八幡大菩薩/点万大自在天神と同様に棟を落として刀に直された旨が記載されております。--遡雨祈胡会話) 2020年2月15日 (土) 14:30 (UTC)
コメント すみません情報が足りませんでした。補足するとこの展示では脇指も3点展示されたようで、それぞれ脇指 名物 物吉貞宗、脇指 銘 備州長船康光/□永廿五年八月日、脇指 名物 碇切と記載されております。参考までに。--遡雨祈胡会話) 2020年2月16日 (日) 01:51 (UTC)
コメント 従六位上河内介様、詳しく反映していただきありがとうございました。新旧の資料が明示されていますし、論旨もわかりやすくて良いと思います。--小萩きりく会話) 2020年2月16日 (日) 04:37 (UTC)
  • 終了 上記提案の件について、Senu様、小萩きりく様の同意が得られたとして冒頭部の定義文については上記表示分に沿って修正をさせていただきます。なお、遡雨祈胡様にご指摘いただきました2019年に開催された『特別展 侍 もののふの美の系譜』についても、注釈節に追記させていただきます。--従六位上河内介会話) 2020年2月17日 (月) 12:38 (UTC)
すみません、議論ぶったぎってしまって申し訳ございませんが、出典と記載が異なる個所の修正と、出典の追記を行いました。--遡雨祈胡会話) 2020年2月17日 (月) 13:47 (UTC)
コメント 読みやすさを損なわずにより正確な記事になり、有意義な議論でした。注釈もわかりやすい文章だと思います。最も議論と執筆の労を取ってくださった従六位上河内介さん、問題提起をしてくださった遡雨祈胡さん、興味深い資料をご教示してくださった小萩きりくさん、どうもありがとうございました。--Senu会話) 2020年2月17日 (月) 14:13 (UTC)
本当に皆様ご協力いただきありがとうございました。大変興味深い話でした。個人的に気になる話ではあるので、機会があれば今後どう扱われるのかも含めてまた調べてみるのもいいのかもしれません。文章を提示いただいた従六位上河内介さん、脇差に関する資料と時代ごとの変遷を提示いただいたSenuさん、享保名物帳に関する知見を提示いただいた小萩きりくさん、ありがとうございます。--遡雨祈胡会話) 2020年2月17日 (月) 23:55 (UTC)
コメント 京都国立博物館の末兼氏が本を執筆中なんて話もネット界隈から聞こえてきますし、また新たな視座の書籍などが出てくると扱いが変わることもあるかもしれませんね。皆様ありがとうございました。途中からかき回して失礼致しました。--小萩きりく会話) 2020年2月18日 (火) 05:34 (UTC)