ノート:佐々木宏 (クリエイティブディレクター)

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ニュース記事に関する記事加筆について[編集]

Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは新聞ではありません及びWikipedia:存命人物の伝記というWikipediaの方針も参照のこと。現在進行形の記事は静観し、百科事典として無難な内容の加筆を求めます。記事の編集を開始した際、(少なくともPCからであれば)編集する際の注意事項が表示されますので、まずはそちらを確認するよう願います。--静葉会話2021年3月18日 (木) 06:37 (UTC)[返信]

利用者:砧太郎さん、内容そのものに誤りはなさそうに見えますが、WP:NOTRSから文春そのものではなく別の資料をソースで書いて頂きたいのと、節で設けてしまうと人の一生の中で扱いが大きすぎるようにも見えます。そこを加味してこのノートに文案を出してみてはいただけませんでしょうか。--遡雨祈胡会話2021年3月20日 (土) 07:10 (UTC)[返信]
節分けも文春ソースも私ではないのですが、新たに私筆で起こすとするなら、
2020年12月23日、2020年東京オリンピックパラリンピックの開閉会式の統括責任者に就任[1]
2021年3月17日、週刊文春によって東京2020開会式・閉会式4式典総合プランニングチームのグループLINE渡辺直美を起用した不適切な案を出し、のち撤回したことが報道された[2]
2021年3月18日、文春の報道を認めて謝罪文を公開、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の橋本聖子に辞意を伝え、了承された[3]
と略歴節に加筆する形でしょうか。節分けも文春ソースも必要ないでしょう。もちろん、コミュニティの判断と合意を優先しますが、文案とのことなので。--砧太郎会話2021年3月20日 (土) 08:33 (UTC)[返信]

コメント このノートページで最初に記載したように、私は該当ニュースに関する加筆について懐疑的な立場を取っています。その理由についても既に述べております。出典の有効性については問題にしておりません。該当部分を記載するか記載すべきでないのかの判断が今回の編集合戦の最大の理由であると考えてもいます。、まずはその記事を何故記事に反映しなければならないのかについて、コミュニティの合意形成を図ることを強くお勧めします。--静葉会話2021年3月20日 (土) 12:17 (UTC)[返信]

私は書いた方がいいと思っていますが、現在じゃないとそもそもソースが取れずに情報が書けなくなってしまうというのはネットソースの弱点なので、そこを気にする必要がある(ネットソースであれば手軽に第三者から記載内容に関して確認できるというメリットもある)と思います。書いている内容としては砧太郎さんの記載内容であれば中立かつ無難でしょう。確かに速報サイトではないということは加味する必要がありますが、人物のキャリアで「東京オリンピック」という影響範囲が大きいイベントについて書かない理由がないように思えるのですが(特に該当の人物はキャリアによってウィキペディア上の特筆性を持つ人物であることから、書かないと逆に不自然になってしまう)、静葉さんはいかがお考えでしょうか。
それから砧太郎さん、すみません履歴の確認が足りませんでした。最初はOli2021clubさんによるものでしたね。当方の認識の甘さにもかかわらず文案を出していただきありがとうございます。個人的には良さそうに見えますが、念のため第三者の意見も伺った方がいいと思うのでコメント依頼を提出しておきます。告知は保護期間が一週間程度なので終わったらテンプレートを貼ります。--遡雨祈胡会話2021年3月20日 (土) 12:30 (UTC)[返信]
コメント 私はネットソースがどうこうということ関係なく、現時点での加筆についてかなり懐疑的です。その理由については、繰り返しになりますがすでに述べています。記事の執筆は、特に名誉にも関わる部分については、たとえ公人であったとしても慎重になるべきだと考えます。--静葉会話2021年3月20日 (土) 12:39 (UTC)[返信]
すみませんが、当方からするとそれは理由になっていないので(個々人の価値観の違いになっているとみられるため)、もう少し説明して頂くか、論拠を示していただくか、他の観点から説明できるものを持ってきていただけませんか。少なくとも当方は、静葉さんのやり方は中立性という観点から疑問を持っております。--遡雨祈胡会話2021年3月20日 (土) 12:55 (UTC)[返信]
もう一つ添えますと、仮に見送るのであれば「いつならいいのか」という話が付いてくると思うので、それを論拠と共に示す必要があると思います。--遡雨祈胡会話2021年3月20日 (土) 13:41 (UTC)[返信]
Wikipediaの方針の一つである「存命人物の伝記」にはこうあります。「ウィキペディアの伝記は情報源の内容を記事化するだけです。もし、ある記述や事件が有名で本人の業績にとって重要で記載するに値するものであり、信頼できる公表済みの情報源できちんと文書化されているものなら、たとえ否定的なもので当の本人が嫌がろうと、記事に含めるにふさわしいでしょう。」よって、保護が解除され次第、記述を復帰するべきだと思います。「中立的な観点」にもあるように、記事の執筆は中立的な観点が求められます。私も静葉氏の中立的な観点に疑問を感じます。静葉氏は、佐々木氏の利害関係者でしょうか?中立的な立場におられるのであれば、マスコミに大々的に報じられているようなことであり、記述することに躊躇すべき理由はないと思います。業績として『東京2020 開会式・閉会式 4式典総合プランニングチーム』を記述しているのに、辞任は書かないというのもおかしな話です。静葉氏は、中立的な観点に立つべきです。まさか、繰り返しIPユーザーとして無意味な削除を繰り返したのは、静葉氏ではないですよね?--Miracle7777会話2021年3月22日 (月) 14:21 (UTC)[返信]

コメント 本件議題にて聞き捨てならないコメントが出ました。私が記事対象者と関係があるとか、IP利用者だとかいう話ですが、まずそれを証明ししてください。調べればお分かりのように、私は実名や所在を公開した上で活動していますので、その証明は容易であるはずです。ですので、それを行ってください。それら発言はWikipedia:個人攻撃はしないに当たると考えます。行った発言に対し謝罪は必要ありません。繰り返し、その証明を行ってください。それができたのだからこそそうした発言が行えるのですから。--静葉会話2021年3月23日 (火) 23:21 (UTC)[返信]

お言葉ですが、お二人共メインテーマに従った議論をお願いします。人の立場を疑うのはNGですが、それに乗っては議論が主題から逸れて収集がつかなくなります。冷静な議論が難しいようであれば、最悪利用者に対してコメント依頼を提出する必要が出てくる可能性があります。もう一度、ご自身のコメントを読み直していただけますよう、恐縮ですがよろしくお願いします。--遡雨祈胡会話2021年3月26日 (金) 12:20 (UTC)[返信]
それで静葉さん、お手数ですが時間を撮っていただいても構いませんので、こちらのお返事をいただけませんか。--遡雨祈胡会話2021年3月26日 (金) 12:43 (UTC)[返信]
  • コメント 先述のものだけでなくWikipedia:名誉毀損も判断材料に入っておりますが、ともあれ、「不名誉」なことであるからこそ執筆に慎重になったほうがいい、また、そもそも記事は早急に編集しなければならないようなものではありません。何かあったら鬼の首を取ったような感じで早急に編集しようしようという考え方にも賛同できませんから。その考えのベースとなっている事柄はすでに方針とガイドラインを示していますので、これで充分かと。早急に編集したいならウィキニュースで執筆すればいいのですから。もっとも、私のそうした考えはこの議論にも参加しているから、個人的にぴりぴりしているのは否めません。なお、私に対する事項に関しては現時点でもお返事を戴けておりませんので、現在でも継続してお待ちしております。--静葉会話2021年3月26日 (金) 21:44 (UTC)[返信]
「人物のキャリアで「東京オリンピック」という影響範囲が大きいイベントについて書かない理由がない」「『現時点』と仰っていることに対していつになったら書けるのか目安がない(特定の存命人物が死んだと分かった瞬間に書ける、というのは法律的には問題なさそうですが、記事全体を増強するのではなくそこだけ加筆しているのであれば、主観ですがいわゆる「死人に口なし」を利用しているようにも見えてしまいますし)」ということに対して「(目安もなく)早急に書かない」という話を出されても平行線になってしまうのは考えれば分かる話だと思いますし、書く場所をウィキニュースに変えようが名誉棄損のリスクがあるのは変わりません(静葉さんもご認識いただいているとは思いますが)。また、プランニングチームを担当しているにもかかわらずその顛末を書かないとそこの話が宙ぶらりんになってしまいます(最後までチームとして参加したという誤認を招くリスクもある)。それから当方の話の認識が足りず申し訳ないのですが、「私に対する事項に関しては現時点でもお返事を戴けておりませんので」のくだりがどちらを示しているか申し訳ありませんが分かりませんので、そちらを示していただいて宜しいでしょうか。--遡雨祈胡会話) 2021年3月26日 (金) 22:12 (UTC)補記。--遡雨祈胡会話2021年3月26日 (金) 22:19 (UTC)[返信]
WP:CHOICEもあるので一概に言えないのですが、記事を増強しながらそういった件について加筆すれば、バランスが取れるのではないでしょうか。ご本人が非を認めているところがあれば、その件に関して「非を認めている」「謝罪している」ということを示した方が、いわゆるレッテル貼りを避けられるのではないでしょうか。--遡雨祈胡会話2021年3月26日 (金) 22:17 (UTC)[返信]
以前、オリンピックロゴのパクリ疑惑で佐野研二郎氏が問題になりましたが、同氏の記事には事細かに記述されることで理解が深まる内容になっていると思います。Wikipediaの方針『ウィキペディアの伝記は情報源の内容を記事化するだけ』に従い、出典を元に記事化するしかないと思います。本件については名誉毀損云々は関係ないのでは?名誉毀損になるのであれば、報じたマスメディアは名誉毀損行為をしているということになりますよ?佐々木氏の利害関係者であれば消したい事実なのかも知れませんが、中立的な第三者からすると方針に従って情報源の内容を記事化する以外に思いつかないのですが。本人は事実を認めてすでに辞任しており、これ以上新たな事実が追加で出てくるとも思えませんので、記事を復帰して編集すべきです。1年前の出来事、提案した演出内容、ブレインストーミング時の出来事であったこと、その場でメンバーに指摘されて撤回し指摘してくれたことにお礼を述べていることなどが報じられているので、そのまま記事化した方が名誉毀損から遠のくと思いますけどね。増田明美氏が内輪のやり取りの流出を批判する意見[1]を出していたり、それも加えれば多角的な内容になるのでは?記事内容を暈かしたり隠したりしようという考えが持つ人がいるのであれば、その時点で中立性に疑問符がつきますから、余計なことを考えずWikipediaの方針に従うのが妥当かと思います。--Miracle7777会話2021年3月28日 (日) 19:13 (UTC)[返信]

コメント 私の最大の懸念は、記事の概要より件のニュースの加筆ばかりが目立ち、事実上、記事の対象者を非難するような形の記事としてなり立っていったことです。事実、その辞任に関する事柄が記事の主要な部分を占めるようになり、またそのニュースのことばかりが加筆され続けている状況は、ある意味異常でもあります(WP:NOTNEWSにも抵触しかねないし、そうした一連の加筆はウィキニュースのほうが向いているとも考えられる)。また、Wikipediaで調べ物をされる方の視点に立った編集をするのは当然ではありますが、しかしそうしたニュース記事ばかりが目立つような記事にせずとも、読者からするとニュースサイトを見れば済むようなことを積極的に加筆し続けるより、それまでの実績がどのようなものだったのかを加筆されるほうが私は有意義であるとも考えます(極端な例になるやも知れませんが飯塚幸三及びノート:飯塚幸三を参照)。さらに、そうした事項ばかりが目立つ記事は、それは百科事典の記事として相応しい状態であると言えるでしょうか。なお、Wikipedia:名誉毀損の4番目の項には、本件に関する事項が書かれていますけれど、この項は解釈によっては、記事の執筆を行う際、かなり危ない橋を渡るようになるような、そんな印象があります。もし仮に、記事の対象者がWikipediaに記事を書くなとした場合、執筆された方はその責任を負えるでしょうか。もっとも、そこまで深く考える必要もないとは思いますけれど。--静葉会話2021年3月31日 (水) 11:06 (UTC)[返信]

具体的にどの箇所が非難する部分で異常性があるのか明示して頂けませんか?自分がそう思っただけでは主観的なことですよ。保護される前の内容を見ても、提案した演出内容、佐々木氏が発表した内容、大臣による辞任発表で非難するような内容も異常性も確認できません。ただ「辞任した」だけでは意味不明すぎて、それこそ百科事典的な記事ではなくなります。情報源の内容を記事化して、読み手が分かるようにすることこそ百科事典です。ネットニュースを見ればいいというのも意味が分かりません。それこそニュースサイトを見なくてもわかるように、詳細に記事化すべきだと思いますよ。繰り返しになりますが、私は佐野研二郎の項目のように詳細に書くことこそが、Wikipediaの方針に沿った執筆だと思います。出典元にない内容を創作すれば捏造で名誉毀損になりますが、情報源の内容を記事化して名誉毀損になるとも思えません。利害関係者でもないのに、執筆を阻止しようとする姿勢はどこからくるのでしょうか?中立的な観点に立ってもらえませんか?。あと遡雨祈胡さんに返信してください。--Miracle7777会話2021年3月31日 (水) 21:29 (UTC)[返信]
Miracle7777さん、「執筆を阻止しようとする姿勢」というのはあくまでMiracle7777さんの推測の箇所にあたると取れるので、お手数ですがWikipedia:論争の解決Wikipedia:善意にとるをお読みいただいた上で、大変恐縮ですがもう少し言葉を選んでいただいても宜しいでしょうか。--遡雨祈胡会話2021年4月3日 (土) 01:16 (UTC)[返信]
静葉さん、リスクを考えるのは分かりますが、個人的な感想で申し訳ないのですが、本当にリスクを考えるのであれば、たぶん誰もWikipediaに立項、加筆しなくなると思いますよ。それ故に、リスクを回避しつつ最低限必要なところを伝える書き方が必要だと個人的には思うのですが、静葉さんは今回の件につきまして、議論を通してそちらを考えるおつもりはありますでしょうか。--遡雨祈胡会話2021年4月3日 (土) 01:21 (UTC)[返信]
もう一点懸念を申し上げますと、「存命人物の批判のリスクは認識しておくべき」という話を「だからそれを書いてはいけない」としてしまうと、結果として存命人物記事がほとんど宣伝記事に(そのつもりがなかったとしても)なりかねないということは考慮に入れた方がいいと思います。特筆性がある、ということはそれだけ社会に影響力を持ってしまった方たちでもありますから(だからといって「有名税だ」となんでもかんでも書いてもいい、というわけではもちろんないと思います。そこは個々の記事での議論と状況から判断するほかないでしょう)。--遡雨祈胡会話2021年4月4日 (日) 14:44 (UTC)[返信]