ニジニ・ノヴゴロドの定期市

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ニジニ・ノヴゴロドに現存する定期市会場
マカリエフ修道院

ニジニ・ノヴゴロドの定期市ロシア語: Нижегородская ярмарка)は、中世から19世紀にかけてロシアに存在した市場。ロシア内外の商品を扱う交易地として栄え、当時のロシア最大の定期市であった。

概要[編集]

1641年ジェルトヴォツキー・マカリエフ修道院ロシア語版英語版の修道士たちが特許状によって市を建設し、この町はマカリエフと呼ばれた[1]ヴォルガ川の水運にめぐまれて発展し、毎年7月の3週間にわたって市が開催された。敷地は2リーグ平方におよび、交易用の店舗の他に居酒屋、コーヒーハウス、劇場、ダンス場などの木舎も建設された。商品にはシベリアの毛皮、ロシアの金属製品、中国の茶、リヨンやアジアの絹、ブハラやヨーロッパの宝石、フランスギリシャワインボヘミアのガラス製品、ヨーロッパの家具、フランスの小間物、ヴォルガ川のチョウザメなどが取引された。内外から多数の人々が集まり、ロシア人タタール人ポーランド人グルジア人アルメニア人、ブハラ人、ペルシア人、中国人、インド人フランス人イギリス人などがいた。

1751年まで、取引に課せられる税は修道士によって徴収されていた。1816年の大火災によってマカリエフは焼失し、定期市は上流のニジニ・ノヴゴロドへ移された。ニジニ・ノヴゴロド定期市はオーギュスト・モンフェランにより建築され、店舗は2500以上入るように設計された。再開後は6週間にわたって開催され、当初の規制を超えて店舗数は6000以上となり、取引額は1874年時点の価値で1億6000万ルーブルを超えたという[2]

関連する人物[編集]

小説家ジュール・ヴェルヌの作品『皇帝の密使ミハイル・ストロゴフ』には、マカリエフの定期市やニジニ・ノヴゴロドの定期市が登場する。 -

出典[編集]

参考文献[編集]