ステチュツィ

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世界遺産 中世墓碑ステチュツィの残る墓所群
ボスニア・ヘルツェゴビナクロアチアモンテネグロセルビア
ストラツ近くのラディムリャにあるステチュツィ
ストラツ近くのラディムリャにあるステチュツィ
英名 Stećci Medieval Tombstones Graveyards
仏名 Cimetières de tombes médiévales stećci
面積 51.38 ha (緩衝地域 334.93 ha)
登録区分 文化遺産
文化区分 遺跡
登録基準 (3), (6)
登録年 2016年
公式サイト 世界遺産センター(英語)
地図
ステチュツィの位置(ヨーロッパ内)
ステチュツィ
使用方法表示
ボスニア・ヘルツェゴビナ国立博物館にあるステチュツィの正面
セルビアのペルチャツ近くにあるステチャク・ネクロポリス
トラヴュニア英語版のジュパであったグルデシャ英語版(1120-1180)のステチュツィに刻まれた文字。発見されたステチュツィの中でも最古の物

ステチュツィ Stećci [stetɕtsi] (単数: Stećak [stetɕak])はボスニア・ヘルツェゴビナや中世にボスニア王国の領域であったクロアチアダルマチア)、モンテネグロセルビアとボスニア・ヘルツェゴビナの国境付近に散在する巨大な中世の墓碑である。現代のボスニア・ヘルツェゴビナ国内ではおよそ6万が、クロアチアやセルビア、モンテネグロでは1万のステチュツィが発見されている。[1]ステチュツィが現れ始めたのは11世紀のことで、これらがピークを向かえたのはオスマン帝国の支配により消える以前の14世紀や15世紀のことであった。ステチュツィの墓碑は中世のボスニア王国や当時異端とされていたボスニア教会英語版に属していた。ステチュツィの墓碑のエピタフ(墓碑銘)にはボスニアキリル文字英語版(ボサンチィツァ"Bosančica" [bosaŋtʃitsa])が記され、文字はボスニア教会のコミュニティで広く使われていた。ステチュツィの最大のコレクションはヘルツェゴビナの町ストラツ英語版近くのラディムリャ英語版にある。

ステチュツィは2016年にユネスコ世界遺産リストに正式登録された。

語源[編集]

ステチュツィ自体は古い語であるstojećak前置詞と冠詞の縮約の形で動詞のstajati(立っている)からで、文字通り「立っている物」と言う意味になる。

特徴[編集]

ステチュツィの特徴は墓碑に様々な装飾がモチーフにされていることだが、これらは今日でも謎が秘められている。墓碑には渦巻き状の物や連続したアーチ状の模様、ブドウの葉や実、太陽や三日月が表れている。寓意的なモチーフとして連続するシカや伝統的な民族舞踊であるコロ (en、狩猟、右手を上げたおそらく忠誠を誓う人のイメージなどが描かれている。

一部の歴史家はボスニア教会はブルガリアのボゴミル派か他の二元論のグループかで論争がある。他の説には実際にはボスニア教会はカトリック教会のフランシスコ会修道士が創設したと明言されている[2]。ステチュツィ自体はボゴミルの宗教コミュニティの遺物ではなく、もともとボスニア教会ものであるが土着の宗教の神話や儀式が残っていたり、地元のスラヴ人貴族の地位を示した紋章のシンボルや人々の行為が配されるなど[3]特定の信仰に属すると言うよりはボスニアの文化現象を反映している[4]

今日、多くのステチュツィはサラエヴォの国立博物館の庭園などに展示されている。

世界遺産[編集]

登録基準[編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
  • (6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

脚注[編集]

  1. ^ Sito-Sucic, Daria (2009年11月2日). “Balkans to nominate medieval tombstones to U.N. list”. Reuters. http://www.reuters.com/article/lifestyleMolt/idUSTRE5A13MK20091102 
  2. ^ Fine, John. The Bosnian Church: Its Place in State and Society from the Thirteenth to the Fifteenth Century: A New Interpretation. London: SAQI, The Bosnian Institute, 2007. ISBN 0-86356-503-4
  3. ^ Noel Malcolm: Geschichte Bosniens. S.Fischer Verlag, Frankfurt am Main 1996, ISBN 3-10-029202-2, S. 48.
  4. ^ Fine, John V. A. (1991). The Late Medieval Balkans: A Critical Survey from the Late Twelfth Century to the Ottoman Conquest. University of Michigan Press. p. 486. ISBN 0-472-08149-7. 

外部リンク[編集]