ジル・パニッツィ

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ジル・パニッツィ
Gilles Panizzi
2005年
2005年
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 (1965-09-19) 1965年9月19日(51歳)
出身地 アルプ=マリティーム県ロクブリュヌ=カップ=マルタン
WRCでの経歴
活動時期 1990–2006
所属チーム プジョー, 三菱
出走回数 71
チャンピオン回数 0
優勝回数 7
表彰台回数 14
ステージ勝利数 91
通算獲得ポイント 134
初戦 1990 モンテカルロ・ラリー
初勝利 2000 ツール・ド・コルス
最終勝利 2003 ラリー・カタルーニャ
最終戦 2006 ラリー・カタルーニャ
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ジル・パニッツィ(Gilles Panizzi、1965年9月19日 - )は、フランス出身の世界ラリー選手権(WRC)のドライバーモナコ在住で、自宅の前がラリー・モンテカルロのコースのひとつとなっている。既婚、娘がいる。

ターマックラリーを得意としており、ターマックキングの異名通り優勝した7戦全てがターマックラリーである。コ・ドライバーは2006年まで実弟のエルベ・パニッツィが務め、兄弟コンビとしても広く知られていた。ターマックラリーでの強さと後述の人柄のユニークさから日本でのファンも多い。

経歴[編集]

1987年にラリーデビュー。1990年からWRCに参戦をはじめ、2000年のプジョー移籍直後にフランス大会(ツール・ド・コルス)でWRC初優勝。フランス人ラリードライバーの例に漏れず、パニッツィもターマックで目覚しい活躍を見せ、プジョーでは主にターマック戦でのスペシャリストとして活躍し、特に2002年は凍結路のラリー・モンテカルロを除くターマックラリー3戦(コルシカ・サンレモカタルニア)全てで勝利を収めた。

2004年シーズンに先立ち、ドライバー起用に関わるレギュレーションの変更からプジョーがターマック専門ドライバーを採用しない方針にシフトしたため、グラベルラリーも含めたワークス・チームからの参戦機会を求めて三菱自動車へ移籍。三菱ではパニッツィの仇敵であったフランソワ・デルクール(後述)と入れ替わるようにエースドライバーとしてマシン開発などを担当した。しかしながら、同年に三菱自動車が三菱リコール隠しダイムラー・クライスラーとの資本関係打ち切りなどの理由から経営不振に陥ったため、パニッツィ得意のターマックラリーが行われる直前の8月に三菱はWRC参戦の一時休止を発表。2005年の世界ラリー選手権終了後三菱がWRCワークス活動からの撤退を発表したため、パニッツィの三菱での経歴は不本意なものとなってしまった。

2006年シーズンは元WRCドライバーのアルミン・シュヴァルツがチームリーダーを務めるレッドブル・シュコダからターマックラリーを中心に数戦に参戦する予定であったが、カタルニアラリー終了後にツール・ド・コルスには参戦せずレッドブル・シュコダから離脱。この際パニッツィは、理由として開発環境およびテストスケジュールの不足を挙げ、「シュコダ入りは誤った選択だった」とまで述べた。この直後、コ・ドライバーを長年務めた実弟エルベはコンビをごく短期間だったが解消し、シーズン終了後に現役を引退している。現在はプジョーのテストドライバーとしてプジョー・207S2000の開発に参加。2007年から開始したインターコンチネンタル・ラリー・チャレンジ(IRC)第7戦ラリー・サンレモに同車両で参戦している。

エピソード[編集]

パニッツィには変わったエピソードが多数報じられており、それが彼の人気の一因となっていることは否めない。その一部を記載する。

  • 2002年のカタルニアラリー最終SSで、ギャラリーが多数集まったヘアピンコーナーでドーナツターンを行った。2位に1分30秒差をつけトップを独走していたとはいえ、競技区間内でドーナツターンをやったドライバーは他にいない(現在は規定により競技区間内でのドーナツターンは禁止されており、またこの件との関連性は不明だが、当該コーナーを含んだSSは後にラリーの競技ルートから外されている)[1]
    • 容貌から神経質そうな印象を受けるが、機嫌のいいときは前述のドーナツターンに見られるようにサービス精神も旺盛である。
  • 短気でケンカっ早い性格としても知られる。2000年のサファリラリーでは、マシントラブルによりスローダウンしたグループNのマシンがヘリコプターからの指示を受けたのにもかかわらず[2]停止せずに走り続け、マシンから出るダストにより後方を走っていたパニッツィのマシンはパンクをしてしまった。これに腹を立てステージ後そのドライバーに殴りこんだはいいが、逆に返り討ちに合い、おまけに主催者側から5万ドルの罰金が課される羽目になった。
  • プジョー時代の2000年ツール・ド・コルス。パニッツィは(同じく血の気が多いことで知られる)当時の同僚フランソワ・デルクールに、本来規則違反となっているはずの「自転車によるレッキ」を行ったことを詰問され大喧嘩。しかし問い詰めた側のデルクールがチーム総出で引き剥がされ、泣きながらパニッツィを罵倒しつつ外へ運ばれていく結末となった。結果、その年をもってデルクールはプジョーから放出された。
    • パニッツィのエピソードとして語られることが多い「自転車によるレッキ」は、デルクールが行ったものである。
  • 2014年のモンテカルロラリーSS14にて、00カーをドライブしたところ大雪でスタックしてしまいSSがキャンセルになった

記録[編集]

ジル・パニッツィ、2005年のキプロス・ラリー
  #   ラリー名 シーズン コ・ドライバー 車両
1 フランスの旗 44ème V-Rally Tour de Corse - Rallye de France 2000 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC
2 イタリアの旗 42º Rallye Sanremo - Rallye d'Italia 2000 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC
3 イタリアの旗 43º Rallye Sanremo - Rallye d'Italia 2001 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC
4 フランスの旗 46ème Rallye de France - Tour de Corse 2002 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC
5 スペインの旗 38º Rallye Catalunya-Costa Brava (Rallye de España) 2002 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC
6 イタリアの旗 44º Rallye Sanremo - Rallye d'Italia 2002 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC
7 スペインの旗 39º Rallye Catalunya-Costa Brava (Rallye de España) 2003 エルベ・パニッツィ プジョー・206 WRC

WRC[編集]

チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 順位 ポイント
1990 ジル・パニッツィ ランチア・デルタ・インテグラーレ MON
16
POR KEN FRA GRE NZL ARG FIN AUS ITA CIV GBR NC 0
1993 ジル・パニッツィ プジョー・106 XSi MON SWE POR KEN FRA
Ret
GRE ARG NZL FIN AUS ITA ESP GBR NC 0
1995 プジョー・スポール プジョー・306 S16 MON SWE POR FRA
12
NZL AUS ESP GBR NC 0
1997 プジョー・スポール プジョー・306 Maxi MON SWE KEN POR ESP
3
FRA
3
ARG GRE NZL FIN IDN ITA AUS GBR 10th 8
1998 プジョー・スポール プジョー・306 Maxi MON
9
SWE KEN POR ESP
6
FRA
4
ARG GRE NZL ITA
5
AUS 12th 6
ジル・パニッツィ プジョー・106 Rallye FIN
35
スバル・インプレッサWRX GBR
Ret
1999 ジル・パニッツィ スバル・インプレッサWRC 98 MON
Ret
SWE KEN POR ESP 10th 6
Peugeot Esso プジョー・206 WRC FRA
Ret
ARG GRE NZL FIN
33
CHN ITA
2
AUS GBR
7
2000 Peugeot Esso プジョー・206 WRC MON
Ret
SWE KEN
Ret
POR ESP
6
ARG GRE NZL FIN CYP FRA
1
ITA
1
AUS
Ret
GBR
8
7th 21
2001 Peugeot Total プジョー・206 WRC MON
2
SWE ESP
5
ARG ITA
1
FRA
2
AUS
9
8th 22
H.F. Grifone SRL POR
12
CYP
Ret
GRE
Ret
KEN FIN
14
NZL GBR
Ret
2002 Peugeot Total プジョー・206 WRC MON
7
FRA
1
ESP
1
CYP
10
ARG
Ret
KEN
6
FIN GER ITA
1
NZL
7
AUS 6th 31
Bozian Racing SWE
16
GRE
Ret
GBR
11
2003 Marlboro Peugeot Total プジョー・206 WRC MON
Ret
SWE GER
10
FIN AUS ITA
2
FRA
6
ESP
1
10th 27
Bozian Racing TUR
5
NZL ARG GRE
7
CYP
Ret
GBR
Ret
2004 ミツビシ・モータース 三菱・ランサーWRC 04 MON
6
SWE
Ret
MEX
8
NZL
Ret
CYP
Ret
GRE
10
TUR
Ret
ARG
7
FIN
11
GER
Ret
JPN GBR ITA FRA ESP
12
AUS 13th 6
2005 ミツビシ・モータース 三菱・ランサーWRC 05 MON
3
SWE MEX
8
NZL ITA CYP
11
TUR GRE ARG FIN GER GBR JPN
11
FRA
Ret
ESP AUS 15th 7
2006 レッドブル・シュコダ シュコダ・ファビア WRC MON
10
SWE MEX ESP
10
FRA ARG ITA GRE GER FIN JPN CYP TUR AUS NZL GBR NC 0

脚注[編集]

  1. ^ この様子は日本テレビのWRCダイジェストにて放映された。
  2. ^ サファリラリーでは閉鎖されていない道路を走るため、上空のヘリが状況を見極め指示を出す

外部リンク[編集]

タイトル
先代:
J.J.レート
トミ・マキネン
カリ・タイアイネン
レース・オブ・チャンピオンズ
Nations' Cup

2000 with:
レジス・ラコーニ
イヴァン・ミュラー
次代:
フェルナンド・アロンソ
ヘスス・プラス
ルーベン・チャウス
先代:
コーリン・エドワーズ
ジェフ・ゴードン
ジミー・ジョンソン
レース・オブ・チャンピオンズ
Nations' Cup

2003 with:
クリスチアーノ・ダ・マッタ
フォンシ・ニエト
次代:
ジャン・アレジ
セバスチャン・ローブ