サンタ・エスメラルダ

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サンタ・エスメラルダ
Santa Esmeralda
出身地 アメリカ; フランス
ジャンル ディスコ, ラテン・ポップ
活動期間 1977 - 1981; 2002-現在
レーベル Fauves Puma, カサブランカ, Hot Productions, Pazzazz
旧メンバー オリジナル・メンバー
Leroy Gómez (Lead vocals 1977-78)
Jimmy Goings (Lead vocals 1978-82)
Jean Claude Petit (Keyboards, arrangements, composer)
José Souc (Spanish guitars, arrangements)
Slim Pezin (Electric guitars, arrangements)
Christian Padovan (Bass)

サンタ・エスメラルダ (Santa Esmeralda) は1977年に悲しき願いの大ヒットを放ったアメリカフランス混成のディスコ・グループ。

キャリア[編集]

リロイ・ゴメスは、マサチューセッツ州ワーハムでカーボベルデ系の家庭に生まれた。

サックスを学び、14歳の時に自身のバンドを結成。後に同じカーボベルデ系のメンバーとタバレス(Tavares)を結成、北米ヨーロッパをツアーする。

1973年パリに滞在していたときに、エルトン・ジョンの『黄昏のレンガ路』にサックスで参加[1]

これをきっかけにゴメスはスタジオミュージシャンとしての仕事を得て、タバレスを脱退し、ヨーロッパで活動することを決める。

そこで彼は、新しいアーティストの作品を世に出すために自らのレーベルを設立した作曲家チーム、ニコラス・スコースキー (Nicolas Skorsky) とジーン・マヌエル・デ・スカラノ (Jean Manuel de Scarano)に出会う。

サンタ・エスメラルダは彼ら3人のコラボレーションによって誕生した。

1977年、ゴメスをリード・ボーカルに据え、1964年アニマルズのヒット曲悲しき願いをタイトル・ナンバーに据えたデビュー・アルバムが、フランスの独立レーベルFauves Pumaからリリースされた。

エスメラルダ・バージョンは、フラメンコ・スタイルのガット・ギターエレキギターホーン・セクションがディスコ・ビートの上で絡み合う斬新なもので、ヨーロッパでの大ヒットにより、アルバムはディスコ・ミュージックで実績のあるカサブランカ・レコードの全世界配給契約にこぎつけ[2]、最終的にゴールドディスクを獲得した。

シングルカットされた『悲しき願い』のB面は、ラブ・バラードのYou're My Everythingで、チャートインしなかったにもかかわらず、ラジオに多数のリクエストが寄せられた。また、同じくアニマルズのカバー曲朝日のあたる家もディスコチャートのTop20にラインクインさせた。

ダンサーを含んだグループが編成され、ワールド・ツアーが開始された(ダンサーのひとりTequilaは、数枚のアルバムとシングルのジャケットに登場し、最終的にゴメスの妻になった[3])。

1978年、映画『イッツ・フライデー』(Thank God It's Friday) のサウンドトラックのために「セヴィリア・ナイツ」(Sevilla Nights) をレコーディングした。

サウンドトラックはヒットし、その年にはポップ・アルバム・チャートに3枚のアルバムを送り込んだ(『悲しき願い』(25位),『朝日のあたる家』(41位))。

1979年に「ビューティ」でマイナーなクラブ・ヒットを放ち、「Another Cha-Cha/Cha-Cha Suite」で久しぶりにディスコTop20にチャートインした (16位) 。

しかし、さして注目されなかった2、3のアルバムをリリースした後、カサブランカ・レコードの倒産とディスコ・ブームが去ったことにより、グループは解散した。

2002年、ゴメスはグループを再編成し、ニュー・アルバム『Lay Down My Love』をリリース、ツアーを開始した。

2004年には、ディスコ時代のヒット曲を再レコーディングした『サンタ・エスメラルダ Greatest Hits』をリリースした。

クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』のサウンドトラックに「悲しき願い」のロング・バージョンが収録され、再び注目を浴びた[4]

脚注[編集]

外部リンク[編集]