コンテンツにスキップ

サツキマス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
サツキマス
Oncorhynchus masou ishikawaeの陸封個体(アマゴ)
保全状況評価
ENDANGERED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
: サケ目 Salmoniformes
: サケ科 Salmonidae
: タイヘイヨウサケ属 Oncorhynchus
: サクラマス Oncorhynchus masou
亜種 : サツキマス
O. m. ishikawae
学名
Oncorhynchus masou ishikawae
(Jordan and McGregor, 1925)
和名
サツキマス
英名
Red spotted masu trout
Satsukimasu salmon

サツキマス(皐月鱒、Oncorhynchus masou ishikawae)は、サケ目サケ科に属する[1]

日本の固有亜種でサクラマスの亜種とされる。降海型や降湖型はサツキマス、河川残留型(陸封型)はアマゴ(似嘉魚[2])と呼ばれる[3]。サツキマスとアマゴを比べた場合、大きさや模様が大幅に異なることが多く、一見すると別の種に見える。

アマゴ

[編集]

アマゴは、サツキマスの河川残留型(陸封型)個体である[4]。30cm程度になるとパーマークが薄れる個体もある。降海型と見分けがつかなくなるため、この場合は塩類細胞(エラにある海と淡水を行き来するのに必要な細胞)の数で決定するしかない。雄の場合、成魚になると雄のサケに見られる「両あごが伸びて曲がり込む」鼻曲がりのような状態になる個体もまれにある。

奈良県では2012年にキンギョアユと合わせて「県のさかな」に指定されている[5]

呼称

[編集]

「アマゴ」は、漢字で書くと、「雨子」、「雨魚」、「甘子」、「天魚」、「鯇」となり、由来は、漢字の通り、雨がちな梅雨や初夏によく釣れるためである。また、「甘い(美味しいの意)魚」という意味の呼び名が転じて呼ばれたとも言われる。日本特産のため、漢字はあとから当てられたようで、地域により使い分けられていたようである。

  • 地方名..... アメゴ、アメノウオ(長野・近畿・四国)、コサメ(紀伊半島南部)、ヒラベ(山陰)、エノハ(九州)
  • 英名 Amago salmon

分布

[編集]

天然での分布域は神奈川県西部以西本州太平洋岸、四国九州瀬戸内海側河川の一部。在来個体群は堰堤など河川構造物による流路の分断や森林伐採により生息環境が悪化し、生息数が減少している[6]。以前はヤマメと分布が分かれていたが、近年盛んになった遊漁目的の放流により分布が乱れ、混在するところがある(遺伝子汚染)。

人為放流による分布拡大

[編集]

本来、日本海側や琵琶湖には生息していないが、無秩序な放流により福井県[7]や富山県の日本海側の河川にも生息する。ヤマメ域にアマゴ、アマゴ域にヤマメが放流され、両者は容易に交配してしまいヤマメとアマゴの中間的な魚も発見されており[8]、分布域は曖昧になりつつある。近年、富山県の神通川ではサツキマス(アマゴ)との交雑によるサクラマスの魚体の小型化が報告されている[9]。なお、琵琶湖に生息[10][11]する個体は、1970年以降に琵琶湖に流入する河川に人為放流されたサツキマスの子孫と考えられ、固有種のビワマスと誤認されている場合もある。また、琵琶湖ではビワマスとサツキマスの交雑個体が確認されている[12]

形態

[編集]
アマゴ(サツキマスの陸封個体)

ヤマメとの外見上の大きな違いは、側線の上下から背部にかけて朱点が散在することである。

  • 体長は35-50 cm程度で、サクラマスよりは小型。
  • 鼻曲がりになっている。
  • パーマークは消失しない。
  • 銀毛化している。
  • サケに似ている。
計測形質[13]
  • 側線上横列鱗数:25 - 34
  • 幽門垂数:32 - 58
  • 体長に対する体高比:24.8 - 30.4%

生活環

[編集]

産卵は9月から11月で、12月から翌年の1月頃に孵化する。

孵化した年(産卵の翌年)の秋頃からスモルト化(パーマークが薄れて体色が銀白になる)し、降海するが、若干の朱点が残る個体もある。雌はほぼ全てが降海するが雄は河川残留する。雌でもスモルト化しない個体は河川残留し生活をする。生息域での餌が不足すると、スモルト化する個体が増加する事が報告されている。まれに、2年の淡水生活を送った後に降海する個体もいる。

降海してもシロザケの様な大回遊はせずに沿岸域で群れて生活をする。降海後7-8ヶ月で成熟し、河川水温と海水温が等しくなる4 - 6月頃に遡上を始める。10 - 12月頃に源流部近くまで遡上し産卵する。アマゴがいる河川では、アマゴが産卵に参加することが観察されている。広島大学生物生産学部らの研究によれば、河口など汽水域で10日から15日前後滞留し遡上をする[14]。海洋での回遊範囲や移動経路は分かっていない。降海型個体は産卵活動を行うと死亡するが、河川残留型個体は1回目の産卵では死亡せず、翌年2回目の産卵を行い死亡する[15]

食性

[編集]

河川では、河畔林からの落下昆虫や流下する水生昆虫を主な餌とするが、ミミズや底性生物やプランクトンも餌としている。海洋では、サクラマスの様に顕著な魚食性を示しイカナゴイワシなどの小魚やプランクトンを捕食している。従来、「降海個体は遡上中に餌を摂食しない」と云われていたが、9月までは摂食している個体もいるが、9月以降は抱卵している卵が肥大化し消化管が圧迫されるため餌を食べなくなる[16]

産卵床

[編集]

長良川の支流において2001年から2005年に行われた22床の産卵床を調査した結果では、淵尻に産卵床を形成する事が多く、産卵床の長径は129.5±44.9 cm、短径は85.0±28.9 cm、平均水深は61.5±16.1 cm。表層の平均流速は42.0±15.5 cm/sec、底層の平均流速は25.9±10.7 cm/secであった。産卵床の基質は16-63 mm の礫の割合が高い[17]

発見と命名

[編集]

昭和30年代以前は琵琶湖産固有種のビワマス(学名:Oncorhynchus masou rhodurus)の降海型と考えられていたが、形態の違いなどから別種であることが明らかとなった[18]。また、鰭を切った標識放流調査によりアマゴとその降海型であることが判明した[19][20]

命名

[編集]

伊勢湾に注ぐ長良川、木曽川揖斐川の流域地域では単にかわますと呼ばれていた。しかし、イワナ属カワマス(学名:Salvelinus fontinalis)別名:ブルックトラウトと紛らわしいことから、ヤマトマス、サツキマス、アマゴマスなどいくつかの名前が研究者から提唱されたが、最終的に当時の岐阜県水産試験場長本荘鉄夫によるサツキマスと言う呼び名に統一された。なお、本荘はこの魚が5月頃に遡上することから、サツキ(皐月)を冠した名前をつけた。

交雑個体など

[編集]

前述の様にサクラマスやビワマスのほか、サケ科魚類と交配し交雑種が生まれる。但し、組合せによっては卵は孵化しない場合や孵化しても成長しない[21]

突然変異

[編集]
イワメ
(学名:Oncorhynchus iwame)は、突然変異で生じた無斑型のアマゴと考えられている[22][23]。確率的にはどの河川でも生じる可能性があり、近縁のサクラマスでは各地の生息河川での発見が報告されている[24]が、大分県・三重県のアマゴでは発生率が30:1 と高く[22]絶滅危惧種に指定されている。(森誠一 & 名越誠 1986)らによれば、生態的にはアマゴと変わらず銀毛化したアマゴ(シラメ)やヤマメに似ているが、イワメの無斑は劣性遺伝することが分かっており、アマゴ・ヤマメと比べてもサイズも小さい[25]と報告されている。
アルビノ
先天的メラニンが欠乏した個体が生まれることがある。なお、1999年に山梨県で出現したアマゴのアルビノは劣性遺伝であった[26]

脚注

[編集]
  1. ^ サケ属魚類とは 日本水産資源保護協会 (PDF)
  2. ^ 『日本難訓難語大辞典』遊子館、2007年。 
  3. ^ 魚介類の名称表示等について(別表1)”. 水産庁. 2013年5月29日閲覧。
  4. ^ 『改訂新版 世界文化生物大図鑑 魚類』世界文化社、2004年。 
  5. ^ 「奈良県のさかな」が決まりました 奈良県 県民だより 平成24年8月
  6. ^ 木本圭輔, 景平真明, 畔地和久, 福田祐一, 長澤和也「九州の一渓流におけるアマゴ浮上稚魚の流程分布」『魚類学雑誌』第60巻第1号、日本魚類学会、2013年、15-26頁、doi:10.11369/jji.60.15ISSN 0021-5090 
  7. ^ 加藤文男、「福井県のダム湖や河川で成育した大形のアマゴについて」 『魚類学雑誌』 1975年 22巻 3号 P.183-185, doi:10.11369/jji1950.22.183, 日本魚類学会
  8. ^ - 国内移入によるかく乱 -
  9. ^ 田子泰彦、「神通川で漁獲されたサクラマスの最近の魚体の小型化」 『水産増殖』 2002年 50巻 3号 p.387-391, doi:10.11233/aquaculturesci1953.50.387, 日本水産増殖学会
  10. ^ 加藤文男、「琵琶湖水系に生息するアマゴとビワマスについて」 『魚類学雑誌』 1978年 25巻 3号 p.197-204, doi:10.11369/jji1950.25.197, 日本魚類学会
  11. ^ 加藤文男、「琵琶湖で獲れたアマゴ」 『魚類学雑誌』 1981年 28巻 2号 p.184-186, doi:10.11369/jji1950.28.184, 日本魚類学会
  12. ^ 桑原雅之, 井口恵一朗、「ビワマスにおける早期遡上群の存在」 『魚類学雑誌』 2007年 54巻 1号 p.15-20, doi:10.11369/jji1950.54.15, 日本魚類学会
  13. ^ 加藤文男「日本産サケ属 (Oncorhynchus) 魚類の形態と分布」(PDF)『福井市自然史博物館研究報告』第49巻、2002年、53-77頁。 
  14. ^ 海野徹也, 清家暁, 大竹二雄, 西山文隆, 柴田恭宏, 中川平介「耳石微量元素分析による広島県太田川サツキマスの回遊履歴の推定」『日本水産学会誌』第67巻第4号、日本水産学会、2001年、647-657頁、doi:10.2331/suisan.67.647NAID 110003145319 
  15. ^ 棟方有宗, 三浦剛「サクラマスのライフサイクルの調節機構の解明と教材化」『宮城教育大学紀要』第43巻、2008年、105-112頁。 
  16. ^ サケ科サケ属の遡上魚・餌食い話
  17. ^ 桑田知宣, 徳原哲也、「長良川の支流におけるサツキマスの産卵床の特性」 『水産増殖』 2011年 59巻 3号 p.483-487, doi:10.11233/aquaculturesci.59.483, 日本水産増殖学会
  18. ^ 加藤文男、「伊勢湾で獲れたアマゴの降海型について」 『魚類学雑誌』 1973年 20巻 2号 p.107-112, doi:10.11369/jji1950.20.107, 日本魚類学会
  19. ^ 加藤文男、「伊勢湾へ降海するアマゴ (Oncorhynchus rhodums) の生態について」 『魚類学雑誌』 1973年 20巻 4号 p.225-234, doi:10.11369/jji1950.20.225, 日本魚類学会
  20. ^ 加藤文男、「降海型アマゴOncorhynohus rhodurusの分布について」 『魚類学雑誌』 1975年 21巻 4号 p.191-197, doi:10.11369/jji1950.21.191, 日本魚類学会
  21. ^ 上原武則「梓川・稲核ダム下流域で得たヤマメとイワナの雑種について」『長野女子短期大学研究紀要』第5巻、長野女子短期大学出版会、1998年1月、10-15頁。 
  22. ^ a b 森誠一、名越誠「三重県三国谷のイワメとアマゴにおける形態比較」『三重大学水産学部研究報告』第13巻、三重大学水産学部、1986年11月、135-143頁、CRID 1050001202938999296hdl:10076/3531ISSN 0287-5772https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010352890” 
  23. ^ あまり知られていない希少魚イワメ 三重県農林水産部
  24. ^ 木村志津雄、「無斑紋サクラマス, Oncorhynchus masou の選抜交配」 『水産増殖』 1994年 42巻 4号 p.615-618, doi:10.11233/aquaculturesci1953.42.615, 日本水産増殖学会
  25. ^ Mori, S; Nagoshi, M; others (1986). “Morphological comparisons between the markless masu trout (Iwame) and the red-spotted masu trout (Amago), Salmo (Oncorhynchus) masou macrostomus Gunther, in the Mikuni-dani stream of Mie prefecture, Japan”. Bulletin of the Faculty of Fisheries-Mie University (Japan) (13). https://agris.fao.org/search/en/providers/122558/records/6471c39c77fd37171a6ec26c. 
  26. ^ 山本淳, 名倉盾, 大森洋治, 芳賀稔「養殖アマゴに出現したアルビノ個体について」『水産増殖』第47巻第1号、日本水産増殖学会、1999年、43-47頁、CRID 1390001204716958976doi:10.11233/aquaculturesci1953.47.43ISSN 0371-4217 

関連文献

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]