イトウ

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イトウ
Hucho perryi.jpg
イトウ(須磨海浜水族園
保全状況評価
CRITICALLY ENDANGERED
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 CR.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 条鰭綱 Actinopterygii
上目 : 原棘鰭上目 Protacanthopterygii
: サケ目 Salmoniformes
: サケ科 Salmonidae
亜科 : サケ亜科 Salmoninae
: イトウ属 Hucho
: イトウ H. perryi
学名
Hucho perryi
(Brevoort, 1856
和名
イトウ
英名
Ito
Japanese huchen
Sakhaline taimen
5歳以上のイトウ(札幌市豊平川さけ科学館
白いアルビノ個体

イトウ(伊富、伊富魚、伊当、𩹷(魚偏に鬼) 学名 Hucho perryi)とはサケ目サケ科イトウ属に分類される淡水魚である。別名はイド、チライ、オビラメなど。日本最大の淡水魚として知られており、体長は1mから大きいものでは1.5mに達する。記録上最大のものでは、1937年昭和12年)に十勝川でおよそ2.1mのイトウが捕獲されたことがある。

和名は「糸魚」の意味で、これはサケ類としては全長に比して体高が低く細長い体形である上に、後述のようにサケとは違い早春に上流に遡上・産卵するため、初春から晩春にかけては生殖活動後の痩せ細った個体が多く見られるために、「糸のように細い魚」という印象が持たれたことによる。

種小名のperryi函館に立ち寄ったマシュー・ペリーがイトウのことをイギリスの生物学界に報告したことから命名された。

分布[編集]

日本では北海道の一部(11水系)の河川・湖沼に、その他樺太や、南千島に生息している。現在、イトウの生息する南限は北海道の尻別川であるが、尻別川での自然増殖は絶望視されている[1]

生息域と生息数の減少[編集]

かつては岩手県で1水系、青森県小川原湖のほか1水系にも生息していたが、絶滅した。北海道には広く分布していたが1960年代には9水系での生存が確認できなくなっていた。また、1980年代末には、24水系での生息報告が途絶えた[1]。生息水位域が減少した主原因は、河川の直線化と氾濫原の農地化(乾燥化)による産卵環境の悪化とされているが、「産卵開始までの期間が長く成熟年齢が遅い」「産卵を行う最上流域までの移動距離が長い」と言った生物的な特徴も減少の要因と考えられている[1]。また、ロシアでのサケ漁による混獲も原因となっているとの説もある。

形態[編集]

背は青みがかった褐色、側面は銀白色、腹は白色で背と側面には無数の小黒点がある。また産卵期には特にオスに婚姻色が現れ、全体に赤みを帯びる。身体は全体的に細長く体は円筒形で、体高は低い。また他のサケ類と違い、頭部は平坦である。両あごは頑丈では鋭い。

  • 鱗は小さく、円鱗
  • 側線鱗は、109枚から121枚
  • 第1鰓弓の鰓耙数は、15本から21本
  • 幽門垂数は、163本から229本

イトウの仲間[編集]

イトウ属には、北海道や樺太などに生息するイトウの他にもロシア沿海州地方中国東北部(旧・満州)・シベリア地方モンゴルなどに生息するアムールイトウ(別名:タイメン)、中国揚子江(長江)に生息するチョウコウイトウ(揚子江イトウ・長江イトウ。川西北名贵猫鱼虎嘉鲑。Hucho bleekeri)、ヨーロッパ中央部のドナウ川(ダニューブ川)に生息するドナウイトウ(ダニューブイトウ。別名:フッヘン)、北朝鮮に生息する高麗イトウ、中国のメコン川に生息するメコンイトウ(瀾滄猫鱼虎嘉鲑。Hucho bleekeri。中国科学院西北高原生物研究所認定)などがいる。これらは北海道などに生息するイトウとは違い、一生を完全に河川や湖沼で過ごす純淡水型であり決して降海しない。

生態[編集]

イトウは他のサケ類に見られるように降海性を持つ。勾配の緩い河川を好み生息し、稚魚の成育には氾濫原の様な水域が必須とされている。一部の個体は汽水域沿岸域で生活するが、通常は夏季は上・中流域、冬季は下流域で生活する[2]。降海後の海洋での生活史は十分に解明されていない。降海後の個体が沿岸でのサケ・マス漁で混獲されることもある。

性成熟はメスで6-7歳約55cm、オスで4-6歳約45cmで迎える。他のサケ類と違い産卵後に死なず、一生のうちに何度も産卵を繰り返す(ただし、毎年産卵するわけではない)。北海道での産卵期は3月から5月で有るが寒冷な地域では遅くなる。産卵床は河川の上流域の淵と瀬の間に作り、そこに5,000-10,000個の卵を産む。産卵床は他のサケ類より大きく、2-3mある。メスは5-6回に分けて産卵し、この間雌雄ともに相手を変えることも多い。またオスはメスを巡っての闘争を行うことがあるが、勝敗は身体の大きさで決まる。

卵は鮮やかな朱色で、直径はおよそ6mm。受精後37-40日で孵化する。孵化後の稚魚の体長は1.5-1.7mm。稚魚の身体の側面には6-7個のパーマークがあり、体長が15cmほどになると消える。寿命は長く、15-20年以上生きる。

当歳魚は岸寄りで流速の緩い場所に好んで生息し、主にカゲロウ類等の水棲昆虫を食べるが、陸生昆虫の水面落下個体はあまり食べない。1歳魚以降は流心に近い場所や、水面上に河畔樹木の枝が張り出した2m以上の水深のある淵などに移動する。また魚食性が表れ、共食いを含め他の魚を食べるようになる。大きな個体はカエルヘビネズミ、水鳥のヒナ等を食べることもあるほどの悪食さでも有名で、後述のように鹿を飲んだという伝説すらある。

飼育に当たっては、水温を18度以下に保ち餌は肉食熱帯魚用を与えれば十分であるが、他のサケ科の魚類と違い稚魚期は比較的食が細い。強い流れは好まない。

保全状態評価[編集]

CRITICALLY ENDANGERED (IUCN Red List Ver.3.1(2001))

Status iucn3.1 CR.svg

絶滅危惧IB類(EN)環境省レッドリスト

Status jenv EN.png

人間との関係[編集]

釣り人の間ではその希少さと大きさから人気が高く、幻の魚と呼ばれている。主にルアーフライで狙うが、餌を使う場合もある。ルアーならミノーやスプーン、フライならストリーマーなど、なら泥鰌活餌を用いる。釣期は5-6月と10-12月。ただし、希少種なので捕獲はせずキャッチ・アンド・リリースが励行されている。2007年現在、イトウは禁漁期がなく他の魚種の保護と比べ取り組みが遅れている。

養殖が北海道と青森県内などで行われており、河川への放流も盛んに行われている。食用にも流通し、一部の店ではイトウ料理を食べることができる。肉は白身で脂がのり旨い。旬は特に脂ののる越冬季の10-3月。道外の管理釣り場に放たれていることもある。

アイヌとの関連[編集]

アイヌ語でイトウはチライ (ciray)、オペライペ (operaype)、トシリ (tosiri)、ヤヤッテチェプ (yayattecep) などと呼ばれている[3]。河川の名称にこれらの言葉が残っているところでは、かつてイトウが生息していたと考えられる。

イトウは食用はもとより、丈夫な皮が衣服や履物にも利用された。

民間伝承として怪魚・チライの話があり、『まんが日本昔ばなし』でも取り上げられている。そのチライはシカや人さえも呑み込んでしまう怪魚であったが、アイヌの勇者・カンナカムイによりで退治された。その死体は川を堰き止めるほど大きく、そのせいで湖ができたという。その死体には銛が刺さっていたがカンナカムイの姿はどこにもなかったという。

イトウの生息に由来する地名が北海道各地に今も残されている。

資源保護[編集]

現在イトウの個体数は減少を続けており、現状の内水面での保護施策では資源回復は見込めない[1]と考えられている。保護に関しては、32水系で水生動物の捕獲禁止や一部河川でのイトウの捕獲規制が行われている程度である[要出典][4]。水系毎に異なる遺伝特性を保持していると考えられる為、増殖を目的とした放流に際しては、他水系からの移植は避けるべきである[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d シリーズ・Series日本の希少魚類の現状と課題魚類学雑誌 Vol. 55(2008) No.1 p.49-55
  2. ^ a b 佐川志朗、山下茂明、佐藤公俊、中村太士「北海道北部の河川支流域における秋季イトウ未成魚の生息場所と採餌様式」、『日本生態学会誌』第53巻第2号、2003年8月25日、 95-105頁、 NAID 110001878131
  3. ^ 知里真志保『分類アイヌ語辞典』
  4. ^ イトウ保護連絡協議会-イトウ保護のための宣言[出典無効][要高次出典]

外部リンク[編集]