コウノトリ呼び戻す農法米

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コウノトリ呼び戻す農法米(コウノトリよびもどすのうほうまい)とは、福井県越前市での“環境順応型農法”による稲作で生産されたコメである。「コウノトリ米」とも呼ばれる。コウノトリ呼び戻す農法とは、コウノトリを地域に呼び戻すための農法で、無農薬、無化学肥料生物多様性への配慮を行う農法で、手本は兵庫県豊岡市の「コウノトリ育む農法」である。福井県認証特別栽培米[1]

歴史と目的[編集]

越前市西部地区(白山、坂口地区)はアベサンショウウオが棲息する里地・里山であり、2009年には「にほんの里100選」に選ばれているが[2]、福井県によると田んぼに代表される水辺の生き物が最も危機に瀕しているとして[注釈 1][3]希少野生生物の保全が求められていた[4]

また20世紀、日本のコウノトリは絶滅の危機に瀕し、1956年特別天然記念物に指定された。戦後の越前市では、コウノトリが数回飛来し、その度に全国的な話題となった[5][6]1970年(昭和45年)の越前市(旧武生市)黒川町では、下くちばしが折れ採餌が難しいコウノトリ「コウちゃん」が飛来し、白山小学校などの住民の世話を受け、これが人々の記憶に残った[注釈 2][8]

2005年剥製となったコウちゃんは一時、越前市に展示された[6]。40年前には幼かった者は今は農業の担い手となっていた[8][6]2007年、この地にコウノトリを飛来させたいと考えた越前市黒川町の農家有志4名が無農薬・無化学肥料の稲作を試みる[6]。 さらに2年後の2009年、越前市西部地区(白山、坂口地区)の農家9名により“コウノトリ呼び戻す農法部会”が作られ、コウノトリに配慮した“環境順応型農法”による稲作が開始された[5][9]。 この農法は名称の通りコウノトリを地域に呼び戻すための、無農薬かつ無化学肥料で、生物多様性に配慮した農法となっている[5]。 そのコメは「コウノトリ呼び戻す農法米」[10]や「コウノトリ米」[11]などと呼ばれる。

2010年4月には、40年ぶりに新たなコウノトリ「えっちゃん」が飛来し[12]、越前市内のあちこちの田んぼで採餌するなどして、107日間滞在した[13][3][14]。このえっちゃんの出来事が影響してか、冬期湛水(とうきたんすい)の水田が増えたり[1]、地区外の農家が“コウノトリ呼び戻す農法部会”に加入した[15]

“コウノトリ呼び戻す農法”は、安全・安心な高付加価値米を生産する狙いもあるが[16]、実際にコウノトリが飛来することを想定し、適切な環境を取り戻すことを目標としている[注釈 3][5]。 2010年に開催された名古屋でのCOP10の会場では“コウノトリ呼び戻す農法米”のおにぎりが関係者に振る舞われた[22]国連大学高等研究所の所長ゴビンダン・パラウィルは礼状を出し、関係者はパラウィルがコウノトリ米を選んだ理由に「(越前市白山・坂口地区は)拠点施設から遠く離れているにもかかわらず、いつかコウノトリが飛来する日を待ちながら地道に環境を整えている」と評価したことを福井新聞は伝えた[8]

福井新聞は“コウノトリ呼び戻す農法米”を「おいしい」と伝える[8]。だが、その手法“コウノトリ呼び戻す農法”は、栽培技術の確立(安定収量)に向け、2013年現在も試行錯誤が行われる[16]。 なお、2013年にはこの農法で生産された酒米による日本酒もできあがった[23]

農法[編集]

農薬や化学肥料を一切用いない。なるべく生物多様性を維持し、農業に利用する。手本は兵庫県豊岡市の「コウノトリ育む農法」である[8][24][25]

生き物への配慮[編集]

  1. 土作り - 土中の微生物を育むために稲刈り後に米ぬかを散布する[12]
  2. 冬期湛水(冬水田んぼ、ふゆみずたんぼ) - 冬にも田に水を張ると、生物多様性が維持でき、また上空から目立つため、鳥が飛来しやすく、かつ、春先には微生物を育む効果がある[12][8]
  3. 魚道など生き物への配慮 - 生き物に優しい環境を作るために、水路と田んぼをつなぎ、木枠などで蛙や魚が水路から田んぼへ登れる魚道を確保する[12][26]。ほか、魚類や水生生物の全滅を防ぐため、避難溝の設置、退避小池の造成など「生きものを逃がす場所」の確保も行う[27][8][26]
  4. 中干しの延期 - カエルはコウノトリの主要な餌であるが、ひと月ほど中干しの実施を延期すると、オタマジャクシがカエルに変態でき、死滅を防げ[27]、カメムシなど害虫対策にもなる[26]
  5. 湛水休耕田(たんすいきゅうこうでん) - 乾田に水生生物や水鳥を増やすために休耕田に常時水を貯め、生き物の産卵場所を設ける[26]
  6. 生物調査 - 田んぼの環境状態の確認のために、生き物の調査を行う[12][26]。田植え前のイトミミズの匹数で田んぼの状態が判断できる[8]

米ぬか[編集]

  1. 米ぬかペレット - 米糠ペレット成形機などで米ぬかを1センチ程度のペレット状に加工する[8]。1反(約0.1ヘクタール)当たり約100キロ必要とされる[8]
  2. 米ぬか散布 - ペレット状にした米ぬかを動力式散布機で撒く[12]。米ぬか由来の有機酸コナギなど雑草の発芽を抑制するとされ[注釈 4][12]、また米ぬかはイトミミズの餌となって雑草(コナギなど)の種を埋めるほど大量のを生産し、土ごと発酵が起こって田の表面にトロトロ層を形成する[8][28]

育成[編集]

  1. 苗作り - 苗床では苗を通常の7割の量にし、過密を避ける[12]。農薬を使わない分、日当たりを良くし、吸収しにくい有機たい肥を与えて根を伸長させ、病気に強い丈夫な苗をつくる[注釈 5][8]
  2. 田植え - 日当たりと風通しのためにゆったりと植え、また、夏の高温を避けて育成するため、遅植えとする[12]
  3. 除草 - 田植え10日後ごろに稲の苗がしっかり根を張るので、チェーンで初期除草をする[注釈 6][10]。また、頃合いを見て、除草機(中耕除草機)を用いる[12][32]除草剤は用いず、雑草はこまめに処理する[8]
  4. 病気対策 - 植える苗の量を従来の3/4程度にすることで風通しを良くし、いもち病の発生を抑える[33]いもち病の発生時には食酢を散布して対応する[注釈 7][12][8]
  5. カメムシ - 畦の草取りや[38]、耕作放棄地の草も刈り取る[注釈 8][3]
  6. 機械化 - 田植え、稲刈りなどは機械で行う[12]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 田んぼなどにを産む淡水魚は、福井県内で確認される種のうちの33%が福井県版レッドデータブックに記載される。淡水産貝類は37%、両生類は26%、そして淡水性の水草は55%になる[3]
  2. ^ 1971年、コウちゃんは衰弱したため保護され、人工飼育のできる兵庫県豊岡市に移された[6](コウちゃんは豊岡で「武生」と改名[7])。豊岡でコウちゃんは回復し、その後34年間という日本飼育最長記録の[7]2005年(平成17年)まで生存し、子孫を残した[6]。長生きしたコウちゃんははく製となって兵庫県立コウノトリの郷公園に残されている[6]。なお、コウちゃんのくちばしが欠損した原因はトラバサミではないかと考える人もいる[6]
  3. ^ 2011年、越前市は、コウノトリを生物多様性や自然再生のシンボルとして位置づけ、農薬や化学肥料を一切用いず、コウノトリの獲物となるメダカドジョウなど小魚、カエルなどが生息できる里地・里山の環境を維持することなど“コウノトリが舞う里づくり構想”を定めた[17][12]。 コウノトリの飛来だけではなく、この地では、実際にコウノトリの放鳥も行われる予定があり、2011年から市内で番い(つがい)が飼育されている[18][19][20]。 さらに、2012年にはコウノトリの人工巣塔も設置された[21]
  4. ^ 米ぬかにより、土壌中の乳酸菌有機酸を生成し、コナギなどの雑草の生育を抑える[8][28]
  5. ^ 低温と苗の生育阻害について、適量の有機液肥に着目して、苗の生育やその後の収量を検討する実験が行われている[29]
  6. ^ 人力のチェーン除草は重労働であるため、改善や研究がよく行われる[30][31]
  7. ^ 食酢や木酢液[34]は、稲の消毒に用いられる[35]。一方、福島県のレポートによると、特定の濃度の食酢はいもち病に効果が無いと報告された[36]。なお、世界で初めて無農薬・無施肥のリンゴの栽培に成功した木村秋則(きむらあきのり)は、酢を用いた[37]
  8. ^ カメムシ被害にあった黒っぽいコメを斑点米(はんてんまい)といい、それが多いと米農家は減収となるが、カメムシ防除の農薬はミツバチをも殺す為、養蜂家が被害を受ける[3]

出典[編集]

  1. ^ a b 全国環境保全型農業推進コンクールで優秀賞を受賞しました更新日 2013年3月12日 情報発信元:農林振興課 - 越前市
  2. ^ 白山・坂口にほんの里100選
  3. ^ a b c d e 特集記事:里山発 いのちの輪 コウノトリ支局20102010年1月1日-9月29日:福井新聞
  4. ^ コウノトリが舞う里づくり構想 平成23年3月 (PDF) 5頁、編集・発行:越前市(産業環境部農政課里地里山再生推進室)
  5. ^ a b c d 「コウノトリ」のページ更新日 2011年2月10日 情報発信元:秘書広報課 - 越前市
  6. ^ a b c d e f g h 特集記事:コウノトリ物語 私たちのメッセージ2009年3月18日-2009年3月26日:福井新聞
  7. ^ a b コウノトリと越前市のかかわり更新日 2011年3月28日 情報発信元:農林振興課 - 越前市
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 特集記事 - コウノトリ通信2009年4月23日-2011年2月18日:福井新聞
  9. ^ コウノトリ呼び戻す農法、息子へ 活動農家、自然への思い継承 コウノトリ通信 福井のニュース2012年4月29日午前7時25分:福井新聞
  10. ^ a b 5の3 (PDF) 20頁 『オーガニックタウンだより分割版』 農林水産省 生産局農産部農業環境対策課 有機農業推進班
  11. ^ コウノトリ米JA越前たけふ
  12. ^ a b c d e f g h i j k l m コウノトリ呼び戻す農法米
  13. ^ 「えっちゃん」再び本県飛来 コウノトリ、坂井で確認 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース2010年8月20日午前8時02分:福井新聞
  14. ^ 「えっちゃん」越前市などで長期滞在 好んだ環境、本能で判別? コウノトリ通信 福井のニュース2012年2月16日午後2時40分:福井新聞
  15. ^ 無農薬米作り、白山・坂口以外も コウノトリ農法4年目 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース2012年5月11日午後2時54分:福井新聞
  16. ^ a b コウノトリ産卵受け共生視点確認 農法5年目始動、部会総会 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース2013年5月9日午前8時34分:福井新聞
  17. ^ コウノトリが舞う里づくり構想を策定しました 平成23年3月更新日 2011年6月23日 情報発信元:農林振興課 - 越前市
  18. ^ コウノトリ野生復帰で福井と共同研究 兵庫知事、先行事例に 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース :福井新聞本県、放鳥計画見直し 2011年8月23日午前7時39分:福井新聞
  19. ^ コウノトリのつがい福井に移送 兵庫県外で初の放鳥目指す - 47NEWS(よんななニュース)2011/12/10 12:07 (共同通信)
  20. ^ コウノトリ有精卵、福井に提供も 兵庫県が支援の意向 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース2013年10月2日午前7時06分:福井新聞
  21. ^ 2012コウノトリが舞う里づくり大作戦を開催しました。更新日 2012年11月6日 情報発信元:農林振興課 - 越前市
  22. ^ コウノトリ米、世界が称賛 COP10会場で振る舞う 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース2010年10月19日午後6時15分:福井新聞。コウノトリ米がCOP10に 農家の熱い思い国際舞台へ 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース2010年10月8日午前7時47分:福井新聞。
  23. ^ コウノトリ呼び戻す農法で造られた新酒が発売されます。更新日 2013年11月29日 情報発信元:農林振興課 - 越前市
  24. ^ 福井県越前市の皆さんが豊岡の取組みを学びました豊岡市 2009年3月2日登録
  25. ^ コウノトリ呼び戻す農法田のちっちゃいものたち♪2010/3/18(木) 午後 6:01 水辺と生き物を守る農家と市民の会
  26. ^ a b c d e 水田の自然再生マニュアル - 福井県 (PDF) 発行日:平成24年1月、編集・発行:福井県安全環境部自然環境課
  27. ^ a b 田園環境再生事業 - コウノトリ呼び戻す田園環境再生事業とは最終更新日 2011年1月12日 - 福井県ホームページ(自然環境課)※水辺と生き物を守る農家と市民の会(越前市)とコウノトリ呼び戻す農法部会(越前市)参照。
  28. ^ a b トロトロ層現代農業用語集 ルーラル電子図書館
  29. ^ 報道発表資料 - 農薬・化学肥料を使用しない水稲育苗技術の概要を現地説明します2011年(平成23年)5月24日 - 福井県 水田農業経営課
  30. ^ 人力でも引っ張りやすい チェーン除草具自作しました月刊 現代農業2009年5月号
  31. ^ 「浮くチェーン除草器」をつくった月刊 現代農業2010年5月号
  32. ^ すすめ!中耕除草機2011/6/29(水) 午後 0:38 - 水辺と生き物を守る農家と市民の会
  33. ^ 写真ニュース:農業者20人コウノトリ農法学ぶ  米づくり研修、若狭町2011/02/21 17:25 福井新聞 - 47NEWS(よんななニュース)
  34. ^ 木酢液の農業への利用日本木酢液協会HP
  35. ^ 病害虫の防除対策 (PDF) 『平成24年度産に向けての 北海道の米づくり』、100頁、一般社団法人北海道米麦改良協会
  36. ^ 食酢の茎葉散布には葉いもちの防除効果がない (PDF) 福島県農業総合センター 生産環境部作物保護科
  37. ^ 第35回 木村秋則(2006年12月7日放送)| これまでの放送 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀酢を造るといふ仕事:イモチ病対策の秘策とは…
  38. ^ 無農薬の米作り、大変さ体感 コウノトリ田んぼで草取り体験会 特集・みらいつなぐふくい 福井のニュース 2013年6月23日午前6時59分:福井新聞

関連項目[編集]

外部リンク[編集]