グロス (言語学)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

言語学におけるグロス: (interlinear) gloss)とは、例文とその意訳の行間に形態素ごとに付される逐次訳のこと。注解[1]注釈ともいう。

主な取り決め[編集]

マックス・プランク進化人類学研究所ライプツィヒ大学の言語学部門によって次の10の取り決めが提案されている。

  1. 例文とグロスは語ごとに左揃えにする。
  2. 例文とグロスで、形態素の境界をハイフンで示す。例文とグロスで、接語の境界は等号で示す。
    1. 形態的には自立していないが音韻的には独自の語であるような要素は、半角空白とハイフンで示してもよい。
  3. グロスで、文法的形態素は略号で表す。略号は大文字(特にスモールキャピタル)で記す。訳に用いる言語に対応する要素がある場合、それを用いて訳してもよい。
  4. 例文の一つの要素が、グロスで複数の要素に対応する場合、グロスの逐次訳をピリオドで区切る。
    1. 例文の一つの形態素が訳の言語で複数の要素にしか対応しない場合、逐次訳をアンダースコアで区切ってもよい。
    2. 例文の一つの形態素が明らかに区別できる複数の意味機能を持っている場合、その逐次訳をセミコロンで区切ってもよい。
    3. 例文の複数の形態素を区切らずに例示したい場合、グロスではその逐次訳をコロンで区切ってもよい。
    4. 例文の一つの形態素が、他の形態素の連結によらない交替によって意味機能を表している場合、その逐次訳をバックスラッシュで区切ってもよい。
    5. 動作主的項と被動者的項の人称などを同時に表す屈折接辞がある場合、その逐次訳に「>」を用いてもよい。「>」の前が動作主的項を、後ろが被動者的項を表す。
  5. 人称と数を表す形態素がこの順で現れる場合、ピリオドで区切らない。
  6. ゼロ要素に対応する逐次訳は角括弧で囲む。あるいは、例文にゼロ記号で表示する。
  7. 内在的な文法範疇(性など)を逐次訳する場合、丸括弧で囲む。
  8. 二つの部分からなる要素(両面接辞など)は、同じグロスを繰り返す。あるいは、片方に特別なラベルを付ける。
  9. 接中辞は「< >」で囲む。
  10. 重複チルダで区切る。

具体例については、#例を参照されたい。

略号[編集]

以下では、グロスに用いられる略号の一部を挙げる。

Leipzig Glossing Rules Oxford Handbooks Online[2] 英語 意味[注 1]
1 first person 一人称
2 second person 二人称
3 third person 三人称
a agent-like argument of canonical transitive verb 標準的な他動詞の動作主のような
abs absolutive 絶対格
acc accusative 対格
actfoc - Actor focus 行為者焦点
ad - adessive (en 所格; 接格
all allative 向格英語版
art article 冠詞
ben benefactive 受益者格英語版、受益…
caus causative 使役形; 使役動詞; 原因格[注 2]
circ - circumfix 両面接辞
clf classifier 分類辞
com comitative 共格
cond conditional 条件…[注 3]
- conj conjunctive 接続法; 接続語
conn 連結詞
cop copula コピュラ、繋辞[注 4]
cvb converb (en 副動詞
dat dative 与格
dem demonstrative 指示詞
det determiner 限定詞
du dual 双数[注 5]
erg ergative 能格
excl exclusive 除外[注 6]
f feminine 女性[注 7]
foc focus 焦点
gen genitive 属格
imp imperative 命令[注 8]
incl inclusive 包含[注 9]
ind indicative 直説法
inf infinitive 不定詞
ins instrumental 具格
- inter interrogative 疑問詞、疑問…
ipfv imperfective 未完結相
irr irrealis 不確定法英語版[3]、非現実相
loc locative 場所格; 所格
neg negative 否定
nmlz nominalizer/nominalization 名詞化[注 10]
nom nominative 主格
m masculine 男性
obj object 目的語
obl oblique 斜格
p patient-like argument of canonical transitive verb 標準的な他動詞の被動者のような
pass passive 受け身; 受動形; 受動態[注 11]
pfv perfective 完結相
pl plural 複数
poss possessive 所有(格)
pred predicative (en 述詞; 叙述語
pret - preterite 過去[注 12]
prf perfect 完了相
prog progressive 進行形; 進行相
proh prohibitive 禁止(法)
prs present 現在
pst past 過去
ptcp participle 分詞
- ptl particle 不変化詞
purp purposive
- red reduplication 重複
rel relative 関係詞
- rem remote
- rls realis (en 現実相
s single argument of canonical intransitive verb 標準的な自動詞の単一の
sbj subject 主語
sbjv subjunctive 仮定法
sg singular 単数

[編集]

例文はいずれも Leipzig Glossing Rules によるもので、番号は#主な取り決めの各条項に対応している。先頭に * が付されているものは、望ましくない書式であることを表す。

(1)    インドネシア語
Mereka  di  Jakarta  sekarang 
彼ら  に  ジャカルタ  今 
彼らは今ジャカルタにいる
(2)    レズギ語
Gila  abur-u-n  ferma  hamišaluǧ  güǧüna  amuq’-da-č 
今  彼ら-obl-gen  畑  永遠に  後に  残る-fut-neg 
今や彼らの畑は永遠には後に残らない
(2)'    グリーンランド語
palasi=lu  niuirtur=lu 
司祭=と  商店主=と 
司祭も商店主も
(2-1)    Hakha Lai (en
a-nii -láay 
3sg-笑う-fut 
彼/彼女は笑う
(3)    ロシア語
Мы  с  Марко  поеха-л-и  автобус-ом  в  Переделкино 
1pl  com  マルコ  行く-pst-pl  バス-ins  all  ペレジェルキノ 
私たち  と  マルコ  行く-pst-pl  バス-で  へ  ペレジェルキノ 
マルコと共に私はバスでペレジェルキノ英語版へ行った。
(4-1)    トルコ語
çık-mak 
come.out-inf 
come_out-inf 
to come out
(4-2)    ラテン語
insul-arum 
島-gen.pl 
島-gen;pl 
島々の
(4-3)    ヒッタイト語
n=an  apedani  mehuni  essandu 
conn=him  that.dat.sg  time.dat.sg  eat.they.shall 
conn=him  that:dat;sg  time:dat;sg  eat:they:shall 
they shall celebrate him on that date.
(4-4)    アイルランド語
bhris-is 
pst.壊す-2sg 
pst\壊す-2sg 
お前が壊した
(4-5)    ジャミンジュング語英語版
nanggayan  guny-bi-yarluga? 
誰  2du.a.3sg.p-fut-つつく 
誰  2du>3sg-fut-つつく 
お前たち2人は誰を槍で突きたいのか
(5)    イタリア語
and-iamo 
行く-prs.1pl 
*行く-prs.1.pl 
我々は行く
(6)    ラテン語
puer  あるいは  puer-∅ 
少年[nom.sg 少年-nom.sg 
少年
(7)    フンザフ語英語版
oz#-di-g  xõxe  m-uq'e-r 
boy-obl-ad  tree(g4)  g4-bend-pret 
少年のために木は曲がった。
(8)    ドイツ語
ge-seh-en 
ptcp-見る-ptcp 
ptcp-見る-circ 
見られる
(9)    タガログ語
b<um>ili 
<actfoc>買う 
買う
(10)    タガログ語
bi~bili 
ipfv~買う 
買うところである

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ cop、purp 以外は原則として『学術用語集 言語学編』(以下、『学術用語集』)による。
  2. ^ 『学術用語集』にはさらに「使役文」という訳語も見られるが、グロスが文、さらには語をも細かく形態素に分解して表示を行う性質を持つ以上、ここでは当てはまらないと判断される。
  3. ^ 『学術用語集』には「条件文」という訳語が見えるが、グロスが文、さらには語をも細かく形態素ごとに分解して表示するという性質を持つ以上、ここでは当てはまらないと判断される。前掲書にはほかに conditioal clause にあたる「条件節」、conditional mood にあたる「条件法」が見える。
  4. ^ 『学術用語集』では connective と同じ「連結詞」とされている。
  5. ^ 『学術用語集』の dual number より。
  6. ^ 『学術用語集』の exclusive we より。
  7. ^ 『学術用語集』では femine とあるが、少なくとも英語にそのような単語は存在しない。前掲書には「女性形」に対応する feminine gender の項目は存在する。
  8. ^ 『学術用語集』で imperative と引くと imperative sentence への誘導が記されているが、グロスは文、さらには語すら細かい形態素に分解して表示を行う性質を持つものであり、ここでは当てはまらないと判断されるため、sentence の箇所は無視した。
  9. ^ 『学術用語集』の inclusive we より。
  10. ^ 『学術用語集』中の nominalization の訳語。nominalizer は掲載なし。
  11. ^ 『学術用語集』にはさらに「受動文」という訳語も見えるが、グロスが文、さらには語をも細かく形態素ごとに分解して表示するという性質を持つ以上、ここでは当てはまらないと判断される。
  12. ^ 『学術用語集』の preterit〔e〕 tense より。

出典[編集]

  1. ^ 文部省 編 (1997).『学術用語集 言語学編』日本学術振興会。ISBN 4-8181-9506-5
  2. ^ List of Abbreviations - Oxford Handbooks. 2017年4月3日閲覧。
  3. ^ 崎山理 (1989).「ナカナイ語」 亀井孝河野六郎千野栄一 編『言語学大辞典』第2巻、三省堂、1438-1439頁。ISBN 4-385-15216-0

参考文献[編集]