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東礼文駅

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グレベンスカヤ駅から転送)

座標: 北緯48度29分15秒 東経142度43分21秒 / 北緯48.48750度 東経142.72250度 / 48.48750; 142.72250 東礼文駅(ひがしれぶんえき)は、かつて樺太元泊郡知取町に存在した鉄道省樺太東線である。

歴史

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  • 1927年(昭和2年)11月20日 - 樺太鉄道落合駅 - 知取駅間(170.5km)開業により設置。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。
  • 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。
  • 1946年(昭和21年)
    • 2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。
    • 4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語駅名は「グレベンスカヤ」。

駅名の由来

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当駅の所在する地名からであり、礼文という地名はアイヌ語の「レプ・ウン・ケ・ナイ」(沖へ流し出される川)による[1]

運行状況

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1944年当時[2]

隣の駅

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鉄道省樺太鉄道局
樺太東線
幌内保駅 - 東礼文駅 - 遠古丹駅

脚注

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  1. ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.419
  2. ^ 南樺太:概要・地名解・史実 p.60