知取町

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知取町
廃止日 1949年6月1日
廃止理由 国家行政組織法施行
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 樺太地方
都道府県 樺太庁
元泊郡
総人口 18,216
1941年12月1日
隣接自治体 元泊郡帆寄村
敷香郡泊岸村
恵須取郡珍内町鵜城村恵須取町
知取町役場
所在地 樺太庁元泊郡知取町
座標 北緯48.6256度 東経142.7776度 / 北緯48.6256度 東経142.7776度 / 48.6256; 142.7776座標: 北緯48.6256度 東経142.7776度 / 北緯48.6256度 東経142.7776度 / 48.6256; 142.7776
特記事項 1943年4月1日以降は北海地方に所属。
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知取町(しるとるまち)は、日本の領有下において樺太に存在した指定町村)。

知取という地名は、アイヌ語の「シル・ウトル(シリ・ウトル)」(土地の中間、山と山の間)、「シロトロナイポ」(村と村の間の沢)に由来[1]

当該地域の領有権に関する詳細は樺太の項目を参照。現在ロシア連邦サハリン州マカロフとして実効支配している。

概要[編集]

  • 樺太東海岸に位置していた。
  • 町内を流れる知取川が、製紙原料となる原木を流送するために利用されていた。
  • 町内には遊山閣という鉱泉があり賑わっていた。
  • 知取区裁判所の所在地であった。

歴史[編集]

  • 1915年大正4年)6月26日 - 「樺太ノ郡町村編制ニ関スル件」(大正4年勅令第101号)の施行により、東知取村、東柵丹村が行政区画として発足。新問郡に所属し、豊原支庁元泊出張所が管轄。
  • 1922年(大正11年)10月 - 所属郡が元泊郡、管轄支庁が元泊支庁にそれぞれ変更。
  • 1923年(大正12年)4月1日 - 東柵丹村が東知取村に合併。
  • 1924年(大正13年) - 知取炭鉱が操業を開始する。
  • 1927年昭和2年)
    • 1月 - 富士製紙(後の王子製紙)知取工場が操業開始(現在も操業している)。この後、鉱工業の町として急速に発展した。
    • 樺太鉄道(株)により鉄道が開通。知取駅は当時日本最北端の駅であった。
  • 1929年(昭和4年)7月1日 - 樺太町村制の施行により東知取村が知取町(二級町村)として発足。
  • 1942年(昭和17年)11月 - 管轄支庁が敷香支庁に変更。
  • 1943年(昭和18年)4月1日
    • 「樺太ニ施行スル法律ノ特例ニ関スル件」(大正9年勅令第124号)が廃止され、内地編入。
    • 指定町村となる。
  • 1945年(昭和20年)8月22日 - ソビエト連邦により占拠される。この地で日ソ停戦協定が成立したが、実際には戦闘は終結せず、同月末まで継続した。
  • 1949年(昭和24年)6月1日 - 国家行政組織法の施行のため法的に樺太庁が廃止。同日知取町廃止。

町内の地名[編集]

旧東知取村地域
  • 知取
  • 相馬(そうま)
  • 北遠古丹(きたえんこたん)
  • 上遠古丹(かみえんこたん)
  • 矢向(やんげ)
  • 宗司(そうし)
  • 東礼文(ひがしれぶん)
  • 知取沢(しるとるざわ)
  • 宝沢(たからざわ)
  • 扇ノ沢(おうぎのさわ)
  • 上滝沢(かみたきのさわ)
  • 岩清水沢(いわしみずさわ)
  • 冷泉沢(れいぜいざわ)
  • 六段沢(ろくだんざわ)
  • 鈴福沢(すずふくざわ)
旧東柵丹村地域
  • 東柵丹(ひがしさくたん)
  • 東柵丹沢(ひがしさくたんざわ)
  • 大鵜取(おおうとる)
  • 大鵜取沢(おおうとるざわ)
  • 小鵜取(こうとる)
  • 愛博(あいはく)
  • 柵内(さんない)
  • 磯牛(いそうし)
  • 茶釜(ちゃがま)
  • 保加内(ほかない)
  • 東雲沢(しののめざわ)
  • 境川(さかいがわ)

[2]

地域[編集]

教育[編集]

以下の学校一覧は1945年(昭和20年)4月1日現在のもの[3]

国民学校[編集]

  • 樺太公立大鵜取国民学校
  • 樺太公立東柵丹国民学校
  • 樺太公立知取第一国民学校
  • 樺太公立知取第三国民学校
  • 樺太公立知取沢国民学校
  • 樺太公立北遠古丹国民学校
  • 樺太公立上遠古丹国民学校
  • 樺太公立東礼文国民学校

中等学校[編集]

  • 樺太公立知取高等女学校
  • 樺太公立知取工業学校

脚注[編集]

  1. ^ 南樺太:概要・地名解・史実 p.414 - 415
  2. ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)より。
  3. ^ 北海道立教育研究所『北海道教育史 地方編2』(1957年)p. 1691、p. 1693

関連項目[編集]