クラーク・クリフォード

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クラーク・マクアダムス・クリフォード
Clark McAdams Clifford
Clark Clifford photo portrait.jpg
生年月日 (1906-12-25) 1906年12月25日
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カンザス州フォート・スコット英語版
没年月日 (1998-10-10) 1998年10月10日(満91歳没)
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
メリーランド州ベセスダ
出身校 セントルイス・ワシントン大学
前職 弁護士、海軍士官、政治顧問
所属政党 民主党
配偶者 マージェリー・ペッパーエル・「マーニー」・キンボール
子女 マージェリー・「ジェリー」・クリフォード
ジョイス・クリフォード・バーランド
ランドール・クリフォード・ワイト

在任期間 1968年2月29日 - 1969年1月20日
大統領 リンドン・B・ジョンソン

在任期間 1963年 - 1968年
大統領 ジョン・F・ケネディ
リンドン・B・ジョンソン

在任期間 1946年 - 1950年
大統領 ハリー・S・トルーマン
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クラーク・マクアダムス・クリフォード英語: Clark McAdams Clifford1906年12月25日 - 1998年10月10日)は、アメリカ合衆国弁護士国防長官

第二次世界大戦後、アメリカ中央政界において最も影響力を持った弁護士と呼ばれ、晩年に政治的に失脚するまで、民主党有力者に重要な助言を与え続けた。

カンザス州フォート・スコット英語版に生まれ、セントルイス・ワシントン大学ロースクール卒業後、1943年までミズーリ州セントルイスで弁護士活動を行った。1944年から1946年にかけて海軍で勤務し、後に海軍顧問としてハリー・S・トルーマンと知遇を得る。1946年から、第2代大統領法律顧問としてトルーマンに仕え、トルーマンの最も親しい友人として、政界に人脈を築いた。この間の功績として、1946年国家安全保障法の起草とフェア・ディール政策イスラエルの建国承認[1][2][3]で重要な役割を果たしている。

1950年に、大統領法律顧問を辞した後、要職への就任打診があったにも関わらず、ワシントンに法律事務所を開設し、法務活動を再開した。ハワード・ヒューズジョーゼフ・P・ケネディ(2人はライバル関係にあった)の法律顧問を同時に務め、フィリップス・ペロトリアム、トランスワールド航空、ヒューズ・ツールズ、ゼネラル・エレクトリックといった大企業の法律顧問や取締役に就任した。一方で、数多くの政治家の個人法律顧問を務め、政策アドバイスからスキャンダルのもみ消しまでをこなした。

1960年に、政権が共和党から民主党に移ると、民間人の立場からジョン・F・ケネディに対しアドバイスを与えることになる。ケネディが暗殺された後のジョンソン政権でも同様だったが、インドシナ政策を巡りジョンソンと対立して辞任したロバート・マクナマラの空席を埋めるため、第9代国防長官に就任。

トルーマン政権とジョンソン政権で短期間行政官を経験した以外は、純粋な一民間人に過ぎず、単にホワイトハウスの近くに事務所を構える一弁護士に過ぎなかった。しかし、その政治的影響力は絶大で、一種のフィクサーとして恐れられ、民主党に限らず、共和党政権の政策にも重大な影響を与えた。だが、1991年に発覚したBCCIスキャンダルでクリフォードは数件の連邦法違反に積極的に関与したことが暴露され、影響力を失った。

91歳で亡くなり、アーリントン国立墓地に埋葬された。

出典[編集]

  1. ^ McCullough, David G. Truman. Simon & Schuster, c1992. ISBN 0-671-45654-7
  2. ^ Truman Adviser Recalls May 14, 1948 Decision to Recognize Israel, Richard H. Curtiss, Washington Report on Middle East Affairs, May, June 1991
  3. ^ http://www.shapell.org/btl.aspx?2929174 Weizmann Letter to Clark Clifford
公職
先代:
ロバート・マクナマラ
アメリカ合衆国国防長官
Served under: リンドン・B・ジョンソン

1968年 - 1969年
次代:
メルヴィン・レアード英語版
司法職
先代:
サミュエル・アービング・ローゼンマン英語版
大統領法律顧問
Served under: ハリー・S・トルーマン

1946年 - 1950年
次代:
チャールズ・マーフィー