カート・キャンベル

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カート・キャンベル
KurtCampbell.jpg
アメリカ合衆国の旗 第23代 アメリカ合衆国国務次官補(東アジア・太平洋担当)
任期
2009年6月2日 – 2013年2月8日
大統領 バラク・オバマ
前任者 クリストファー・ヒル
個人情報
政党 民主党
出身校 カリフォルニア大学サンディエゴ校
アルメニアSSR
オックスフォード大学ブレーズノーズ・カレッジ
専業 外交官


カート・キャンベル(Kurt M. Campbell)は、アメリカ合衆国外交官

経歴[編集]

カリフォルニア大学サンディエゴ校で学士号を取得[1]。続いてアルメニアSSRエレバン国立大学英語版で音楽と政治哲学の修了証書を取得[1]。その後、オックスフォード大学ブレーズノーズ・カレッジで国際関係論の博士号を取得[1]。オックスフォード大学ではマーシャル奨学生であった[1]

キャンベルはアメリカ海軍士官となり、統合参謀本部および海軍作戦部長特別諜報部隊で活動を行った[1]。キャンベルはハーバード大学で准教授としても勤務し、ケネディスクールにおいて公共政策学および国際関係論を担当[1]。またハーバード大学のベルファー・センター英語版で副所長を務めた[1]

クリントン政権ではアジア・太平洋担当国防副次官補[2]国家安全保障会議事務局長[1]北米自由貿易協定大統領特別顧問代理[1]財務省ホワイトハウス特別研究員を歴任した[1]。その貢献により、キャンベルは国防総省から公共サービス殊勲章英語版および優秀公共サービス章英語版を受章した[1]

キャンベルはアスペン戦略グループ英語版の理事、および学術誌ワシントン・クォータリー英語版の編集委員長を務めた[1]。また戦略国際問題研究所において国際安全保障プログラム部長、国家安全保障政策理事長、および上級副所長を兼任した[1]

2007年1月、キャンベルは国家安全保障問題を専門とするシンクタンク新アメリカ安全保障センター」を設立し、最高経営責任者に就任した[2]。また同時期、キャンベルはアジア地域での企業戦略について助言を行うストラットアジア英語版社も設立し、社長を務めた[2]

2009年6月26日、カート・キャンベルは東アジア・太平洋担当国務次官補に就任した[1]

2010年2月3日、韓国の金星煥外交通商相と会談。日本の政治について意見交換し、自民党と民主党は全然違うという内容に触れた。民主党と米韓との間の連携を強化していく方針を確認し、異例にも首相越しに、(当事の鳩山政権下)菅直人財務大臣・岡田克也外相との接触を図ることの重要性を金氏と共有したことが取り沙汰された。この異例の外交方針がさまざまな憶測を呼んでいる[3]。 2013年2月に国務次官補を退任[4]

家族[編集]

妻はオバマ政権で国際担当財務次官を務めたラエル・ブレイナード[5]。キャンベルはラエル・ブレイナードとの間に子供を3人もうけた。

書籍[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n U.S. Department of State (2009年7月2日). “Kurt M. Campbell” (英語). 2010年5月15日閲覧。
  2. ^ a b c 이상일 (2009年4月25日). “미 국무부 동아태 차관보에 캠벨” (朝鮮語). 中央日報. 2010年5月15日閲覧。
  3. ^ Gardian UK (2010年11月29日). “US embassy cables: South Korea rings the alarm bells” (英語). ガーディアン. 2012年11月15日閲覧。
  4. ^ キャンベル・米国務次官補が退任 朝日新聞 2013-2-8
  5. ^ Lakshmanan, Indira A.R. (2009年2月12日). “Clinton to Find China’s Economic Troubles Curb Its Leadership” (英語). Bloomberg. http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601080&sid=aY4ju9nd8nPk 2010年5月15日閲覧。 

外部リンク[編集]

公職
先代:
クリストファー・ヒル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国国務次官補(東アジア・太平洋担当)
第23代:2009年6月2日 - 2013年2月8日
次代:
ダニエル・ラッセル