ビクトリア・ヌーランド

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ビクトリア・ヌーランド
Victoria Nuland
Victoria Nuland 2021.jpg
第24代 アメリカ合衆国国務次官(政治担当)
就任
2021年5月3日
大統領ジョー・バイデン
前任者David Hale
アメリカ合衆国国務次官補(ヨーロッパ・ユーラシア担当)
任期
2013年9月18日 – 2017年1月20日
大統領バラク・オバマ
前任者Philip Gordon
後任者John A. Heffern(代行)
アメリカ合衆国国務省報道官
任期
2011年6月16日 – 2013年2月11日
大統領バラク・オバマ
前任者Philip J. Crowley
後任者ジェン・サキ
第18代 アメリカ合衆国NATO常任委員代表
任期
2005年7月13日 – 2008年5月2日
大統領ジョージ・W・ブッシュ
前任者Nicholas Burns
後任者Kurt Volker
個人情報
生誕Victoria Jane Nuland
1961年????
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ルイジアナ州Baker
配偶者ロバート・ケーガン
子供2
出身校ブラウン大学
公式サイトhttp://topics.bloomberg.com/victoria-nuland/
ジョージア国防省トップと会談するヌーランド(2013年12月6日)
ペトロ・ポロシェンコを迎えるジェフ・パイアットとヌーランド(2014年6月4日、ワルシャワ

ビクトリア・ヌーランド(Victoria Nuland、1961年 - )は、アメリカ合衆国外交官国務次官(政治担当)を務める。

2011年6月16日から2013年2月11日まで国務省報道官を務めた[1]。日本の報道では主に「ヌランド報道官」として報じられた[2]。夫は歴史家でブルッキングズ研究所上席フェローのロバート・ケーガンで、子供が2人いる。

経歴[編集]

1961年ニューヨーク州ニューヨークシティに生まれる。父は生命倫理学者イェール大学医学部教授のシャーウィン・ヌーランド博士。父方の祖父はロシアから移民したウクライナ系のユダヤ人である[3]ブラウン大学を卒業後、アメリカ国務省に入省。

外交官として、在広州アメリカ合衆国総領事館(1985年-1986年)、国務省東アジア・太平洋局(1987年)、在モンゴルアメリカ合衆国大使館(1988年)、在ソ連(現・ロシア)アメリカ合衆国大使館(1988年-1996年、ソ連担当デスク(1988年-1990年)、内政担当(1991年-1993年))、国務省次官首席補佐官(1993年-1996年)、国務省フェロー(1996年-1997年)、外交問題評議会フェロー(1999年-2000年)、アメリカ合衆国北大西洋条約機構常任委員次席代表(2000年-2003年)、国家安全保障問題担当大統領補佐官首席次官(2003年-2005年)、第18代アメリカ合衆国北大西洋条約機構常任委員代表(NATO大使)(2005年-2008年[4]。)、国防大学教官(2008年-2009年[5]。)、ヨーロッパ通常戦力条約特使(2010年-2011年)、米国務省報道官(2011年6月-2013年2月)を務め、ジェン・サキに引き渡された[6]

オバマ政権下では国務次官補(政治担当)を務めた。2014年にはウクライナキーウを訪問し、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領と会談してウクライナ情勢に深く関与した。ウクライナ問題を通じて、EUをこき下ろした通話内容が何者かにリークされてしまい欧州各国との間で溝を作る一因となった[7]。一方、2015年イラン核合意の交渉にも参加して足跡を残した。2016年アメリカ合衆国大統領選挙でトランプ政権が誕生したことにより下野。 ハーバード大学で教鞭を取っていたが、2020年アメリカ合衆国大統領選挙でバイデン政権が誕生すると、2021年に国務次官(政治担当)に復帰した[8]

2022年7月25日、安倍晋三銃撃事件の発生を踏まえて日本を訪問[9]弔問外交を行った。帰路、同月27日には韓国を訪問している[10]

人物[編集]

流暢なロシア語フランス語を話し、中国語も理解できる。

日本に関連する発言[編集]

人物[編集]

2014年2月、ジェフ・パイアット英語版ウクライナ大使との通話内容がYoutubeに投稿された。そこでは2013年末からのウクライナの政情不安についての議論がなされ、ウクライナの今後の体制はアルセニー・ヤツェニュク政権の発足が望ましいものとされ、ビタリ・クリチコオレグ・チャグニボク英語版の排除が合意された。その場でヌーランドは国連によるウクライナへの介入を支持し、ヌーランドの意にそぐわないEUを「fuck EU(EUなんか、くそくらえ)」と侮蔑する発言をした。これによりウクライナやロシアから、アメリカのウクライナに対する内政介入を批判する声が上がっている。米国務省のサキ報道官はこの会話内容が本物であることを認め、2月6日にヌーランドはEU側に謝罪したと発表した[14][15]

また、2013年12月には、ウクライナを巡る会議において「米国は、ソ連崩壊時からウクライナの民主主義支援のため50億ドルを投資した。」と発言している[16][17]

脚注[編集]

  1. ^ 米国務省で新報道官デビュー ヌランド氏、初記者会見 - 日本経済新聞
  2. ^ 日経新聞でのヌランドの用例
  3. ^ https://www.nytimes.com/2014/03/05/us/sherwin-b-nuland-author-who-challenged-concept-of-dignified-death-dies-at-83.html?hpw&rref=obituaries
  4. ^ Victoria Nuland U.S. Ambassador to NATO - Q&A Interesting People. Informative Conversations.
  5. ^ Victoria Nuland: Let’s Put it That Way - Justrecently's Weblog
  6. ^ http://www.state.gov/r/pa/ei/biog/209549.htm/ Psaki, Jennifer - 米国務省HPより
  7. ^ 米国務次官補が「EUくそくらえ」、電話盗聴され暴露”. AFP (2014年2月7日). 2022年7月26日閲覧。
  8. ^ バイデン氏、国務副長官にシャーマン氏指名へ”. ロイター (2021年1月16日). 2022年7月26日閲覧。
  9. ^ 山田外務審議官とヌーランド米国務次官との会談”. 外務省 (2022年7月25日). 2022年7月26日閲覧。
  10. ^ ヌーランド米国務次官が昨日訪韓、韓米同盟など議論”. 東亜日報 (2022年7月27日). 2022年7月27日閲覧。
  11. ^ 「挑発」では解決せず 尖閣問題で米報道官 日本経済新聞
  12. ^ 米報道官、山本さんに追悼の意 - 日本経済新聞
  13. ^ 「偶発的な事件や誤算高める」 米報道官が懸念 - 産経新聞、2013年2月6日閲覧。
  14. ^ Jo Biddle (2014年2月7日). “米国務次官補が「EUくそくらえ」、電話盗聴され暴露”. AFP. AFPBB News. http://www.afpbb.com/articles/-/3007954 2014年2月9日閲覧。 
  15. ^ “ヌーランド国務長官補とパイエト大使の会話 ウクライナの綱引き EUから米国へ (ビデオ)”. The Voice Of Russia. (2014年2月7日). https://web.archive.org/web/20140210120633/http://japanese.ruvr.ru/2014_02_07/128416921/ 2022年7月6日閲覧。 
  16. ^ “米国はウクライナの「民主主義支援」に50億ドル拠出した”. The Voice Of Russia. (2014年4月22日). https://web.archive.org/web/20140509002053/http://japanese.ruvr.ru/news/2014_04_22/beikoku-ukuraina-okane/ 2022年7月6日閲覧。 
  17. ^ “Remarks at the U.S.-Ukraine Foundation Conference” (英語) (プレスリリース), U.S. Department of State, (2013年12月13日), https://2009-2017.state.gov/p/eur/rls/rm/2013/dec/218804.htm 2022年7月6日閲覧。 

出典[編集]

関連項目[編集]

外交職
先代
Nicholas Burns
アメリカ合衆国NATO常任委員代表
2005年 - 2008年
次代
Kurt Volker
公職
先代
Philip Crowley
アメリカ合衆国国務省報道官
2011年 - 2013年
次代
ジェン・サキ
先代
Philip Gordon
アメリカ合衆国国務次官補(ヨーロッパ・ユーラシア担当)
2013年 - 2017年
次代
John A. Heffern(代行)
先代
David Hale
アメリカ合衆国国務次官(政治担当)
2021年 -
現職