イカロスの飛行

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イカロスの飛行』(イカロスのひこう、Le Vol d'Icare)は、レーモン・クノーによるシナリオ形式の文芸作品。1968年ガリマール社から刊行。日本語版は1970年代に滝田文彦の訳で筑摩書房から出版され、1990年代ちくま文庫版が刊行された。2012年10月、水声社より、石川清子による新訳で刊行。

形式[編集]

Roman en forme de scénario と呼ばれたことがある(外部リンク参照)。ほぼ映画シナリオの形式と言ってよいが、撮影用語、編集用語、音響用語などはほとんど見えない。シーン数は74。

主な登場人物[編集]

  • イカロス:ユベールの小説の登場人物。小説から抜け出した。美男。
  • ユベール:小説家
  • LN(エレーヌ):イカロスの恋人。娼婦から、洋服屋になる。自転車用の半ズボンが人気の店を開く。「クロスワード人間」を自称。
  • モルコル:探偵
  • シュルジュ:姦通小説を執筆中の小説家。
  • ジャック:主題など無く、薄紫色をイメージさせるだけの小説を執筆中の小説家
  • ジャン:ジャックらの仲間の小説家

あらすじ[編集]

19世紀末に、パリ在住のユベールという小説家の書きかけ原稿から、主人公イカロスが逃げ出す。ユベールは、探偵モルコルを雇ってイカロスを追跡する。ジャック、ジャン、シュルジュらの作家に、最初、剽窃の嫌疑がかけられるが、彼らは身に覚えがない。しかし、イカロスがいったん捕獲されると、その三人の作家たちは今度は徴兵係に変装して、イカロスを奪取する。シュルジュの作中人物も作品から逃げ出したりして、事態は思わぬ方向へ・・・・。

備考[編集]

  • 「馥郁」という言葉がなぜか頻出する。
  • 映画が世に登場した時代(訳者は後書きで1895年と特定している)が舞台になっているが、映画の話は直接は語られない。ちなみに1895年といえばリュミエール兄弟がパリで世界初の映画上映を行った年である。ちなみに、シーン数74は、「1968(本書発行の年)-1895(初の映画上映の年)+1(初年を加算)」の解、すなわち、執筆時点における、映画誕生以来の年数である。
  • 何度か作中人物によって、戯曲芝居が語られる。その中に、次のような台詞が登場する。「僕は芝居は書かないよ。芝居を書くなら、一幕だけじゃなく何幕も書かなくてはならない・・・」
  • 本作ではラストの一行が「私の小説は終わった」となっている。作家ユベールの小説が終わった、という意味と、本作自体が終わったという意味が二重になっているとも読める。これと似たような手法をポール・オースターが「鍵のかかった部屋」で使った。ちなみに、本作は、クノーにとって最後の長編小説になったと、訳者後書きで述べられている。
  • 1980年、ミシェル・ガラブリュ主演、ダニエル・チェカルディ演出のテレビドラマ化作品が放映された[1]

関連項目[編集]

  • ピランデルロ:解説で、彼の戯曲『作者を探す六人の登場人物』とは逆の設定である、と関連づけられている。
  • 筒井康隆:『本の森の狩人』(岩波新書)でこの作品を紹介
  • 清水邦夫:解説を書いた。これを戯曲とみなした場合、舞台で上演は可能だと豪語した。テレビドラマ『ちょっとマイウェイ』、角川映画『悪霊島』など、映像の仕事にも参加した清水だが、解説の中では映像劇やシナリオには言及していない。また、小説と戯曲の違いについても語っていて、後者は感情を描写しない、構造だけなので風通しがよい、などの理由で、小説より戯曲が性に合っていると語った。
  • アプサン:イカロスが好きな酒
  • レーゼシナリオ

出典[編集]

  1. ^ imdb

外部リンク[編集]

  • アマゾン英語版:二人の顧客が、ともに満点の採点。(2010年11月3日現在)
  • クノー・ネット:フランス語によるR・クノーのファン・サイト。Bibliographieをクリックすると、本書についての情報が得られる。"Roman en forme de scénario"というフレーズもここに出てくる。