アメリー・ノートン

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アメリー・ノートン
Amélie Nothomb
Amélie Nothomb 02828 G.Garitan.jpg
2015年
誕生 Fabienne Claire Nothomb
1966年7月9日(50歳)
ベルギーの旗 ベルギー ブリュッセル首都圏地域エテルベーク
職業 小説家
言語 フランス語
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
最終学歴 ブリュッセル自由大学
活動期間 1992年 - 現在
ジャンル 小説
代表作 『畏れ慄いて』
主な受賞歴 アカデミー・フランセーズ賞(1999年)
デビュー作 『殺人者の健康法』
サイン Amélie Nothomb autograph.svg
公式サイト Amélie Nothomb | BÉNIS SOIENT CEUX QUI INSPIRENT L'AMOUR.
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アメリー・ノートンAmélie Nothomb, 1966年7月9日 - )は、ベルギー小説家。現代フランス語圏最有力の作家の一人であり、数多くの文学賞を受けている。

フランス語の本来の発音ではアメリ・ノトンという表記になるが、日本では1996年文藝春秋から日本語版が刊行されて以来、「アメリー・ノートン」の表記が一般的である。

経歴[編集]

外交官の娘としてベルギーのエテルベークに生まれ[1]、その直後に、父親の転勤のため神戸に渡った。5歳まで日本で育った後、父親の転勤によって中国ニューヨークバングラデシュビルマラオスと移り住み、17歳の時にベルギーに帰国。それまでずっと外国を転々としていたため、故国に帰国子女として戻ってきても「自分が外国人のような感じがした」という。ブリュッセル自由大学 (Université Libre de Bruxelles) に入学し、文献学を専攻した。

23歳で再来日し、三井物産に1年間勤務[2]。その後ベルギーに戻り、1992年に『殺人者の健康法』で作家デビュー。以来、年に1作ほどのペースではあるがコンスタントに作品を発表し続けている。

『畏れ慄いて』[編集]

日本での就業体験をもとに、1999年にノートンが発表した自伝的小説[3]が『畏れ慄いて』(おそれおののいて)である。白人女性である主人公が日本の架空の大企業「ユミモト・コーポレーション」で味わう理不尽な体験を面白おかしく描いた。フランスで50万部を売るベストセラーとなり、この年のアカデミー・フランセーズ賞も受賞した。

一方、小説の舞台となった日本では、会社文化の不条理を誇張して描いていることに批判が集まった。実際、日本のある大企業の社長がこの作品を「嘘の塊だ」と評した、とノートン自身が語っている。

2003年に、アラン・コルノー監督、シルヴィー・テステュー主演で映画化された。日本では同年のフランス映画祭横浜などで上映されているが、一般公開には至っていない。

家系[編集]

ノートン家はベルギーで代々続く名門貴族政治家の家系(男爵家)である。首相を務めたジャン=バティスト・ノートン(Jean-Baptiste Nothomb, 在任1841年 - 1845年)や、元外相のシャルル=フェルディナン・ノートン(Charles-Ferdinand Nothomb, 在任1980年 - 1981年)は親類に当たる。

アメリーが生まれた当時、父パトリック・ノートン (Patrick Nothomb) は在大阪・神戸のベルギー領事を務めており、1968年から1972年までその職にあった。離日してから16年後、今度は大使として東京に赴任し、1988年から1997年まで務めた。2004年に自伝 Intolérance zéro, 42 ans de carrière diplomatique(『不寛容ゼロ 外交官歴42年』邦訳未刊行)を出版した際は、娘アメリーが後書きを書いた。上記『畏れ慄いて』は、日本・ベルギー関係、ひいては日欧関係の悪化を懸念する父親が駐日大使の任を解かれるのを待って発表したものである。

作品リスト[編集]

年表記はフランスにおける出版年を表す。

  • Hygiène de l'assassin 殺人者の健康法(1992年)
  • Le Sabotage amoureux(1993年)
  • Légende un peu chinoise
  • Les Combustibles(1994年)
  • Les Catilinaires 午後四時の男(1995年)
  • Péplum(1996年)
  • Attentat 愛執(1997年)
  • Mercure 幽閉(1998年)
  • Stupeur et tremblements 畏れ慄いて(1999年)
  • Le Mystère par excellence
  • Métaphysique des tubes チューブな形而上学(2000年)
  • Brillant comme une casserole
  • Cosmétique de l'ennemi(2001年)
  • Aspirine
  • Sans nom
  • Robert des noms propres(2002年)
  • Antéchrista(2003年)
  • L'Entrée du Christ à Bruxelles(2004年)
  • Biographie de la faim
  • Acide sulfurique(2005年)
  • Journal d'Hirondelle(2006年)
  • Ni d'Eve, ni d'Adam(2007年)
  • Le Fait du prince(2008年)
  • Le Voyage d'Hiver(2009年)
  • Une forme de vie(2010年)
  • Tuer le père(2011年)
  • Barbe bleue(2012年)
  • La Nostalgie heureuse(2013年)
  • Pétronille(2014年)
  • Le Crime du comte Neville(2015年)

脚注[編集]

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  1. ^ ベルギー貴族についての刊行物である État présent de la noblesse belge(1979, 1995, 2010年鑑)やベルギー王国貴族の会誌 Bulletin de l'association de la noblesse du royaume de Belgique(87号、1966年10月、360頁)ではエテルベークを出生地としている。ただし、ノートン自身は神戸生まれであるとたびたび公言している。
  2. ^ 村上香住子『フィガロ発パリ毎日便 ちょっとセレブなパリ暮らし』阪急コミュニケーションズ、2005年
  3. ^ 畏れ慄いて作品社公式サイト書籍案内)

外部リンク[編集]