首提灯
首提灯(くびぢょうちん)は古典落語の演目の一つ。原話は、安永3年(1774年)に出版された笑話本・「軽口五色帋」の一遍である『盗人の頓智』。
近年の主な演者には、4代目橘家圓蔵や6代目三遊亭圓生(この噺で芸術祭文部大臣賞受賞)、そして林家彦六などがいる。
あらすじ
江戸の夜は暗い。そんな闇の中を一人で歩いていると、「新刀の試し斬り」だか「斬りとり強盗」だかの辻斬りに遭うことがあるかも知れない…… 品川遊郭へと通じる夜道……一人の江戸っ子が、べろべろに酔っ払って怪気炎を上げている。ばくちか何かで大もうけしたか、ご機嫌に「これからお大尽遊びだ」と独り言をのたまったところで……慌てて口を押さえる。
「さびしい所へ出ちまったな……芝の山内かい? この辺、何だか物騒な噂があったな。『金の話』はまずかったかな……」
少々酔いが醒めたが、何とかカラ元気を振り絞って怒鳴り始める江戸っ子。
「さあ、辻斬り出やがれ。追はぎ出ろ! 出たら塩つけてかじっちまうぞ」
「おい、待て……」
言った途端に声をかけられ、江戸っ子思わず飛び上がる。
「……もう出たよ。何も頼んだからって、こんなにすぐ出なくても……」
提灯の灯をかざして顔を見上げると、そこに居たのは背の高い侍。
「おじさん、何か用かい?」
「武士をとらえて、『おじさん』とは何を申すか」
「へへっ。そっちが『おい』だってから、『おじさん』って言ったまでだい。で、何の用で?」
「町人、これより麻布の方へはどう参るか」
この侍、どうも地方の出らしく言葉がなまっている。
すると酔っぱらい、相手を田舎侍と見たか、酔って大きくなった気の勢いで罵詈雑言を吐き出す。ここが江戸生まれと粋がった馬鹿な江戸っ子の真骨頂という奴で……
「どこィでも勝手にめえっちまえ、この丸太ん棒め。ぼこすり野郎、かんちょうれえ!!」
「……その『かんちょうれえ』と申すのは何じゃ?」
「何ィ? そんな事、俺が知るわけねぇだろうが。変なツラするねえ、このモクゾー蟹!」
さすがに武士もむっとする。
「何を申すか。貴様、二本指しているのがわからぬのか?」
「何だ? 二本……大小が目に入らぬかって? ンなもの入った日にゃ手妻師(手品師)になれらい! 二本差しが怖くて焼き豆腐が食えるか! 気のきいた鰻を見ろい! 五本も六本も刺してらあ。お前、そんな鰻を食ったことが在るかってんだ! ……俺も久しく食ってねぇが」
口の回る割にセコな奴である。
「とぼけた事を申すな。わしはただ……」
「追いはぎがしたいってか? それとも試し斬りか。さあ斬りゃあがれ。斬って赤え血が出なかったら取りけえてやる。このスイカ野郎!!」
「もうよい……」
相手は愚かな酔っぱらい、と諦め、さっさと立ち去ろうとする侍。
ところがせずともよいものを、馬鹿な江戸っ子、すれ違いざまに痰を吐きかけた。また間の悪いことに、痰が武士の紋服に、べちゃっとかかる。
侍の形相が変わった。
「おのれ! わしの侮辱だけならまだしも、殿より拝領した紋服を……よくも……!」
刀の柄に手が掛かると見る間に「エイヤッ!」、目にも止まらぬ居合抜き。
次には侍、懐紙で刀をぬぐうと、鞘に納めてすたすたと向こうへ行ってしまう。
「サンピンめ、つらァ見やがれ!」
敵が消えたので、余計に威勢が良くなった江戸っ子がまた歩き出した……
なんだか首が横にずれる。戻しても戻しても、歩いているうちに横を向く。
変だと思って手を当てると、なんと襟元が血でベットリ……持ち上げたら、外れた。
「あッ、斬りゃあがった!」
首は見事に切断済み。田舎侍、馬鹿を生かして首を斬るとは、大変な剣の使い手であった。馬鹿が慌ててももう遅い。
「うへえ、えれえことになっちゃった……ニカワでつけたら保つかな?」
おろおろしていると、突き当たりが火事で大混乱。
丁度知っている家だったので、火事見舞いに駆けつけ、受付で自分の首を突き出して
「ヘイ、八五郎でございます」
「江戸っ子の啖呵」と「お侍」
「江戸っ子の啖呵」
落語の中には、『士農工商』の身分制度のトップであるお侍を、一介の町人である江戸っ子が激しく罵倒する話がしばしば見られる。
理由としては、幕末に安政大地震(1855年)の復興景気で、職人の手間賃が跳ね上がり、景気のよくなった彼らが寄席に大勢来るようになったので、職人をヒーローにしてニワカ客のごきげんをうかがったため……というのが一般的な説である。
「お侍」
落語で町人に相対する侍は、町人が日頃から虐げられている反動か、物凄い野暮天で無粋な人間として描かれる事が多い。彼らは、『ぼこすり野郎』(デクノボー)や「かんちょうれえ」(弱虫)などと揶揄され、馬鹿にされてきた。
ただし、落語の侍がコケにされるばかりの存在であったかと言うと、実は必ずしもそうではない。例えば、「しびん」に出てくる侍は天然ボケ気味ではあるものの寛大で、道具屋の出来心で騙されても最後には許している。また、「井戸の茶碗」に出てくる侍は清貧を旨とし、あまりの実直ぶりに騒動が起きるほどの頑固者である。
そしてこの噺には、斬られた江戸っ子が斬られたことに気付かないほどの妙技を見せる、剣の名手の侍が登場する。彼は言葉に訛りがあるものの、江戸っ子に謂れの無い罵倒をされても怒らない冷静さと、主君に対する忠義心を持ち合わせた、至ってまっとうな武士である。
そんな出来た人物を勢いで罵倒し、あまつさえ「拝領の紋服」を汚して逆鱗に触れてしまった江戸っ子…これは完全に自業自得であろう。
バリエーション
あらすじにはよりインパクトのあるほうを採用したが、この噺のサゲにはもう一つあり、
鳶の者に突き当たられて、男が自分の首をひょいと差し上げ「はいごめんよ、はいごめんよ」
という少々面白みにかけるサゲもある。もっとも、生首を提灯のように差し上げる、というこちらの型の方が、原話には近い。
上方版
立ち呑み屋で細かい持ち合わせがなく、近くの古道具屋で仕込み杖を買って金をくずした男。男はその夜、表の扉をわざと開けておき、案の定入って来た泥棒を仕込み杖でためし斬り。びっくりして逃げる泥棒の首が……という筋立てで、オチは同じ。 三部構成で、立ち飲み屋(上方では上燗屋という)での主人と酔客のやりとり。飲み代のつり銭がないため五円札を崩すため、酔客が道具屋から仕込み杖を買うくだり。最後は泥棒の首を討つという構成である。
演出面では、第一部に重点が置かれていて、ここのみ「上燗屋」の題で演じられ、「・・・皆でいくらや。」「・・・・へえ。二十五銭でおます。」「安い!気に入ったで。おい、これから毎晩寄ったるからな。」「ありがとさんで。」「上燗屋。わいの顔よう覚えてんか。」「へえ。」「覚えたか。」「へえ。」「つけといて。」「・・・・あほなこと言いなはんな。」でサゲとなる。