甲状腺癌

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甲状腺癌(こうじょうせんがん、thyroid cancer)は、甲状腺に生ずる癌腫。病理組織型から大きく4つに分けられる。

甲状腺癌のデータ
ICD-10 C73
統計 出典:
世界の患者数 '
日本の患者数 '
甲状腺癌学会
日本 日本内分泌学会
日本甲状腺学会
世界 国際内分泌学会
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定義(概念)

甲状腺に生ずる悪性腫瘍のうち上皮由来のものをさす。甲状腺腫のうちの結節性甲状腺腫の1つである。

分類

乳頭癌

頻度は80%と、甲状腺癌のなかでは最多である。女性に多く、好発年齢は30-50歳代。また、被曝によって生じる甲状腺癌のほとんどが本型であり、チェルノブイリ原子力発電所事故後に近隣地域で多発している。

画像診断としては超音波検査が多用される。エコーにおいては腫瘤像を認め、その内部エコーは不均一で低く、辺縁は不整である。また、しばしば内部に微細な石灰化による散在性の高エコー域を認める。肉眼的所見としては、硬い結節を持ち、表面に凹凸がある。病理診断においては微細な石灰化(砂粒小体)が指摘され、また、穿刺吸引細胞診では、集団を形成した腫瘍細胞が多数採取される。細胞集団は乳頭状またはシート状の配列を示し、細胞内にはすりガラス状の核がある。また、細胞質が核内に陥入して切れ込みを作り、封入体のように見えることもあり、これを核内細胞質封入体と呼ぶ。なお、血液検査においてはサイログロブリン値上昇が出現するが、これは特異的なものではないため、診断的価値は高くない。

腫瘍の成長は遅く、特に微小な腫瘍は倍加するのに数年を要する場合もある。主にリンパ行性の転移を示し、初診時に既にリンパ節転移を起こしているケースもあるが、発育が遅いため、予後はそれでも悪くない。浸潤傾向は強くないが、進行すると反回神経麻痺や、食道浸潤による嚥下困難を来たすこともある。

若年発症が多いにも関わらず、早期治療を行えば予後は極めて良好で、10年生存率は80%以上とされており、小さい腫瘍であった場合は95%以上の術後30年生存率を報告している施設もある。治療の第一選択は手術であるが、予後良好であることから、術後のクオリティ・オブ・ライフを勘案すると、どこまで摘出範囲を広げるべきかという点については議論がある。また、時に放射線外照射、放射性ヨード治療、TSH抑制療法なども行われる。

なお、近年、1センチ以下の小さな乳頭癌は症例を選べば手術をせずに定期的に経過をみるだけで十分であるという研究報告がなされている[1]。しかし、どんな症例にも適応できるわけではなく、それを行っている施設は限られているのが現状である。

濾胞癌

頻度は10~15%。乳頭癌と同様に女性に多いが、好発年齢はやや高く、40~60歳代である。血行性転移を示し、肺などへの遠隔転移が多い。このために予後は乳頭癌と比して不良であるが、進行は同様に緩徐であるので、10年生存率は50%を超えている。

超音波検査では、低エコー域の腫瘤状陰影を呈する。良性腫瘍である濾胞腺腫との鑑別は、かなり進展した場合を除いて困難である。境界の不整像を認めれば濾胞癌の公算は大きくなるが決定的ではなく、穿刺吸引細胞診での鑑別も困難である。従って、画像上、あるいは臨床的に濾胞癌を疑う場合は、そうと診断されなくとも手術を施行するのが一般的である。

濾胞癌を疑って手術をする場合は、単発であれば一般的には甲状腺の片葉切除のみにとどめ、リンパ節郭清は行わない事が多い。これは乳頭癌と異なり、濾胞癌がリンパ節転移を起こす頻度は非常に低いためである。

未分化癌

頻度は3~5%。乳頭癌と同様に女性に多いが、好発年齢はさらに高く、60歳代以上である。乳頭癌または濾胞癌が転化したものと考えられているが、すべての悪性腫瘍の中でもっとも予後不良とされており、どんな治療を行なっても1年以上の生存は稀である。27時間で腫瘍細胞が倍加する可能性があるという報告もある。急速に増大する頸部腫大を訴えることが多く、急激に周囲へ浸潤することから、頚部の圧迫感、疼痛、熱感を覚え、皮膚発赤、嗄声、呼吸困難、嚥下困難などを来たすこともある。発熱や体重減少などの全身症状もしばしば出現する。

超音波検査では、境界が著しく不整で不明瞭な腫瘤像が見られる。その内部は低エコーでかつ不均一であり、しばしば粗大な石灰化が認められる。穿刺吸引細胞診では、結合傾向の弱いばらばらの腫瘍細胞が採取でき、異形成が著しく、盛んに分裂している様子が観察される。また、全身の炎症症状を反映して、血沈の亢進、血清CRP値の上昇、白血球数の増加を認めるが、血清ホルモン値やサイログロブリン値は原則として正常である。

早期発見できたものは、抗癌剤、手術、放射線外照射を組み合わせた複合治療を行うが、腫瘍の増大が早いため早期発見できず緩和治療に移る場合が多い。放射性ヨード治療、TSH抑制療法は効果がない。

髄様癌

頻度は1~2%。乳頭癌と同様に女性に多く、好発年齢は30-50歳代。80%は孤発性であるが、残りの20%は常染色体優性遺伝を示す。予後は家族性発症例のほうが良好で、10年生存率は、孤発例で40%、家族性発症例で80%とされている。

傍濾胞細胞(C細胞)に由来していることから、カルシトニンや、これとともにCEAなどを分泌する。多発性内分泌腺腫症として出現することが多く、孤発例の場合には結節性甲状腺腫で発症するケースが多いのに対して、家族性発症例の場合には、先行して発症している褐色細胞腫の精査中に発見されるケースが多くなっている。いずれも発育は緩徐で、周辺組織への浸潤もあまり強くない。

超音波検査では、比較的辺縁がスムーズな低エコー域となり、その内部にはしばしば粗い石灰沈着が認められるが、画像診断は困難な場合がある。穿刺吸引細胞診では、ゆるく結合した細胞集団が採取され、間質にはアミロイドが認められる。

早期発見すれば、治療の第一選択は手術。放射性ヨード治療、TSH抑制療法は効果がない。

悪性リンパ腫

橋本病を母地として発症する。橋本病患者で甲状腺腫が急速に増大した時は積極的に疑う。治療は悪性リンパ腫の組織型によって異なるが、放射線外照射、化学療法、もしくはその組み合わせを行う。放射性ヨード治療、TSH抑制療法は効果がない。早期発見すれば予後はおおむね良好。

原因

髄様癌についてはRET遺伝子の変異が原因となることがある。それらは家族性に発症する(常染色体優性遺伝)。しかしそれ以外の癌の原因については、ほとんどわかっていない。

また、チェルノブイリ原子力発電所の事故で周辺の住人に甲状腺癌の患者が多発したことから、放射線に誘発されることが判明している。

発癌メカニズムとしては、がん幹細胞仮説を発展させた、芽細胞発癌説(fetal cell carcinogenesis)[2]が提唱されている。ただこれは従来の乳頭癌や濾胞癌のようないわゆる分化癌が、未分化癌に変異するという従来の学説を真っ向から否定するものであり、必ずしも広く受け入れられているとは言えない。今後の研究が待たれるところである。

疫学

甲状腺腫のうち、甲状腺癌の割合は約1/5である。40歳以上に多発し、男女比は1:4と女性に多い疾患である。未分化癌と髄様癌では男女比は1:1と差異が見られない。

症状

のどにしこりを触知する。それ以外には典型的な症状はないが、嗄声やのどの痛み、嚥下障害が見られることがある。

検査

  • 触診
甲状腺腫の診断として行われる。
甲状腺腫の内部構造や被膜、石灰化像など非常に多くの情報が得られ、甲状腺癌の検査としてきわめて重要なものである。痛みを伴わず、簡便で無侵襲であり、安全な検査である。
放射性ヨードやテクネチウムという放射性物質を注射し、腫瘍に集まった様子を専用のカメラで写す。腫瘍の位置や転移の有無などの情報を得ることが出来る。
  • 穿刺吸引細胞診
甲状腺腫が良性か悪性かを鑑別するのに重要。注射針で甲状腺を刺し、陰圧をかけて細胞を採取し、顕微鏡で判定する方法が一般的。濾胞癌を除き、ほぼ確実に診断を確定できる。
診断よりもむしろ手術後の再発マーカーとして重要。

診断

触診、超音波、穿刺吸引細胞診を組み合わせて診断する。濾胞癌の場合、良性腺腫との鑑別は困難であり肉眼的に明らかな被膜浸潤や遠隔転移で発見されない限り細胞診、組織診では確定診断はほぼ不可能である。

治療

基本的に摘出術を行うが、1cm以下で症状のない微小乳頭癌では経過観察することもある。再発予防のためリンパ節廓清や放射性ヨード投与を行う。甲状腺を全摘した場合は一生甲状腺ホルモンを投与し続ける必要がある。甲状腺ホルモンを過量に投与して甲状腺刺激ホルモンを抑制し、再発を防止するTSH抑制療法を採用する場合もある。

  • 経過観察
乳頭癌は基本的に成長が遅く、長年にわたってほとんど進行しない例もある。そのため、1cm以下の微小な乳頭癌の場合に限り、直ちに手術を行わず、経過観察をする場合がある。腫瘍が増大したり、新たにリンパ節転移が生じてきた場合には、もちろん手術を施行する。もちろんこういった加療に関しては、患者に対する周到なインフォームド・コンセントが必要である。
  • 手術
乳頭癌に関して、全例甲状腺を全摘するべきだする意見と、小さい癌では部分切除で充分だとする意見が対立している。日本・ヨーロッパでは部分切除派(片葉切除、すなわち甲状腺の癌が存在する側のみを切除すること)が多く、アメリカでは全摘派が多い。近年部分切除派がアメリカでも影響を広めている。患者の追跡データによって小さい乳頭癌では部分切除も全摘も生存率に差がないことが指摘されたためである。また、リンパ節転移が多いため手術時に附属リンパ節を予防的に切除するべきだとする意見とその必要はないとする意見の対立がある。日本・ヨーロッパではリンパ節切除を推奨する専門家が多く、アメリカでは甲状腺全摘と強力な放射性ヨード治療を組み合わせればリンパ節の予防的切除は不要であるとする意見が根強い。
  • 放射性ヨード治療
ヨードは海藻類などに多く含まれるミネラル栄養素であり、血液中に入ったヨードのほとんどは甲状腺組織によって吸収される。放射線を出すヨードを作ってこれを内服すれば、放射性ヨードは甲状腺組織に集まり、甲状腺組織へ選択的に放射線を吸収させることが出来る。甲状腺由来の癌細胞にヨードを吸収する性質が残っていれば、この方法でリンパ節・肺などに転移した癌細胞に放射線を加えることが出来る。一般に正常な甲状腺組織の方が甲状腺由来の癌組織よりヨードの摂取が強いので、この治療を行うためには健康な甲状腺を全摘しておく必要がある。日本では主として転移が証明されている場合か強く疑われる場合に使用することが多いが、アメリカでは転移が証明されていない場合にも予防的に行われることが多い。この方針は近年見直されつつある。
  • TSH抑制療法
甲状腺ホルモンが不足すると下垂体から甲状腺刺激ホルモン(TSH)が分泌され、甲状腺にもっと働くように信号を送る。逆に甲状腺ホルモンが過剰な時はTSHは分泌されず、甲状腺は刺激を受けない。TSHが大量に分泌されると乳頭癌や濾胞癌は腫瘍の成長が早まることが知られている。このため、甲状腺ホルモンを過量に投与し、TSHを抑制することによって甲状腺癌の成長を抑制する治療方法がある。既に切除出来ない転移が証明されている場合、転移の成長を抑制するのに有効である。アメリカでは、転移が証明されていなくても、すべての甲状腺癌患者に予防的にTSH抑制療法を採用するべきだという意見が根強い。ただし、すべての甲状腺癌に等しく有効であるわけではなく、骨粗鬆症のリスクもあるため、早期手術できた例や予防的リンパ節切除を行った例では、転移が証明されるまでは、必ずしも必要ではないと考える専門家もいる。
  • 化学療法
抗癌剤を使用する化学療法は、一般に健康な組織に近い腫瘍には効果が低く、健康な組織に遠い腫瘍には効果が高い。悪性度の低い乳頭癌や濾胞癌は、比較的健康な組織に近く、抗癌剤の効果は低い。未分化癌は逆に悪性度が強すぎて抗癌剤の効果が低い。甲状腺由来の悪性リンパ腫にはR-CHOPなどの免疫化学療法が奏功する場合がある。
  • 放射線外照射
体外から局所的に放射線を照射する治療方法である。手術の補助療法、転移の増殖抑制などにしばしば利用される。
  • その他の治療
外科的切除の難しい転移巣の腫瘍縮小を目的に、局所的にエタノールを注入する経皮エタノール注入療法(PEIT)が用いられることがある。その他多くの実験的治療が現在開発中である。
  • 集学的治療
抗癌剤・手術・放射線などを組み合わせた複合型の治療を集学的治療という。甲状腺未分化癌などの非常に悪性度の高い癌に利用される。一部の専門施設では、さらに分子標的治療薬やHDAC阻害剤を加えて未分化癌に対して一定の成果を上げている。また、少量の抗癌剤を毎週投与するウィークリー療法や、腫瘍を栄養する血管にチューブを埋め込み、高濃度の抗癌剤を局所投与する方法で未分化癌に良好な延命効果を報告している専門家もいる。

予後

甲状腺癌は予後の良好な悪性腫瘍として知られており、腫瘍の発育速度も遅い。10年生存率は一般的に乳頭癌が85%、濾胞癌が65~80%、髄様癌が65~75%である。 しかし未分化癌は極めて予後が悪く、ヒトに発生する癌の中でも悪性度の高い癌の1つである。発育速度が非常に速く、手術や放射線、化学療法を行ってもほとんどが1年以内に死亡する。

診療科

  • 内分泌内科
  • 乳腺・甲状腺外科
  • 耳鼻咽喉科

脚注

  1. ^ An observation trial for papillary thyroid microcarcinoma in Japanese patients. World J Surg 2010; 34: 28-35.
  2. ^ Fetal cell carcinogenesis: A new hypothesis for better understanding of thyroid carcinoma (review) Thyroid 15: 432-438, 2005

関連項目

外部リンク