正常性バイアス
正常性バイアス(せいじょうせいバイアス、英: Normalcy bias)とは、認知バイアスの一種。社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。
自然災害や火事、事故・事件等の犯罪などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価したりしてしまい、逃げ遅れの原因となる。「正常化の偏見」、「恒常性バイアス」とも言う。
概要
人間の心は、予期せぬ出来事に対して、ある程度「鈍感」にできている。日々の生活の中で生じる予期せぬ変化や新しい事象に、心が過剰に反応して疲弊しないために必要なはたらきで、ある程度の限界までは、正常の範囲として処理する心のメカニズムが備わっていると考えられる。
具体的な例
- アメリカ同時多発テロ事件
- 大邱地下鉄放火事件
- ハリケーン・カトリーナ
- 2005年8月、アメリカのニューオリンズにハリケーン「カトリーナ」が直撃して街が水没、ハリケーンが来る前に避難命令が出ていて、80%の住民が避難していた。避難しなかった20%は、車を持っていない貧困層だったと当初は報道されたが、危険減少・復旧センターの所長であるマイケル・リンデルによると、避難しなかった人たちは「逃げなくてもいい」という信念を持っていたという。避難しなかったのは主に老人で、過去にニューオリンズではハリケーン「ベッツィ」、「カミール」という「カトリーナ」に匹敵するハリケーンの来襲を受けていた歴史があった。これらのハリケーンでニューオリンズが暴風雨に耐えたことを老人たちは知っていたため、彼らは「今回も大丈夫」という信念を持ったとされる。
- 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
- 津波避難をめぐる課題として「警報が出ているのを知りながら避難しない」人たちがいることが指摘されていた。実際に、地震発生直後のビッグデータによる人々の動線解析で、ある地域では地震直後にはほとんど動きがなく、多くの人々が実際に津波を目撃してから初めて避難行動に移り、結果、避難に遅れが生じたことが解明された[1]。
- 福島県沖を震源とする地震による津波
- 東北地方太平洋沖地震から約3年半後の2014年7月12日に、福島県沖を震源とする地震で津波が発生し、沿岸部には避難勧告が発令された。岩手、宮城、福島の3県で、約27,000人が対象となったにもかかわらず、実際に避難したのは自主避難を含めても858人だけだった。岩手県釜石市は、沿岸部の5,707世帯、11,895人に避難勧告を出したが、実際に避難したのは33人だけだった[2]。津波を経験した人たちでさえ「今回は大丈夫」という心理がはたらいた例である。
- 福島第一原子力発電所事故
- 2014年韓国フェリー転覆事故
- 2014年の御嶽山噴火
- 御嶽山の噴火で登山者55人が噴石や噴煙に巻き込まれて死亡した。死亡者のほぼ半数が噴火後も火口付近にとどまり噴火の様子を写真撮影していたことがわかっており、携帯電話を手に持ったままの死体もあった。噴火から4分後に撮影した記録が残るカメラもあり、「自分は大丈夫」と思っていた可能性が指摘されている。
注釈
- ^ ""いのちの記録"を未来へ~震災ビッグデータ~". NHKスペシャル. 3 March 2013. NHK総合. 2015年9月4日閲覧。
- ^ “避難者わずか858人 津波到達、2万6500人に勧告”. 河北新報. (2014年7月13日). オリジナルの2015年3月23日時点におけるアーカイブ。 2015年9月16日閲覧。