人工臓器

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人工臓器(じんこうぞうき、Artificial Organs)は、ある時は人間以外の動物の力を借り、ある時は工学技術を土台にして、またある時は細胞組織のレベルに戻って、バイオテクノロジーの力を借りて作り出された臓器である。

概要

心臓肝臓腎臓などの機能が損なわれると種々の病気になり、重い場合には生命の危機に晒される。人工臓器は、このように病んだ臓器の代行を目的として開発されたもので、様々な治療を通じて機能補助に用いられている。近年は、機能補助から機能置換を可能にする事を目指して、再生臓器や代用臓器となる人工臓器の研究開発が進められている。

人工臓器を大別すると、3種類に分類できる。

3種類の人工臓器は微妙に重なりながらも、およそ順に過去から現在、未来へと段階的に研究開発及び実用化が進行している。それぞれは完全に独立しているわけではなく、互いに情報を共有したり、相互の研究成果を活用しお互いの進捗を確認しながら同じゴールを目指している。だが、その中でも現実として臨床応用の段階に入っているのが、補助人工心臓のような循環器系人工臓器であり、また、培養皮膚顎関節の再生技術に見られる、組織生体工学から生まれた再生臓器である。 補助人工心臓は、日本では空気圧駆動型の補助人工心臓が二種類認可されているが、埋め込み型の補助人工心臓はない。現在サンメディカルのエバハートが臨床試験段階にあるのみである。海外には埋め込み型の補助人工心臓が存在するが日本では認可されていない。許認可権の遅れが強く批判されている。

まだ、基礎研究の段階ではあるが、今後の発展が期待できる分野としてES細胞を用いた人工臓器開発技術がある。それぞれについては、以下に別節を設けて解説する。

工学技術に基づく人工臓器

工学技術を用いた字義通りの人工臓器の事。セラミックス製の人工骨インプラント治療で用いられる歯科材料、更には機械式の補助人工心臓等がこれにあたる。他の例としては、心臓疾患の患者に直接埋め込んでしまうペースメーカ白内障の悪化によって水晶体を除去された患者の眼球に直接埋め込む人工水晶体等もこれにあたる。

更に、近年臨床試験が完了し実用化されている人工臓器としては、電子工学技術と聴神経との接続によっての聞こえない人に聴覚を与える人工聴覚装置(一般名称:人工内耳)等もあげられる[1]

技術の新規性という意味では、旧来型に属するがこうした工学ないしは電子工学技術の粋を尽くした先には、多点電極を用いて視覚中枢へ電気刺激を行う事によっての見えない人に視力を与える人工視覚システム人工網膜人工眼)の実用化に向けて研究開発が進んでいる。

近年では、体力の衰えや不慮の事故等によって生じた、機能障害を補助する事を目的として、機械コンピュータ技術を組み合わせた、人工肢や人工腕、更には補助装置等も実用化に向けた開発が進んでいる。これまでは、自分の意思で義手義足を動かす事が出来なかったが、運動神経系から生じる微量な電気信号をキャッチする事ができるセンサーの開発等によって、自分の意思で義手や義足を動かす事が可能になった。無論の事ではあるが、今後は感覚神経系とのフィードバック等も考慮に入れた人工肢や人工腕等の開発も進むものと思われる。これによって、失われた感覚等を取り戻せる可能性もある。

更にこれらから一歩進んで、脳神経機能そのものを制御する試みも開始されている。例えば、東北大では、ペルチェ素子と経皮エネルギー伝送システムの組み合わせによる脳神経機能後期機能制御装置の開発を進めている[2] [3]。このシステムは、てんかんなどの脳神経系における病的発作に対し、完全に無侵襲的に対応できる点で特徴をなす。今後においても、重度形質脳疾患などに用いられるべきであり、精神コントロールの悪用などには使われないことが前提として臨床応用へと進むと思われる。また、21世紀初頭の現在にあって、脳機能は未知の暗黒大陸であると同時に、リハビリテーションなどによって機能改善が見られるのみならず、可塑性の高い臓器であるとも言える。よって、脳神経制御技術は、あくまでも重度の疾病に用いられることが望ましい。

組織生体工学に基づく人工臓器

皮膚血管関節気管食道心臓弁肝臓膵臓、そして脳硬膜脳細胞等々、これらは現在、人工的な処置により再生が実現、もしくはほぼ再生の可能性のある器官や部位である。

つまり交換するべき、器官や部位に対して、生きた細胞を操作したり、ある種の材料を埋め込む事によって、新たに組織を形成する事によって生まれた人工臓器の事である。この種の人工臓器を生み出す技術は、再生医学や組織生体工学と呼ばれており、医学の研究者のみならず、細胞遺伝子を扱う分子生物学の研究者、プラスチック高分子材料を扱う材料工学の研究者などが、学問領域の枠を超えて学際的な研究開発を行う事によって生まれた技術である。

現在、臨床応用ないし臨床試験の段階に入っている人工臓器としては、皮膚軟骨関節神経血管等が挙げられる。そのほかの臓器に関しては、その臓器本来の機能が多彩であり、現在も研究開発が行われている段階である。つまり現時点において、組織生体工学に基づく人工臓器は、単機能の臓器再生が限界であり、将来に関しては幹細胞からの臓器再生の研究開発に委ねられていると言っても過言ではない。

現在、人体へ埋め込む材料としては、細胞間や組織(器官臓器・部位)間を繋ぐコラーゲンによって表面処理を施した素材がよく使われている。また、人工皮膚などにおいては、キチンを用いた素材も用いられている。

幹細胞の研究状況

2001年に総合科学技術会議によって示された指針に基づいて、文部科学省はヒト由来のES細胞を用いた研究開発に関して、「その使用法の樹立及び使用に対しては、医学及び生物学の発展に大きく貢献する可能性がある一方で、人の生命の萌芽であるヒト胚を使用すること、ヒトES細胞が全ての細胞に分化する可能性がある等の生命倫理上の問題を有する事に鑑み、慎重な配慮が必要とされる」との指針を発表した。(引用文献:文部科学省研究振興局 ライフサイエンス課 生命倫理・安全対策室発行 「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針について」より)

このような状況下における、幹細胞を用いた人工臓器に関する研究開発に関しては、当分の間、基礎的研究に限るとの条件付で認められている。

研究課題

これからの研究課題としては、以下のようなものが想定される。

  • ES細胞が分化せずに増殖するのはなぜか、また分化を促しているものは何か。
  • 成体幹細胞はどこに、どのくらい存在しどのように作り出され、またこれの増殖能力を高めるにはどうしたらよいのか。
  • 幹細胞は生体の免疫系にどのように反応するのか。
  • ES細胞と成体幹細胞にはどのような違いがあるのか。

幹細胞の研究を人工臓器として最良の医療に結びつけるためには、依然尽きない研究課題に対し、一つ一つ取り組む必要がある。

今後の研究課題としては、ES細胞においては、目的となる臓器を生み出す分化を促す誘導体の研究等が欠かせないと考えられる。当然のことではあるが、2003年に一応ヒトゲノムの解読が完了(関連項目:ヒトゲノム計画)した為、今後はたんぱく質工学との連携が欠かせないと考えられる。

幹細胞を用いた研究開発における国際的な状況については、次の通りとなる。(引用文献:科学技術政策研究所 科学技術動向センター発行「再生医学の最近の動向」より)。

日本
  • 2001年9月:ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針により、ヒトES細胞の樹立及び使用は当分の間、基礎的研究に限る。
  • 2008年12月:iPS細胞の確立により、精子及び卵子の確立は可能。ただし、これを用いた受精卵(ヒト胚)の確立は禁止。
ドイツ
  • 1991年:胚保護法によって、ヒト胚を使った研究は全面禁止。
イギリス
  • 2001年1月:ヒト受精・胚研究法により、ヒトクローン胚からのヒトES細胞の樹立が可能になった。
アメリカ
  • 2001年8月:大統領令により、ヒトES細胞の使用研究に公的助成は認めるが、新たなヒトES細胞の作成を認めない。
フランス
  • 成立不明:生命倫理法により、観察以外のヒト胚研究は禁止されている。余剰胚からのヒトES細胞の樹立を可能とする法案を議会に提出予定。

歴史的背景

人工臓器の研究開発の土台は古く、第二次世界大戦中の1940年代にまでさかのぼることができる。腎臓気管尿道血管食道腎臓心臓など、それらの多くは、1950年代に一度花を開いている。しかし、大半は生体や細胞に由来するものではなく、合成樹脂金属など工業的アプローチで作り出されたものであった。このため、生体の防御機能である免疫反応によって、人工臓器の機能が損なわれたり、人工血管では血栓が出来たり、腎臓などの内臓器官に関しては体外に設置するしかないなど、あくまで一時的な利用であったのが実情であった。

工業的アプローチによって作り出された人工臓器は、その後材料工学の進展に伴い、生体との親和性に優れた材料が生まれた事、更には体内への埋め込みのリスクが減少した事によって、実用化が図られたものも多い。

例えば、人工骨であるが、初期の埋め込み型人工骨ステンレスアルミナといった材料を直接使ったものであった。この為、数年から10年に一度、外科的検査またはレントゲン検査によって、体内に埋め込まれた人工骨を検査し、場合によっては取り替える等、患者に負担をかける治療方法となっていた。しかし、1980年代にリン酸カルシウムという骨の材料に限りなく近い素材を用いて、かつまた、その加工方法を工夫する事によって人工骨の周りに生体組織が定着しやすくなった。この事によって、人工骨を用いた医療を患者が安心して受けられるようになった。

そして、生体組織が定着しやすくなる工夫の中において得られた知見を元にして、生体組織を直接用いる方法や生体組織を構成する細胞を直接用いる事によって、臓器及び生体組織の再生を図る技術として組織生体工学と呼ばれる人工臓器技術が生まれた。

また、生物学上における発生学の知見から、ES細胞を用いた人工臓器の研究開発におけるヒントが得られたといっても過言ではない。現在、発生学から見ても、細胞の機能分化については、未知の領域が多く、基礎研究の積み上げによって新たな発見や常識に反する知見が得られる可能性も否定できない状況である。今後の基礎研究を進める上においては、人が人の生命を操作するという生命倫理上の問題が存在する以上、その研究を進める上においては、多くの専門家(それもできるだけ、専門分野以外の専門家)の意見にも耳を傾け、公開された環境の下で研究開発を進める事が重要であると考えられる。

社会的背景

現代医療において、臓器移植の占める役割は無視できないが、生命倫理における脳死の問題や臓器移植を待つ患者に対し、臓器提供の意思を表明するドナーの数が不足しているという事実がある。 このような状況下にあって、臓器移植による免疫不全のリスクや、異物が人体の免疫系に与えるリスクを抑えつつ、臓器移植によってしか救う事の出来ない患者の為に、人工臓器の開発が進められている状況となっている。

人工臓器の例

脚注

  1. ^ 執筆者注:現在の人工内耳は、体内に残存する内耳内のコルチ器(関連項目:蝸牛)へ複数の微小な電極を埋め込み、音声(骨共鳴を拾うピックアップマイクロフォンを用いる)電気パルスへ変換する装置(アンプ及びフィルター)を通じて、外有毛細胞(英Outer Hair Cell :略称 OHC)、内有毛細胞(英Inner Hair Cell :略称 IHC)へ電気刺激を与える事によって実現されている。
  2. ^ Biomed Pharmacother. 2005 Oct;59:236-8
  3. ^ 東北大学加齢医学研究所 病態計測制御分野 脳神経機能制御装置の発明。

参考文献

関連項目