井上昭
井上 昭(いのうえ あきら、1928年12月10日 - )は、日本の映画監督。京都府出身。京都商業学校を経て、同志社大学文学部英文科卒業。
来歴
1950年、大映京都撮影所に入社、助監督となる。同期には土井茂、黒田義之、池広一夫らがいる。
助監督として溝口健二、森一生、吉村公三郎らについた。井上は森から映画を撮るテクニックを、溝口から「形而上学的な情念の世界」を学んだと述べている[1]。1960年に『幽霊小判』で監督としてデビュー。井上によるとこの作品は『悪魔のような女』を時代劇にアレンジしたものだという。以降大映在籍中に21本の作品で監督を務めた。大映を退社した後はテレビを中心に活躍した。
井上は、自身が監督を務めた作品の中で気に入っているのは『勝負は夜つけろ』であると述べている。
代表作
映画
- 幽霊小判 (1960年)
- 潮来笠 (1961年)
- 桃太郎侍 (1963年)
- 勝負は夜つけろ (1964年)
- 黒の凶器 (1964年)
- ザ・ガードマン 東京用心棒 (1965年)
- 座頭市二段斬り (1965年)
- 酔いどれ波止場 (1966年)
- 続・酔いどれ博士 (1966年)
- 私は負けない (1966年)
- 若親分乗り込む (1966年)
- 眠狂四郎 多情剣 (1966年)
- 監獄への招待 (1967年)
- 陸軍中野学校 密命 (1967年)
- 陸軍中野学校 開戦前夜 (1968年)
- 秘録おんな牢 (1968年)
- 関東おんなド根性 (1969年)
テレビドラマ
ここでは主な代表作のみ記載。
- 捜査検事(1964年、TBS・大映テレビ室) - 初のテレビドラマ演出。
- ザ・ガードマン(1965年 - 1971年、TBS・大映テレビ室)
- 悪一代(1969年、朝日放送) - 初のスタジオドラマ演出。第1話から第4話までを担当。
- 愛と死の砂漠(1971年 - 1972年、関西テレビ・松竹)
- 浮世絵 女ねずみ小僧(1972年、1974年、フジテレビ・C.A.L.)
- 眠狂四郎(1972年 - 1973年、関西テレビ・東映) - 後にテレビ朝日系列で放送されたスペシャルドラマの演出も担当している。
- 旅人異三郎(1973年、東京12チャンネル・三船プロダクション)
- 大江戸捜査網(第3シリーズ)(1973年 - 1984年、東京12チャンネル→テレビ東京・三船プロダクション→ヴァンフィル)
- 幡随院長兵衛お待ちなせえ(1974年、毎日放送・東宝・俳優座映画放送)
- 座頭市物語(1974年 - 1975年、フジテレビ・勝プロダクション)
- 影同心(1975年 - 1976年、毎日放送・東映)
- 逢えるかも知れない(1976年、フジテレビ・松竹)
- 新・座頭市(1976年 - 1977年、1978年、フジテレビ・勝プロダクション)
- 天皇の料理番(1980年 - 1981年、TBS・テレパック)
- 鞍馬天狗(草刈正雄主演版)(1981年 - 1982年、TBS・テレパック)
- 剣客商売(藤田まこと版)(1999年 - 2004年、フジテレビ・松竹) - 後にスペシャル版数本の演出も担当。
- ちいさこべ(2006年、NHK・仕事)
この他、単発のスペシャルドラマの演出を数多く手掛けている。
脚注
参考文献
- 室岡まさる(インタビュー・構成) 編『市川雷蔵とその時代』徳間書店、1993年。ISBN 4195552370。