ユーリ・フォアマン

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ユーリ・フォアマン
基本情報
階級 スーパーウェルター級
身長 180cm
リーチ 183cm
国籍 イスラエルの旗 イスラエル
誕生日 (1980-08-05) 1980年8月5日(43歳)
出身地  ベラルーシホメリ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 35
勝ち 32
KO勝ち 9
敗け 2
無効試合 1
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ユーリ・フォアマンYuri Foreman、男性、1980年8月5日 - )は、イスラエルプロボクサーベラルーシホメリ出身。元WBA世界スーパーウェルター級王者。

来歴

ベラルーシに生まれ、10歳でイスラエルに移住した[1]1999年にはアメリカ合衆国に拠点を移した[1]

2002年1月24日、アメリカ合衆国でプロデビューし、初回TKO勝ち。

2007年12月6日、24戦目でNABF北米スーパーウェルター級王者アンドレイ・ツルカン(ロシアの旗 ロシア)に挑戦し、10回判定勝ちで王座を獲得した。同王座は2度の防衛に成功した。

2009年6月27日、IBF世界スーパーウェルター級王座挑戦者決定戦でコーネリアス・バンドレッジアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国)と対戦し、3回に偶発的なバッティングで右瞼をカットし続行不可能となりノーコンテストとなった[2]

2009年11月14日、WBA世界スーパーウェルター級王者ダニエル・サントスプエルトリコの旗 プエルトリコ)に挑戦し、12回3-0の判定勝ち。無敗(28勝1NC)のまま世界王座を獲得した[3]。この試合はマニー・パッキャオ vs. ミゲール・コットの前座として行われ、その後、パッキャオの対戦相手としても候補に挙げられた[4]

2010年6月5日、ニューヨークヤンキースタジアムにて、元世界2階級制覇王者のミゲール・コット(プエルトリコの旗 プエルトリコ)と初防衛戦を行い、序盤から挑戦者に一方的に攻められ続けて9RTKO負け。王座から陥落するとともに、キャリア初黒星を喫した[5]

2011年3月12日、アメリカ・ネバダ州ラスベガスMGMグランドにて、ミゲール・コットVSリカルド・マヨルガの前座として登場。パウェル・ウォラクポーランドの旗 ポーランド)と対戦し、6回終了時に陣営が試合を棄権したことによる6回終了TKO負けで自身初の2連敗となった。試合後に引退を表明した。

2013年1月23日、引退を撤回して2年ぶり復帰戦を行い6回3-0の判定勝ちを収める。

2014年6月7日、セルヒオ・マルチネスVSミゲール・コットの前座でホルヘ・メンデスと試合予定であったが、フォアマンが突然5月19日にチーム内のいざこざが原因として引退を発表した[6]

獲得タイトル

脚注

  1. ^ a b 新王者フォアマンを直撃。「石田戦はビジネス次第」 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月16日
  2. ^ Brooklyn's Yuri Foreman stuck with no-decision after injury stops fight NY Daily News 2009年6月28日
  3. ^ 石田の標的変わる フォアマン新王者 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月15日
  4. ^ 残念…パッキアオ-メイウェザー戦実現せず ボクシングニュース「Box-on!」 2010年1月7日
  5. ^ コット3階級制覇! フォアマンをTKO ボクシングニュース「Box-on!」 2010年6月6日
  6. ^ Yuri Foreman retires?”. ESPN.com (2014年5月19日). 2014年5月20日閲覧。

関連項目

外部リンク

前王者
ダニエル・サントス
第43代WBA世界スーパーウェルター級王者

2009年11月14日 - 2010年6月5日

次王者
ミゲール・コット