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パテント・トロール

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パテント・トロール (patent troll)、特許トロールとは一般的には定義が困難であるが、自らが保有する特許権を侵害している疑いのある者(主にハイテク大企業)を見つけ出し、それらの者に特許権を行使して巨額の賠償金やライセンス料を得ようとするが、自らは当該特許に基づく製品を製造販売したり、サービスを提供したりしていない者を指す英語の蔑称である。「トロール」(troll)とは、もともと北欧神話で洞穴や地下等に住む奇怪な巨人または小人を意味し、「怪物」というような意味合いで使われている[1]。この語は1991年インテル社の顧問弁護士であったPeter Detkinによって初めて用いられた[2]1993年前半の特許訴訟で初めて用いられたという説もある[3])。日本では「特許ゴロ」と呼ばれており、別名として「特許搾取者(patent extortionist)」、「特許寄生虫 (patent parasite)」、「特許の海賊 (patent pirate)」、「特許投機家 (patent speculator) などのほか[4]、「パテント・マフィア」との表記も見られる[5][6]

パテント・トロールの特徴

パテント・トロールは小規模な企業であることが多い。パテント・トロールは、元来メーカーであり自社製品の製造販売のために特許権を取得した企業が、製品事業の中止や売却により保有特許が死蔵特許化したことによって、それを活用してライセンス料獲得をはじめたのが起源であるとの事例分析がある[7]。しかし、その後パテント・トロールの事業性が知られるにつれて、パテント・トロール自身は当初から研究や製造の設備を持たず、自らの研究開発によっては特許権の取得を行わないことが多い。自ら発明を行って特許権を取得することよりも、特許権を侵害している企業を見つけて権利を行使し、巨額の損害賠償金やライセンス料を得る目的で個人発明家や企業などから安価に特許権を買い集め、いつでも特許権侵害訴訟を起こせるように、特許ポートフォリオの拡充に努めているとされる。当然のことながらパテント・トロールとよばれる者自身が自らパテント・トロールと称することはなく、表向きはソフトウェア開発などの事業を会社の事業内容として掲げていることもある。これは利益目的ではなく、裁判に備えて自社実施をアピールするために製品開発を行っていることをアピールする目的が大きい。

企業がパテント・トロールの攻勢に弱い理由

通常、同業の製造業・サービス業の企業同士(例えば自動車メーカー同士や電機メーカー同士)では、同業他社が自社の特許権を侵害していると思った場合でも、あまり厳しく損害賠償や製造差止などを要求して相手方を攻撃することは少ない。これは、同業者間では相互に同じような技術を有している可能性が高く、執拗に相手側の特許侵害を追及した場合、逆に相手側からもこちらが相手側の有する特許を侵害していると反撃されるリスクがあり、またライバル企業であっても部品購買などで互恵関係があることも多いため、紛争がこじれると互いに不利益になるとの意識が強いからである。そのため、特許権侵害の紛争が起きても比較的友好的にライセンス料支払いの交渉をしたり、相互に自社の特許権をまとめて実施許諾するクロスライセンス契約に持ち込んだりするなどして円満に解決を図ろうとする。

しかしパテント・トロールは自ら製造やサービス提供のビジネスを行っていないため、反撃されて負けると製造・サービス提供の中止に追い込まれるというリスクが無く失う物がないのでいくらでも強気に権利行使することができる。訴えられる企業の側としてはクロスライセンス契約に持ち込むことができず、問題となった特許に対抗できる関連技術に関する自社の有力な特許を持ち出して反撃することもできない。パテント・トロールの多くは煩雑な訴訟技術についての経験が豊富であるという優位性もある。また売上が大きく幅広くビジネスを行っている大企業であるほど特許紛争で負けて製造やサービスの提供が中止に追い込まれた場合の損害が計り知れなくなるし、訴訟が長引くだけでも新製品の開発の計画が狂ったり特許訴訟を抱えていることで顧客に不安感を与えて販売に悪影響があったり会社の経営幹部・開発者等の人材が訴訟対応に時間を取られて本来のビジネスに差し支えたりする多大な不利益がある。パテント・トロールに訴えられる企業としてはこのような弱みがあるため、パテント・トロール側の法外な要求に屈せざるを得ないことが起こりうる。

特に米国では弁護士費用を含む訴訟の費用が膨大(多くは数百万ドルかかると言われている)であるため、それと同程度の使用料を求められた場合には、多くの場合は裁判で争う意味はない(訴訟で勝っても使用料と同等の費用負担がある)。 米国以外では訴訟の費用が米国ほど高くないため、裁判で争う事が可能になり、結果パテント・トロールは存在しにくい。

パテント・トロールという名称への批判

なお、パテント・トロールという表現を使用することは大企業が個人発明家に自己の利益を追求することを妨害するための広報戦術ではないかと主張する者もいる。通常、個人や中小企業に対して大企業は強者として悪者視されることが多い。特に米国では、小規模発明家の権利を尊重することが産業の進歩を促進するという意識が強い。大企業は特許侵害で大企業を訴える者をパテント・トロールとして怪物扱いすることで、善悪のイメージをひっくり返して自らに有利な印象を与えようとしているというわけである。このような主張の中では、パテント・トロールを批判する大企業自身がより小規模な企業あるいは市場への新規参入者である競合企業に自社で市場で実施していない技術関連特許を含む自己の特許権を行使してかなりの収入をあげている例があることが指摘される。

日本におけるパテント・トロールの状況

かつては、日本では欧米、特に米国のパテント・トロールが米国内のマイクロソフト社やeBay社を訴訟をしかけてきたことが広く知られた。しかし近年は日本のハイテク企業にも攻勢を強めていることが話題となっており、比較的最近の問題としては、JPEG(画像圧縮伸長方式)の基本特許とされる米国特許のデジタルカメラへの抵触を立てに、米国のパテント・トロールがソニーから1620万ドル、三洋電機から1500万ドルを獲得したことが報道されている[7]。ただしそれとは別に、本国内でも個人発明家や企業などから特許権を購入したりライセンス供与の手伝いをしたりするビジネスを行う会社は以前から存在しており、このような会社の一部をパテント・トロールと見て恐れる向きもある。2005年には松下電器が「一太郎」を販売するジャストシステムに対して訴訟を起こし、パテント・トロール的行為として非難を浴びた。

スマートフォン市場におけるパテント・トロール

2000年代後半から技術を進歩させているスマートフォンは、昨今エンドユーザーが自由に内蔵ソフトウェアのインストールや書き換えを行うことができるため人気を集めており、またエンドユーザーから発展し、更にそれらソフトウェア、アプリケーションを専門に作成するプログラマや独立系開発者、独立系開発企業(Independent software vendor)が続々と参入したため市場規模を拡大させている。そんな中、アプリケーション・プログラマやISVを狙い撃ちにして特許侵害訴訟を企てるパテント・トロールがこの市場での活動を活発化させている。米国ではiPhoneをターゲットにしたパテント・トロールのLodsys英語版などが有名である。このため、プログラマやISVが米国での特許訴訟を避けるためアップルのApp StoreやGoogleのAndroid Marketから撤退する動きも見られる[8]

その他

複数の特許権をグループ化してライセンスすることを目的に設立された技術移転事務所(または会社)は通常、パテント・トロールとは考えられていない。

脚注

  1. ^ http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/08082801.pdf 独立行政法人経済産業研究所 BPLセミナー2008 澤井智毅(特許庁総務課情報技術企画室長) 資料12ページ
  2. ^ http://www.tokugikon.jp/gikonshi/244kiko1j.pdf 特許庁技術懇話会会報 第244号
  3. ^ http://www.wordspy.com/words/patenttroll.asp (英文)
  4. ^ http://www.tokugikon.jp/gikonshi/244kiko1j.pdf 特許庁技術懇話会会報 第244号
  5. ^ 『パテント・マフィアが日本を狙う』 蒲野宏之 1993年4月 同文書院
  6. ^ 『戦慄のパテントマフィア―アメリカ発明家集団の対日戦略』ヘンリー幸田など 1995年9月 ディーエイチシー
  7. ^ a b 『死蔵特許』 榊原 憲 2009年10月 一灯舎/オーム社
  8. ^ Charles Arthur (2011年7月15日). “App developers withdraw from US as patent fears reach 'tipping point'”. The Guardian. www.guardian.co.uk. 2011年7月24日閲覧。

関連項目