BDO ワールド・プロフェッショナル・ダーツ・チャンピオンシップス

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BDO World Professional Darts Championships
概要
開催国 イギリスの旗 イギリス
(イングランドの旗 イングランド)
開催地 サリー, フライムリー・グリーン
会場 レイクサイド・カントゥリー・クラブ
初開催 1978年
主催団体 BDO (WDF)
大会種別 Major (WDF)
Special (BDO)
World Championship
テレビ イギリスの旗 BBC
使用ボード WINMAU BLADE 4
形式 Sets
賞金総額 £329,000 (2011年の公称総額)
£277,000 (2011年の実総額)
開催月 1月
ナイン・ダート・フィニッシュ
有-TV放送 アメリカ合衆国の旗 ポール・リム (1990)
現在のチャンピオン
イングランドの旗 マーティン・エァダムズ (Men's)
イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (Women's)

BDO ワールド・プロフェッショナル・ダーツ・チャンピオンシップス (BDO World Professional Darts Championships)は、ワールド・ダーツ・フェデレイション (WDF) のメンバーであるブリティッシュ・ダーツ・オーガナイゼイション (BDO) が開催するダーツのトーナメントである。 ダーツにおけるワールド・チャンピオンシップの1つであり、BDOが開催する中で、最も規模が大きいトーナメントとなっている。 現在の略称は、レイクサイド (2003年まではエンバシー) であり、チャンピオンは、BDO World Championの他に、Lakeside World ChampionLakeside Championなどと呼ばれる。

目次

ダーツのワールド・チャンピオンシップ[編集]

このイヴェントは、1978年に始まり、1993年までは、唯一のワールド・チャンピオンシップだった。

その後、BDOから分離したグループが、現在のプロフェッショナル・ダーツ・コーポレイション (PDC) となる、ワールド・ダーツ・カウンスル (WDC) を設立し、BDOのものとは別の WDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップ (現在のPDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップ) を、毎年BDOより前の12月の末から、1月の初めにかけて開催するようになったため、このトーナメントも複数あるダーツのワールド・チャンピオンシップの一つとなる。

また、2001年よりBDOは、このイヴェントにおいて、男子部門女子部門の2つのワールド・チャンピオンシップを同時開催しており、毎年男女1人ずつのワールド・チャンピオンを誕生させている。

一方、PDCは、2010年からPDC ウィメンズ・ワールド・チャンピオンシップPDC アンダー21・ワールド・チャンピオンシップを開催している。

現在の日本において、ダーツのワールド・チャンピオンシップといえば、PDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップであり、BDOのものは、取り上げられることも少なく、PDCのものと比べて認知度は低い。

ワールド・チャンピオンシップの複数参加[編集]

1997年、トムリン・オーダーより、プレイヤーは、開催団体に関わらず、自由にトーナメントに出場できることが確認されたが、ワールド・チャンピオンシップのみは例外で、このイヴェントで上位16位までに入賞したプレイヤーは、基本的に翌年のPDCのワールド・チャンピオンシップには、参加できなくなり、逆もまた然りとなったが、ライモント・ファン・バルネフェルトのように、交渉により認められる場合もある[1]

なお、両方とも予選を通過できなかったプレイヤーは、来年も、どちらの予選にも参加できる。 また、PDCのウィメンズ・ワールド・チャンピオンシップや、アンダー21・ワールド・チャンピオンシップは、この制限を受けない。

カテゴリと賞金[編集]

このトーナメントのメンズとウィメンズは、WDFBDOの各ランキングに反映されるトーナメントである。

  • WDF: Major[2]
  • BDO: SPECIAL EVENTS[3]

WDF/BDOの両ランキングにおいて、このトーナメントの各ランキング・ポインツは、同じカテゴリにあるWDF ワールド・カップワールド・マスターズと同じか、それよりも低い。

このトーナメントの賞金は、以下の通りとなっている[4][5][6][7]。 2005年の総額発表時から、ナイン・ダート・フィニッシュの賞金£52,000が、加えられるようになった。 この賞金は、達成されなければ、翌年のこのイヴェントや他のトーナメントに持ち越されることなく消失する。 なお、1990年のポール・リム以外に達成者はおらず、この時以外、この賞金は、支払われていない。

優勝 準優勝 準決勝 準々決勝 ラスト
16
ラスト
32 (*24)
ハイエスト・
チェクアウト
9ダーター 実総額[8] 合計/
公称[9]
3位 4位
1978 £3,000 £1,700 £1,000 £800 £500 £250 - 不明 - £10,500 -
1979 £3,500 £1,750 £1,500 £1,000 £500 £300 *£200 不明 - £13,750 -
1980 £4,500 £2,000 £1,500 £1,000 £500 £300 *£200 不明 - £15,000 -
1981 £5,500 £2,500 £1,800 £1,200 £750 £500 £300 £500 - £23,300 -
1982 £6,500 £3,000 £2,000 £1,500 £1,000 £600 £350 £600 - £28,000 -
1983 £8,000 £3,500 £2,250 £1,750 £1,200 £700 £400 £750 - £33,050 -
1984 £9,000 £4,000 £2,250 £1,250 £750 £450 £800 - £36,500 -
1985 £10,000 £5,000 £2,500 £1,500 £1,000 £500 £1,000 - £43,000 -
1986 £12,000 £6,000 £3,000 £1,700 £1,200 £650 £1,000 - £51,800 -
1987 £14,000 £7,000 £3,500 £2,900 £1,400 £700 £1,000 - £63,000 -
1988 £16,000 £8,000 £4,000 £2,200 £1,600 £1,000 £1,000 - £63,000 -
1989 £20,000 £10,000 £5,000 £2,600 £1,900 £1,200 £1,000 - £85,800 -
1990 £24,000 £12,000 £6,000 £3,000 £2,200 £1,400 £1,000 £52,000 £153,800 -
1991 £26,000 £13,000 £6,500 £3,250 £2,400 £1,500 £1,000 - £109,200 -
1992 £28,000 £14,000 £7,000 £3,500 £2,600 £1,600 £1,000 - £117,400 -
1993 £30,000 £15,000 £7,500 £3,750 £2,700 £1,800 £1,500 - £126,900 -
1994 £32,000 £16,000 £7,700 £3,800 £2,800 £1,950 £1,600 - £132,900 -
1995 £34,000 £17,000 £8,000 £4,000 £3,000 £1,950 £1,600 - £139,800 -
1996 £36,000 £18,000 £8,400 £4,200 £3,200 £2,000 £1,600 - £146,800 -
1997 £38,000 £19,000 £8,700 £4,400 £3,350 £2,100 £1,600 - £154,000 -
1998 £40,000 £20,000 £9,000 £4,600 £3,500 £2,250 £1,600 - £162,000 -
1999 £42,000 £21,000 £9,400 £4,750 £3,600 £2,250 £1,600 - £162,000 -
2000 £44,000 £22,000 £9,700 £4,900 £3,750 £2,350 £2,000 - £177,000 -
2001 M £44,000 £22,000 £9,700 £4,900 £3,750 £2,500 £2,000 - £183,800 £193,800
2001 W £4,000 £2,000 £1,000 - - - £8,000
2002 M £48,000 £24,000 £10,500 £5,500 £4,000 £2,650 £2,000 - £191,400 £199,400
2002 W £4,000 £2,000 £1,000 - - - £800
2003 M £50,000 £25,000 £11,000 £6,000 £4,250 £2,750 £2,000 - £201,000 £211,000
2003 W £4,000 £2,000 £1,000 £500 - - £10,000
2004 M £50,000 £25,000 £11,000 £6,000 £4,250 £2,750 £2,000 - £201,000 £211,000
2004 W £4,000 £2,000 £1,000 £500 - - £10,000
2005 M £50,000 £25,000 £11,000 £6,000 £4,250 £2,750 £2,000 - £201,000 £263,000[10]
2005 W £4,000 £2,000 £1,000 £500 - - £10,000
2006 M £60,000 £25,000 £11,000 £6,000 £4,250 £2,750 £2,000 - £211,000 £275,000[11]
2006 W £6,000 £2,000 £1,000 £500 - - £12,000
2007 M £70,000 £30,000 £11,000 £6,000 £4,250 £2,750 £2,000 - £226,000 £290,000[12]
2007 W £6,000 £2,000 £1,000 £500 - - £12,000
2008 M £85,000 £30,000 £11,000 £6,000 £4,250 £3,000 £3,000 - £246,000 £310,000[13]
2008 W £6,000 £2,000 £1,000 £500 - - £12,000
2009 M £95,000 £30,000 £11,000 £6,000 £4,250 £3,000 £3,000 - £256,000 £320,000[14]
2009 W £6,000 £2,000 £1,000 £500 - - £12,000
2010 M £100,000 £30,000 £11,000 £6,000 £4,250 £3,000 £3,000 - £261,000 £325,000[15]
2010 W £6,000 £2,000 £1,000 £500 - - £12,000
2011 M £100,000 £30,000 £11,000 £6,000 £4,250 £3,000 £3,000 - £261,000 £329,000[16]
2011 W £10,000 £2,000 £1,000 £500 - - £16,000

現在、賞金総額は、BDOがメンバーとなっているWDFの全てのイヴェント中、最も高い。

しかし、PDCのイヴェントを含めると、PDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップを筆頭に、5つのイヴェントが、レイクサイドの公称額すら上回る。

2011年における他のトーナメントとの賞金額の比較は、次の通りである[17][18][19] (2011 ワールド・マスターズのみ賞金額が未発表のため、2010年のものを用いた) 。

団体 大会 公称総額 実総額[20] 優勝 準優勝 準決勝 準々決勝 ラスト
16
ラスト
32
ラスト
64
ラスト
72
9ダーター ハイエスト・
チェクアウト
会員予選
2011 WDF
(BDO)
レイクサイド
(メンズ)
£329,000 £261,000 £100,000 £30,000 £11,000 £6,000 £4,250 £3,000 - - - £3,000 £0
レイクサイド
(ウィメンズ)
£16,000 £10,000 £2,000 £1,000 £500 - - - - - £0
2011 PDC PDC ワールド・チャンピオンシップ £1,000,000 £1,012,000 £200,000 £100,000 £50,000 £25,000 £15,000 £10,000 £6,000 £3,500 £10,000 不明 £2,000
2011 PDC ワールド・グランプリ £350,000 £350,000 £100,000 £50,000 £20,000 £12,500 £7,000 £4,000 - - - 不明 -
2010 WDF
(BDO)
ワールド・マスターズ (メンズ) £66,500 £67,500 £25,000 不明 不明 不明 £1,000 £0 £0 £0 - £1,000 -
ワールド・マスターズ (ウィメンズ) £5,000 £2,000 £750 £500 £0 - - - - -

日程・会場・放送など[編集]

開始日 終了日 開催
日数
開催地 会場 スポンサー 使用ボード テレビ
放送
1978 1978/02/06 (月) 1978/02/10 (金) 5 ノッティンガム ハート・オヴ・ザ・ミッドゥランズ・クラブ Embassy 不明 BBC
1979 1979/02/02 (金) 1979/02/09 (金) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1980 1980/02/02 (土) 1980/02/09 (土) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1981 1981/01/10 (土) 1981/01/17 (土) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1982 1982/01/09 (土) 1982/01/16 (土) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1983 1983/01/01 (土) 1983/01/08 (土) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1984 1983/12/31 (土) 1984/01/07 (土) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1985 1985/01/05 (土) 1985/01/12 (土) 8 ストウク・オン・トレント ジョリーズ・キャバレイ・クラブ Embassy 不明 BBC
1986 1986/01/04 (土) 1986/01/12 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1987 1987/01/10 (土) 1987/01/18 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1988 1988/01/09 (土) 1988/01/17 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1989 1989/01/06 (金) 1989/01/14 (土) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1990 1990/01/05 (金) 1990/01/13 (土) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1991 1991/01/04 (金) 1991/01/12 (土) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1992 1992/01/03 (金) 1992/01/11 (土) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1993 1993/01/01 (金) 1993/01/09 (土) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1994 1994/01/01 (土) 1994/01/08 (土) 8 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1995 1995/01/01 (日) 1995/01/08 (日) 8 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1996 1996/01/01 (月) 1996/01/07 (日) 7 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1997 1997/01/04 (土) 1997/01/12 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1998 1998/01/03 (土) 1998/01/11 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
1999 1999/01/01 (土) 1999/01/10 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
2000 2000/01/08 (土) 2000/01/16 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
2001 2001/01/06 (土) 2001/01/14 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
2002 2002/01/05 (土) 2002/01/13 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
2003 2003/01/04 (土) 2003/01/12 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Embassy 不明 BBC
2004 2004/01/03 (土) 2004/01/11 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside 不明 BBC
2005 2005/01/01 (土) 2005/01/09 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE II BBC
2006 2006/01/07 (土) 2006/01/15 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE 3 BBC
2007 2007/01/06 (土) 2007/01/14 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE 3 BBC
2008 2008/01/05 (土) 2008/01/13 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE 3 BBC
2009 2009/01/03 (土) 2009/01/11 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE 3 BBC
2010 2010/01/02 (土) 2010/01/10 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE 3 BBC
2011 2011/01/01 (土) 2011/01/09 (日) 9 サリー, フリムリー・グリーン レイクサイド・カントゥリー・クラブ Lakeside WINMAU BLADE 4 BBC

タイトル・スポンサー[編集]

基本名称のBDOの部分に置換されたり、BDOの後に配置される (レイクサイド・カントゥリー・クラブは、レイクサイドのみ) 。

初回から長年スポンサーシップを行ってきたエンバシー[21]は、このトーナメントの略称として、日本でもエンバシーが使われていたほど、その名が非常に親しまれていた。 しかし、2003年7月に、タバコ会社は、スポーツ・イヴェントのスポンサーシップを禁止されたため、替わりに会場であるレイクサイド・カントゥリー・クラブが、タイトル・スポンサーとなり、現在に至る。

テレビ放送[編集]

イギリスでの放送[編集]

イギリスにおいて、このチャンピオンシップは、初回から毎年、BBC Sportにより放送されてきた。 2001年より、レイ・スタブズが、決勝戦に2回出場したプレイヤーで解説を務めるボビー・ジョージと共に、この放送の司会[22]を行ってきた。 しかし、2007年7月17日、スタブズがBBCからESPNに移籍することが、発表される。 新しい司会は、コリン・マリーとなり、アシスタントは、スヌーカー・プレイヤーの紹介を務めるBBCのスヌーカーMCとして有名なロブ・ウォーカーとなる (彼は、北京オリンピックにおけるセイリングのリポーターも務めていた) 。 ウォーカーは、2009年9月のワールド・マスターズ (ダーツ)において、ダーツの司会という新たなキャリアを開始する。

コメンテイターは、初回から毎年出演しているトニー・グリーンと、BBC Radio 5 Liveでフォーミュラ・ワンのコメンテイターをしているデイヴィッド・クローフトである。 ボビー・ジョージテッド・ヘァンキーは、プレイするだけでなく解説者も務めている。 元コメンテイターには、デイヴィッド・ヴァイン (1978) 、シド・ワデル (1978-1994) 、そして、ジョン・パート (1995-2007) が含まれていた。

1989年から2000年までは、WDCのトーナメントや、単発的なものを除けば、イギリスにおいて唯一地上波で放送されるダーツ・トーナメントだった。 2005年からは、BBCが、BBC RED BUTTONで双方向放送を開始したことにより、このワールド・チャンピオンシップの全試合を生放送で見られるようになった。

以下は、イギリスにおけるBBCで放送された決勝戦の視聴数である[23]

開催 視聴数 日時 チャネル 週間順位[24]
1999 4,060,000 1/10 (日) 18:00- BBC2 7
2000 3,700,000 1/16 (日) 17:55- BBC2 10
2001 3,680,000 1/14 (日) 18:00- BBC2 13
2002 2,600,000 1/3 (日) 18:00- BBC2 26
2003 2,810,000 1/12 (日) 17:30- BBC2 24
2004 3,410,000 1/11 (日) 18:00- BBC2 12
2005 2,550,000 1/9 (日) 18:00- BBC2 15
2006 3,620,000 1/15 (日) 18:00- BBC2 3
2007 3,300,000 1/14 (日) 18:00- BBC2 3
2008 3,011,000 1/13 (日) 17:55- BBC2 7
2009 3,090,000 1/11 (日) 17:50- BBC2 7
2010 3,100,000 1/10 (日) 17:45- BBC2 3
2011 2,330,000 1/9 (日) 17:45- BBC2 14

世界各国でのテレビ放送[編集]

  • SBS 6[25] (オランダ)
  • EUROSPORT (一部の国)
  • BBC World (国際)

ハイライト[編集]

1983[編集]

予選通過者である22歳のキース・デラーが、当時のランキングで3位のジョン・ロウを準々決勝で、2位のジョッキー・ウィルスンを準決勝で打ち破り、1位のエリック・ブリストウを決勝で打ち負かした。

この決勝は、5・セッツ・オールの2-1 (レッグズ) と、デラーがそのレッグを取得したら、彼がチャンピオンという展開になる。 試合が進み、デラーが残り138という状況で、残り121を残したブリストウのターンとなった。 1本目はT17を狙うもS17に入るが、2本目は狙ったT18に入れることができた。 残り50となり、カメラもブリストウがブルを打つものとブルを映していたが、彼はデラーが138をフィニッシュできないと考え、カメラの外のS18に3本目を投げ、残り32に整えて、次のターンに備えた。 しかし、デラーは、見事138を決め、見事ワールド・チャンピオンとなった。

1990[編集]

アメリカ人プレイヤーのポール・リムが、第2ラウンドの対ジャック・マケナ戦において、ワールド・チャンピオンシップ史上初のナイン・ダート・フィニッシュを達成する。 これにより、リムは、その年のチャンピオンの賞金より多い、£50,000を獲得した。

1994[編集]

現役で活躍する歴代のワールド・チャンピオンが、誰も参加しないという状況で、初めてイギリス人以外のチャンピオン (カナダ人のジョン・パート[26]) が、誕生した。

1992, 1998, 1999[編集]

決勝戦は、全て5・セッツ・オールの2・レッグズ・オールとなり、プレイ・オフにまでもつれ込んだ。

特に1992年は、5・レッグズ・オールとなり、サドゥン・デス・レッグにまで達したが、フィル・テイラーが、見事D20を決め、マイク・グレゴリーを打ち下し、2度目となるワールド・チャンピオンのタイトルを獲得した。

2007[編集]

男子部門の決勝戦は、マーティン・エァダムズが、6-0 (セッツ) と、リードしており、余裕の状況であった。 しかし、フィル・ニクスンは、次の6セッツを連続して取得し、6-6 (セッツ) の同点で最終セットを迎えた。 それでも、このセットでエァダムズは、開始より連続して3レッグズを取得し、1994年より14年間連続出場したこのワールド・チャンピオンシップにおいて、彼は、初めてチャンピオンの座に輝いた。

形式[編集]

レイクサイドの形式は、以下の通りである。

  • シングル・エリミネイション
    • ラスト32 (メンズ)
    • ラスト8 (ウィメンズ)
  • セット形式 (各セットは、ベスト・オヴ・5・レッグズ)

出場者の決定[編集]

出場者の決定方法は、年により異なり、複雑である。 多くの年で、

  • 前年の決勝進出プレイヤー
  • 直近のワールド・マスター (ワールド・マスターズのチャンピオン)
  • 10月後期の時点でのBDO インヴィテイション・テイブルにおける上位プレイヤー
  • イギリスで行われる国際出場者決定戦で勝ち続けたプレイヤー

は、出場でき、

  • 前年の準決勝進出プレイヤー
  • 一昨年以上前のワールド・チャンピオン
  • WDF ワールド・ランキング上位プレイヤー

であれば、出場できる可能性が、高い。

例として、2010年のメンズ・トーナメントの出場者決定方法の概要を挙げるが、この他にも細かい規則が、存在する[27]

  1. 昨年のラスト4
  2. 上の4人を除いたBDO インヴィテイション・テイブルより上位20位 (同点有)
  3. イギリスで行われる国際出場者決定戦から、32よりここまでの出場者数を引いた数と補欠1名
  4. 直近のワールド・マスター (ただし、既に出場者となっている場合は、3の補欠が出場)
  5. BDO インヴィテイション・テイブルで上位16人をシードとして配置

国際出場者決定戦[編集]

毎年、ワールド・マスターズの前に、このトーナメントの出場者決定戦が、イギリスで行われている。 出場者決定戦は、このイヴェントのみであり、賞金は支払われない。 イギリスから遠いヨーロッパ以外の参加者は、少なく、予選通過者は、ほぼイギリスを中心としたヨーロッパのプレイヤーであり、本戦を世界各地からプレイヤーを集めるイヴェントとはなってはいない。

世界各地で予選があるPDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップの予選とも同時出場が可能であり、PDC ワールド・チャンピオンシップの日本予選とこのイヴェントの両方に参加している日本人プレイヤーもいるが、日本で行われるPDCの予選に比べて圧倒的に参加者が少なく、また、PDC ワールド・チャンピオンシップの本戦に参加した日本人プレイヤーは、誰もこのイヴェントに参加したことはない[28]

プレイヤー数と出身国数[編集]

メンズ[編集]

以下は、本戦に参加するプレイヤー数と、プレイヤーの出身国数である[4]。 南アメリカ、アフリカ、アジアからの参加は一度も無く、2011年は、オセアニアからの参加も無くなり、ヨーロッパのプレイヤーだけとなった。

参加人数 出身国数 [29] イギリス ヨーロッパ オセアニア 北アメリカ 南アメリカ アフリカ アジア
1978 16 8/6 8: イングランドの旗4, ウェールズの旗2, スコットランドの旗2 3: アイルランドの旗1, スウェーデンの旗2 2: オーストラリアの旗2 3: アメリカ合衆国の旗2, カナダの旗1
1979 24 7/5 17: イングランドの旗9, ウェールズの旗5, スコットランドの旗3 2: アイルランドの旗1, スウェーデンの旗1 5: オーストラリアの旗2 3: アメリカ合衆国の旗3
1980 24 7/5 17: イングランドの旗11, ウェールズの旗3, スコットランドの旗3 1: スウェーデンの旗1 2: オーストラリアの旗2 4: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗1
1981 32 9/7 20: イングランドの旗12, ウェールズの旗4, スコットランドの旗4 3: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗1 4: オーストラリアの旗4 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1982 32 10/7 18: イングランドの旗11, ウェールズの旗2, スコットランドの旗4, 北アイルランドの旗1 3: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗1 4: オーストラリアの旗4 2: アメリカ合衆国の旗5, カナダの旗2
1983 32 10/7 21: イングランドの旗11, ウェールズの旗6, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 3: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗1 2: オーストラリアの旗2 6: アメリカ合衆国の旗5, カナダの旗1
1984 32 12/9 19: イングランドの旗12, ウェールズの旗4, スコットランドの旗2, 北アイルランドの旗1 5: アイルランドの旗1, スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗1, フィンランドの旗1 3: オーストラリアの旗3 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1985 32 10/7 20: イングランドの旗13, ウェールズの旗3, スコットランドの旗2, 北アイルランドの旗2 5: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗2, フィンランドの旗2 2: オーストラリアの旗2 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1986 32 10/7 21: イングランドの旗12, ウェールズの旗4, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗2 4: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, フィンランドの旗2 2: オーストラリアの旗2 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1987 32 10/7 21: イングランドの旗12, ウェールズの旗5, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 4: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, フィンランドの旗2 2: オーストラリアの旗2 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1988 32 11/8 18: イングランドの旗12, ウェールズの旗2, スコットランドの旗2, 北アイルランドの旗2 6: スウェーデンの旗3, ベルギーの旗1, フィンランドの旗1, オランダの旗1 3: オーストラリアの旗3 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1989 32 11/8 20: イングランドの旗14, ウェールズの旗2, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 5: スウェーデンの旗2, ベルギーの旗1, フィンランドの旗1, オランダの旗1 2: オーストラリアの旗2 5: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗2
1990 32 13/10 19: イングランドの旗13, ウェールズの旗2, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 7: アイルランドの旗1, スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗2, フィンランドの旗1, オランダの旗1 2: オーストラリアの旗2 4: アメリカ合衆国の旗2, カナダの旗2
1991 32 12/10 20: イングランドの旗13, ウェールズの旗4, スコットランドの旗3 6: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗1, フィンランドの旗1, オランダの旗1, ノルウェーの旗1 2: オーストラリアの旗2 4: アメリカ合衆国の旗2, カナダの旗2
1992 32 12/10 19: イングランドの旗14, ウェールズの旗2, スコットランドの旗3 8: スウェーデンの旗2, ベルギーの旗1, デンマークの旗2, フィンランドの旗1, オランダの旗1, ノルウェーの旗1 2: オーストラリアの旗2 3: アメリカ合衆国の旗2, カナダの旗1
1993 32 12/9 21: イングランドの旗15, ウェールズの旗2, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 5: アイルランドの旗1, デンマークの旗2, オランダの旗1, ドイツの旗1 3: オーストラリアの旗2, ニュージーランドの旗1 3: アメリカ合衆国の旗2, カナダの旗1
1994 32 10/8 20: イングランドの旗12, ウェールズの旗4, スコットランドの旗4 6: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗3, オランダの旗1 2: オーストラリアの旗2 4: アメリカ合衆国の旗3, カナダの旗1
1995 32 10/8 21: イングランドの旗15, ウェールズの旗2, スコットランドの旗4 6: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗2, デンマークの旗1, オランダの旗2 3: オーストラリアの旗2, ニュージーランドの旗1 2: カナダの旗2
1996 32 11/8 21: イングランドの旗13, ウェールズの旗3, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗2 7: ベルギーの旗2, デンマークの旗1, オランダの旗3, ドイツの旗1 2: オーストラリアの旗2 2: アメリカ合衆国の旗1, カナダの旗1
1997 32 9/6 23: イングランドの旗15, ウェールズの旗4, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 4: ベルギーの旗2, オランダの旗2 2: オーストラリアの旗2 3: アメリカ合衆国の旗1, カナダの旗2
1998 32 9/6 24: イングランドの旗16, ウェールズの旗4, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 5: ベルギーの旗1, オランダの旗3, スペインの旗1 2: オーストラリアの旗2 1: アメリカ合衆国の旗1
1999 32 7/5 25: イングランドの旗18, ウェールズの旗4, スコットランドの旗3 4: ベルギーの旗1, オランダの旗3 2: オーストラリアの旗2 1: アメリカ合衆国の旗1
2000 32 6/4 27: イングランドの旗22, ウェールズの旗2, スコットランドの旗3 2: オランダの旗2 2: オーストラリアの旗2 1: アメリカ合衆国の旗1
2001 32 8/5 27: イングランドの旗22, ウェールズの旗2, スコットランドの旗1, 北アイルランドの旗1 4: ベルギーの旗1, フィンランドの旗1, オランダの旗2 2: オーストラリアの旗2
2002 32 10/8 20: イングランドの旗15, ウェールズの旗1, スコットランドの旗4 10: スウェーデンの旗2, ベルギーの旗1, フィンランドの旗2, オランダの旗3, ドイツの旗1, オーストリアの旗1 2: オーストラリアの旗2
2003 32 11/9 21: イングランドの旗15, ウェールズの旗3, スコットランドの旗3 9: スウェーデンの旗1, ベルギーの旗1, デンマークの旗1, フィンランドの旗1, オランダの旗4, ノルウェーの旗1 2: オーストラリアの旗1, ニュージーランドの旗1
2004 32 8/6 22: イングランドの旗18, ウェールズの旗1, スコットランドの旗3 7: フィンランドの旗1, オランダの旗5, ノルウェーの旗1 3: オーストラリアの旗2, ニュージーランドの旗1
2005 32 8/6 21: イングランドの旗16, ウェールズの旗1, スコットランドの旗4 8: フィンランドの旗2, オランダの旗5, ノルウェーの旗1 2: オーストラリアの旗2 1: アメリカ合衆国の旗1
2006 32 7/6 20: イングランドの旗16, スコットランドの旗4 12: アイルランドの旗1, デンマークの旗2, フィンランドの旗1, オランダの旗7 1: オーストラリアの旗1
2007 31[30] 7/5 21: イングランドの旗16, ウェールズの旗2, スコットランドの旗3 10: スウェーデンの旗1, デンマークの旗1, オランダの旗7, ノルウェーの旗1 1: オーストラリアの旗1
2008 32 6/4 23: イングランドの旗16, ウェールズの旗2, スコットランドの旗5 6: オランダの旗6 2: オーストラリアの旗2 1: カナダの旗1
2009 32 9/6 24: イングランドの旗16, ウェールズの旗4, スコットランドの旗3, 北アイルランドの旗1 6: スウェーデンの旗1, オランダの旗3, ノルウェーの旗1, ポーランドの旗1 2: オーストラリアの旗2
2010 32 8/5 26: イングランドの旗20, ウェールズの旗1, スコットランドの旗4, 北アイルランドの旗1 5: アイルランドの旗1, オランダの旗3, ノルウェーの旗1 1: オーストラリアの旗1
2011 32 5/3 28: イングランドの旗24, ウェールズの旗1, スコットランドの旗3 4: オランダの旗3, ドイツの旗1

ウィメンズ[編集]

以下は、本戦に参加するプレイヤー数と、プレイヤーの出身国数である[5]。 出場者は、ほぼヨーロッパのプレイヤーのみとなっている。

参加人数 出身国数 [29] イギリス ヨーロッパ オセアニア 北アメリカ 南アメリカ アフリカ アジア
2001 4 2/2 3: イングランドの旗3 1: オランダの旗1
2002 8 5/4 5: イングランドの旗3, ウェールズの旗2 2: ベルギーの旗1, オランダの旗1 1: アメリカ合衆国の旗1
2003 8 4/2 5: イングランドの旗2, ウェールズの旗2, スコットランドの旗1 3: オランダの旗3
2004 8 4/3 4: イングランドの旗3, スコットランドの旗1 4: スウェーデンの旗1, オランダの旗3
2005 8 5/3 5: イングランドの旗3, ウェールズの旗1, スコットランドの旗1 3: フィンランドの旗1, オランダの旗2
2006 8 4/3 5: イングランドの旗4, ウェールズの旗1 3: オランダの旗2, スイスの旗1
2007 8 5/5 2: イングランドの旗2 5: スウェーデンの旗1, オランダの旗3, ロシアの旗1 1: オーストラリアの旗1
2008 8 4/3 4: イングランドの旗3, ウェールズの旗1 4: オランダの旗3, ロシアの旗1
2009 8 4/2 4: イングランドの旗2, ウェールズの旗1, スコットランドの旗1 4: オランダの旗4
2010 8 4/3 6: イングランドの旗4, ウェールズの旗2 2: オランダの旗1, ロシアの旗1
2011 8 4/3 6: イングランドの旗4, ウェールズの旗2 2: ベルギーの旗1, ロシアの旗1

本戦[編集]

本戦の形式は、以下の通りである[31]。 全ての試合にはタイブレイクがあり、最後のセットのみ2レッグズ差がつくまで勝ちとならないが、5-5となった場合、スロウ・フォー・ブルを行って先攻を決め、そのレッグを取ったプレイヤーを勝ちとする。

曜日 メンズ ウィメンズ
ラウンド セッツ
(ベスト・オヴ)
試合数 ラウンド セッツ
(ベスト・オヴ)
試合数
1 5 6 準々決勝 3 2
6 2
4 - - -
2 7 2 - - -
3 - - -
3 - - -
準々決勝 9 2 準決勝 3 2
2 決勝 3 1
準決勝 11 2 - - -
決勝 13 1 - - -

セット数[編集]

各年の各ラウンドにおけるセット数は、以下の通りである。 ただし、1978年のみレッグ形式となっている[4][5]

ラスト32 (*24) から
メンズ ウィメンズ
ラスト
32 (*24)
ラスト
16
準々決勝 準決勝 決勝 準々決勝 準決勝 決勝
1978 - 11 legs 11 legs 15 legs 21 legs - - -
1979 *3 3 5 5 9 - - -
1980 *3 3 5 7 9 - - -
1981 3 3 7 7 9 - - -
1982 3 3 7 7 9 - - -
1983 3 5 7 9 11 - - -
1984 3 7 9 11 13 - - -
1985 3 5 7 9 11 - - -
1986 5 5 7 9 11 - - -
1987 5 5 7 9 11 - - -
1988 5 5 7 9 11 - - -
1989 5 5 7 9 11 - - -
1990 5 5 7 9 11 - - -
1991 5 5 7 9 11 - - -
1992 5 5 7 9 11 - - -
1993 5 5 7 9 11 - - -
1994 5 5 7 9 11 - - -
1995 5 5 7 9 11 - - -
1996 5 5 7 9 11 - - -
1997 5 5 7 9 11 - - -
1998 5 5 9 9 11 - - -
1999 5 5 9 9 11 - - -
2000 5 5 9 9 11 - - -
2001 5 5 9 9 11 - 3 3
2002 5 5 9 9 11 3 3 3
2003 5 5 9 9 11 3 3 3
2004 5 5 9 9 11 3 3 3
2005 5 5 9 9 11 3 3 3
2006 5 7 9 11 13 3 3 3
2007 5 7 9 11 13 3 3 3
2008 5 7 9 11 13 3 3 3
2009 5 7 9 11 13 3 3 3
2010 5 7 9 11 13 3 3 3
2011 5 7 9 11 13 3 3 3
3位決定戦
メンズ
1978 9
1979 不明
1980 3
1981 3
1982 3
1983 3

メンズ[編集]

ダーツ界の分裂前は、エリック・ブリストウジョン・ロウジョッキー・ウィルスンといったプレイヤーが中心となって、ダーツの人気向上に務めたこともあり、このワールド・チャンピオンシップも、最重要トーナメントとしての認知度を高められていった。

しかし、タバコと酒との関係が非常に強かったダーツは、1980年代後期にこれらの規制が強まる中、スポンサーシップとテレビ放送の激減という大打撃を受けた。 1989年には、このワールド・チャンピオンシップが、唯一のテレビ放送されるダーツ・トーナメントとなる。 フィル・テイラーデニス・プリーストゥリーという、その後ダーツを未知のレヴェルへ誘っていくプレイヤーが、ワールド・チャンピオンとなったのは、そのような時期であった。

BDOがこの状況を打破しようとしないのなら、自ずから打破しようと、ブリストウを中心としたプレイヤー達が、WDC (PDC) を結成し、行動を始める。 彼らの行動は実を結び、WDCが独自に開催したトーナメントは、テレビ放送されたり、スポンサーシップを受けるようになる。 しかし、BDOはこのような行動を認めようとしなかったため、現役で活躍する1993年までの全ワールド・チャンピオンを含むWDCのプレイヤー達は、BDOから完全に分離し、1994年からこのトーナメントに参加しなくなった。

その後、BDOでは、顔なじみの大物トップ・プレイヤーはいなくなったが、新たなトップ・プレイヤーが育ち、BDOのワールド・チャンピオンシップは、レヴェルの回復をみせる。 WDCは、ブリストウなどの不調から抜け出せないプレイヤーが、増えてきたこともあり、最上位層においてはWDCが上なままだが、全体においてはBDOが上となり、レヴェルの逆転を達成する。

しかし、BDOのワールド・チャンピオンシップの体制は、何かが変わったわけではなく、他のトーナメントのテレビ放送が増えたわけでもない。 一方、WDCのワールド・チャンピオンシップは、参加人数も賞金総額も少なかったが、衛星放送のスポーツ専門チャネルであるSky Sportsにおいてワールド・チャンピオンシップの全試合が放映され、視聴者を惹き付ける様々な工夫を、新しいパートナー達と一緒に取り入れていく (この様々なアイディアは、後にBDOも模倣するようになる) 。 しかも、WDCのテレビ放送は、ワールド・チャンピオンシップ以外にもあり、また、ダーツの名コメンテイターであるシド・ワデルも、BBCからSkyに移籍する。

WDCの名称がPDCになった1997年、1994 BDO ワールド・チャンピオンであるジョン・パートが移籍、その後もワールド・チャンピオンを含めたトップ・プレイヤーが、次々にPDCに移籍する。 彼らに加え、PDCで目覚ましい成長を遂げた新たなプレイヤー達により、PDCのプレイヤー不足が解消され、全体の試合レヴェルにおいて、BDOは、PDCに再逆転されてしまい、参加人数も賞金総額もPDCに次々と追い抜かれていった。 現在、これら全ての差は、ますます広がっている。

また、このワールド・チャンピオンシップに参加するプレイヤーの出身国も、PDCのもの[32]とは異なり、少ない上に地域が偏っている[33]。 現在のBDOには、PDCにいるレヴェルの人気プレイヤーも、移籍により存在しない[34]ため、世界規模では、当然PDCの放送が多くなる。

しかし、BDOのワールド・チャンピオンシップは、PDCのものより歴史があり、イギリスの公共放送であるBBCが放送しているため、イギリスでは、視聴数が多い。

結果[編集]

70年代と80年代、エリック・ブリストウジョン・ロウは、このトーナメントの顔となっており、初回の1978年から1991年まで、彼らのどちらかは決勝戦に姿を見せていた[35]フィル・テイラーデニス・プリーストゥリーの登場によって、状況が変わってくるが、分裂前最後の1993年も、ロウがチャンピオンとなる[36]

その後も、チャンピオンや実力的にはワールド・チャンピオンと遜色ないプレイヤーが、次々とPDCに移籍していったために、前年までの顔触れが決勝戦に登場しなくなる場合が多い (熟練プレイヤーが、新星プレイヤーの登場で勝てなくなったという例は少ない) 。

現在、BDOに在籍し、複数回ワールド・チャンピオンになったプレイヤーには、テッド・ヘァンキー (2000, 2009) とマーティン・エァダムズ (2007, 2010, 2011) が、存在する。

決勝戦[編集]

チャンピオン スコア 準優勝
1978 ウェールズの旗 レイトゥン・リーズ (92.40) 11-7 イングランドの旗 ジョン・ロウ (89.40)
1979 イングランドの旗 ジョン・ロウ (87.42) 5-0 ウェールズの旗 レイトゥン・リーズ (76.62)
1980 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (88.10) 5-3 イングランドの旗 ボビー・ジョージ (86.49)
1981 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (86.10) 5-3 イングランドの旗 ジョン・ロウ (81.00)
1982 スコットランドの旗 ジョッキー・ウィルスン (88.10) 5-3 イングランドの旗 ジョン・ロウ (84.30)
1983 イングランドの旗 キース・デラー (90.00) 6-5 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (93.90)
1984 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (97.50) 7-1 イングランドの旗 デイヴ・ウィットゥクーム (90.60)
1985 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (97.50) 6-2 イングランドの旗 ジョン・ロウ (93.12)
1986 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (94.47) 6-0 イングランドの旗 デイヴ・ウィットゥクーム (90.45)
1987 イングランドの旗 ジョン・ロウ (90.63) 6-4 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (94.29)
1988 イングランドの旗 ボブ・アンダースン (92.70) 6-4 イングランドの旗 ジョン・ロウ (92.07)
1989 スコットランドの旗 ジョッキー・ウィルスン (94.32) 6-4 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (90.66)
1990 イングランドの旗 フィル・テイラー (97.47) 6-1 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (93.00)
1991 イングランドの旗 デニス・プリーストゥリー (92.57) 6-0 イングランドの旗 エリック・ブリストウ (84.15)
1992 イングランドの旗 フィル・テイラー (97.59) 6-5 イングランドの旗 マイク・グレゴリー (94.41)
1993 イングランドの旗 ジョン・ロウ (83.97) 6-3 イングランドの旗 アラン・ウォーリナー=リトゥル (82.32)
1994 カナダの旗 ジョン・パート (82.44) 6-0 イングランドの旗 ボビー・ジョージ (80.31)
1995 ウェールズの旗 リチー・バーネット (93.63) 6-3 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト (91.23)
1996 イングランドの旗 スティーヴ・ビートゥン (90.27) 6-3 ウェールズの旗 リチー・バーネット (88.05)
1997 スコットランドの旗 レス・ウォーレス (92.19) 6-3 ウェールズの旗 マーシャル・ジェイムズ (92.01)
1998 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト (93.96) 6-5 ウェールズの旗 リチー・バーネット (97.14)
1999 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト (94.65) 6-5 イングランドの旗 ロニー・バクスター (94.65)
2000 イングランドの旗 テッド・ヘァンキー (92.40) 6-0 イングランドの旗 ロニー・バクスター (88.35)
2001 イングランドの旗 ジョン・ウォールトゥン (95.55) 6-2 イングランドの旗 テッド・ヘァンキー (94.86)
2002 オーストラリアの旗 トニー・デイヴィッド (93.57) 6-4 イングランドの旗 マーヴィン・キング (89.67)
2003 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト (94.86) 6-3 ウェールズの旗 リチー・デイヴィーズ (90.66)
2004 イングランドの旗 エァンディ・フォーダム (97.08) 6-3 イングランドの旗 マーヴィン・キング (91.02)
2005 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト (96.78) 6-2 イングランドの旗 マーティン・エァダムズ (91.35)
2006 オランダの旗 イェレ・クラーセン (90.42) 7-5 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト (93.06)
2007 イングランドの旗 マーティン・エァダムズ (90.30) 7-6 イングランドの旗 フィル・ニクスン (87.09)
2008 ウェールズの旗 マーク・ウェブスター (92.07) 7-5 オーストラリアの旗 サイモン・ウィットロック (93.92)
2009 イングランドの旗 テッド・ヘァンキー (91.46) 7-6 イングランドの旗 トニー・オウシェイ (90.54)
2010 イングランドの旗 マーティン・エァダムズ (95.01) 7-5 イングランドの旗 デイヴ・チーズノール (93.42)
2011 イングランドの旗 マーティン・エァダムズ (92.13) 7-5 イングランドの旗 ディーン・ウィンスタンリー (89.08)

ナイン・ダート・フィニッシュ[編集]

レイクサイドでのナイン・ダート・フィニッシュは、1回のみである[4][5]

日付 プレイヤー ラウンド セット レッグ 対戦相手 方法 賞金 レフェリー コメンテイター
1990 1990/1/9 (火) アメリカ合衆国の旗 ポール・リム 2 2 1 イングランドの旗 ジャック・マケナ T20 x 3; T20 x 3; T20, T19, D12 £52,000 マーティン・フィッツモーリス トニー・グリーン

トーナメント全体の平均値[編集]

以下は、それぞれの年のトーナメントで行われた全試合通しての平均値[4]である。

開催 母集団
(ラスト)
70+ 75+ 80+ 85+ 90+ 95+ 100+
1978 16 13 11 4 3 2 0 0
1979 24 22 13 7 4 0 0 0
1980 24 23 21 11 4 0 0 0
1981 32 28 24 15 4 0 0 0
1982 32 29 24 11 4 0 0 0
1983 32 29 27 16 7 2 0 0
1984 32 30 27 20 10 3 0 0
1985 32 31 30 25 13 5 0 0
1986 32 32 30 24 10 1 0 0
1987 32 32 30 22 12 5 0 0
1988 32 32 32 28 15 1 1 0
1989 32 32 31 26 17 4 0 0
1990 32 32 27 24 15 2 0 0
1991 32 32 31 25 13 4 1 0
1992 32 31 30 24 17 5 1 0
1993 32 32 30 29 24 11 3 0
1994 32 32 31 26 12 0 0 0
1995 32 32 32 29 17 8 1 0
1996 32 32 30 27 22 9 0 0
1997 32 32 30 27 22 6 2 0
1998 32 32 32 32 23 12 2 0
1999 32 32 32 32 28 17 5 0
2000 32 32 32 32 22 12 1 0
2001 32 32 32 31 28 18 3 0
2002 32 32 31 29 24 11 1 1
2003 32 32 32 31 23 10 2 0
2004 32 32 32 29 21 10 2 0
2005 32 32 31 30 22 7 2 0
2006 32 32 32 29 18 8 0 0
2007 31 31 31 31 22 7 0 0
2008 32 32 31 25 17 6 1 0
2009 32 30 28 26 18 9 0 0
2010 32 31 30 28 17 6 0 0
2011 32 32 31 29 19 4 0 0

100以上となった平均値の詳細は、次の記録を参照されたい。

記録[編集]

ダーツにおけるワールド・チャンピオンシップの記録ではなく、このイヴェントに関する記録[4]である。 よって、ダーツ界の分裂の前後により、記録の重みを区別していない。

回数[編集]

ここでは、回数に関わる記録を、上位3名まで紹介する。 括弧内は、PDCのワールド・チャンピオンシップを加えた回数である。 ただし、PDCに移籍していないプレイヤーは、括弧付きの数字を付けていない。

また、参考として、フィル・テイラーライモント・ファン・バルネフェルトの記録も、合わせて紹介する。

最多チャンピオン[編集]
2 (15) フィル・テイラー
最多決勝出場[編集]
2 (18) フィル・テイラー
最多出場[編集]

ジョン・ロウとエリック・ブリストウは、分裂前において全回出場を達成している。 この2人を押さえて1位となったマーティン・エァダムズは、分裂後において全回出場を果たしている。

14 (19) ライモント・ファン・バルネフェルト
4 (22) フィル・テイラー
ナイン・ダート・フィニッシュ[編集]
0 (2) ライモント・ファン・バルネフェルト
0 (0) フィル・テイラー

100以上の対戦平均値[編集]

PDCのワールド・チャンピオンシップでは、あるプレイヤーのトーナメント全体の平均が100以上となるのは、珍しいことではないが、BDOでは1度しか無い。

ここでは、1つの対戦中で平均値が100以上となったものを中心に扱う。

トーナメント全体[編集]
対戦の最高平均[編集]
トーナメント史上初[編集]
回数[編集]
両者共[編集]

年齢[編集]

ここでは、年齢に関わる記録を紹介する。

最年少チャンピオン[編集]
最年少出場者[編集]
最年長チャンピオン[編集]

ウィメンズ[編集]

BDOのトーナメントで2番目に大きいとされるWinmau ワールド・マスターズは、1982年から女子部門が開催されていたが、BDOのワールド・チャンピオンシップには、長らく女子部門は無かった。

しかし、PDCが、BDOの女子トップ・プレイヤーを、2001 PDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップに招待したことに対し、BDOは、女子プレイヤーを出場させないため、PDCのワールド・チャンピオンシップに出場したプレイヤーのランキング・ポイントを減らすと脅し、2001年のBDOのワールド・チャンピオンシップから、女子部門を新設したという経緯がある[40]

こうして2001年より、男子部門と女子部門が行われるようになり、この年からイヴェント名も、"BDO ワールド・プロフェッショナル・ダーツ・チャンピオンシップ"と、複数形になっている。

結果[編集]

トゥリーナ・ガリヴァーが、このトーナメントのタイトルを、2011年までの11回中9回と、ほぼ独占している。

初回からチャンピオンの座を守り続けてきたガリヴァーであったが、2008年、アナスターシィヤ・ダブラムィースラヴァが、初めてガリヴァーより、このタイトルを奪う。 その後、ダブラムィースラヴァは、このタイトルを防衛すること無く、PDCに移籍するものの、2009年のタイトルは、長年ガリヴァーによって2番手に押さえられてきたフランシス・フーンセラールに、初めて獲得されてしまう。

しかし、2010年は、再びガリヴァーの手元にタイトルが戻ってくることとなった。

決勝戦[編集]

チャンピオン スコア 準優勝
2001 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (83.97) 2-1 イングランドの旗 メァンディー・ソロムンズ (79.11)
2002 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (84.36) 2-1 オランダの旗 フランシス・フーンセラール (82.95)
2003 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (84.93) 2-0 スコットランドの旗 アン・キアク (70.20)
2004 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (87.03) 2-0 オランダの旗 フランシス・フーンセラール (85.44)
2005 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (79.68) 2-0 オランダの旗 フランシス・フーンセラール (73.89)
2006 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (73.80) 2-0 オランダの旗 フランシス・フーンセラール (70.26)
2007 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (80.61) 2-1 オランダの旗 フランシス・フーンセラール (79.23)
2008 ロシアの旗 アナスターシィヤ・ダブラムィースラヴァ (81.54) 2-0 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (71.64)
2009 オランダの旗 フランシス・フーンセラール (77.39) 2-1 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (75.19)
2010 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (80.52) 2-0 ウェールズの旗 リーアン・エドゥワーズ (68.25)
2011 イングランドの旗 トゥリーナ・ガリヴァー (73.95) 2-0 ウェールズの旗 リーアン・エドゥワーズ (73.86)

トーナメント全体の平均値[編集]

以下は、各年、トーナメントで行われた全試合を通しての平均値[5]である。

開催 母集団
(ラスト)
65+ 70+ 75+ 80+ 85+ 90+ 95+ 100+
2001 4 4 3 3 2 1 0 0 0
2002 8 5 4 2 1 0 0 0 0
2003 8 6 5 1 1 0 0 0 0
2004 8 8 5 4 3 1 0 0 0
2005 8 7 4 2 0 0 0 0 0
2006 8 7 5 2 1 1 0 0 0
2007 8 8 5 3 1 0 0 0 0
2008 8 6 3 1 0 0 0 0 0
2009 8 8 4 3 0 0 0 0 0
2010 8 7 6 2 1 0 0 0 0
2011 8 6 5 1 0 0 0 0 0

記録[編集]

この記録[5]は、2011年のワールド・チャンピオンシップが終わった時点のものである。

回数[編集]

ここでは、回数に関わる記録を、上位3名まで紹介する。

最多チャンピオン[編集]
最多決勝出場[編集]

トゥリーナ・ガリヴァーは、全回出場を達成している。

最多出場[編集]

トゥリーナ・ガリヴァーは、全回出場を達成している。

90以上の対戦平均値[編集]

90以上の対戦平均値を出したのは、トゥリーナ・ガリヴァーのみである。 以下は、全て彼女の記録である。

不敗記録[編集]

下記の不敗記録は、全てトゥリーナ・ガリヴァーによるものである。

  • 初開催から、2008年の準決勝まで、22試合連続、勝ち続けた。
  • 2003年の準決勝から2007年の決勝まで、13試合連続、1セットも落とさなかった。

年齢[編集]

ここでは、年齢に関わる記録を紹介する。

最年少チャンピオン[編集]
最年長チャンピオン[編集]

ハイエスト・チェクアウト[編集]

レイクサイドのハイエスト・チェクアウトは、メンズとウィメンズの両者を合わせたものとなっている[6][7]

プレイヤー Checkout
1978 スウェーデンの旗 ステファン・ロード
ウェールズの旗 レイトゥン・リーズ
161
1979 イングランドの旗 トニー・ブラウン
ウェールズの旗 ロニー・デイヴィス
161
1980 不明 不明
1981 イングランドの旗 トニー・ブラウン 170
1982 スコットランドの旗 ジョッキー・ウィルスン
イングランドの旗 ボビー・ジョージ
161
1983 スコットランドの旗 ジョッキー・ウィルスン 161
1984 イングランドの旗 アラン・グレイザー
ウェールズの旗 ピーター・ラック
ウェールズの旗 マルコム・デイヴィス
161
1985 イングランドの旗 ジョン・ロウ 170
1986 オーストラリアの旗 テリー・オウディー 161
1987 スコットランドの旗 ジョッキー・ウィルスン
イングランドの旗 ジョン・ロウ
161
1988 ウェールズの旗 アラン・エヴァンズ 164
1989 イングランドの旗 マイク・グレゴリー 164
1990 イングランドの旗 フィル・テイラー
イングランドの旗 ピーター・エヴィスン
170
1991 イングランドの旗 ケヴィン・ケニー 170
1992 オーストラリアの旗 キース・サリヴァン 170
1993 オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト 170
1994 イングランドの旗 ニック・ジェンニー
デンマークの旗 トゥルーイス・ルーセル
スコットランドの旗 トゥレヴァー・ナース
スウェーデンの旗 マグヌス・カリス
161
1995 イングランドの旗 エァンディ・フォーダム 161
1996 ウェールズの旗 リチー・バーネット
イングランドの旗 マーティン・エァダムズ
161
1997 スコットランドの旗 レス・ウォーレス 170
1998 イングランドの旗 エァンディ・フォーダム 164
1999 ベルギーの旗 エリック・クラリス 164
2000 イングランドの旗 テッド・ヘァンキー 170
2001 イングランドの旗 スティーヴ・クート 167
2002 イングランドの旗 マーヴィン・キング 170
2003 ベルギーの旗 エリック・クラリス 170
2004 ウェールズの旗 リチー・デイヴィーズ 161
2005 オランダの旗 アンドゥレー・ブランチェス
オランダの旗 ライモント・ファン・バルネフェルト
170
2006 イングランドの旗 マーティン・エァダムズ
イングランドの旗 マーヴィン・キング
スコットランドの旗 ポール・ヘァンヴィッジ
161
2007 イングランドの旗 テッド・ヘァンキー 170
2008 スコットランドの旗 ロバート・ソーントゥン
オランダの旗 コー・ストンペー
170
2009 イングランドの旗 テッド・ヘァンキー
イングランドの旗 マーティン・エァダムズ
161
2010 イングランドの旗 マーティン・エァダムズ 170
2011 イングランドの旗 ゲリー・ロブスン 170

脚注・参照[編集]

  1. ^ King fury as darts chiefs turn up heat Mail Online
  2. ^ WDF TOURNAMENT CATEGORIES AND POINTS ALLOCATIONS FOR 2011 WDF
  3. ^ BDO MEN’S & WOMEN’S INVITATION TABLES SYSTEM & STRUCTURE BDO
  4. ^ a b c d e f Lakeside World Championship (Men's) Darts Database
  5. ^ a b c d e f Lakeside World Championship (Women's) Darts Database
  6. ^ a b Lakeside World Championship (Men's) Mastercaller
  7. ^ a b Lakeside World Championship (Women's) Mastercaller
  8. ^ 実際に支払われた賞金の合計。ただし、不明の項目を£0としている。
  9. ^ 2001年から2004年までは、メンズとウィメンズの合計。2005年からは、公称総額となっている。
  10. ^ Lakeside World Professional Darts Championships 1st - 9th January 2005 WDF
  11. ^ Lakeside World Professional Darts Championships 7th - 15th January 2006 WDF
  12. ^ 2007 LAKESIDE WORLD PRO IS RICHEST EVER AS BDO DARTS CELEBRATES 30 YEARS ON BBC TV WDF
  13. ^ Record Prize Money for the 2008 Lakeside World Pro WDF
  14. ^ Record £320,000 at stake in 2009 championships Lakeside World Professional Darts Championships
  15. ^ Lakeside World Professional Championships 2010 - Press Release WDF
  16. ^ Lakeside Prize Money Breakdown BDO
  17. ^ Darts Event Calender Darts Database
  18. ^ PDC Order of Merit
  19. ^ Winmau World Masters
  20. ^ PDCが2011年に開催するトーナメントにおけるハイエスト・チェクアウトの賞金額は不明なため、それ以外の実際に支払われた額の合計。
  21. ^ エンバシーは、Imperial Tobaccoによるタバコのブランド名である。
  22. ^ 歴代司会者は、デイヴィッド・ヴァイン、ピーター・パーヴズ、トニー・ギューバ、デイヴィッド・アイク、イームン・ホウムズ、ドゥージー・ドネリ、ジョン・インヴィデアル、そして、レイ・スタブズと続いていく。
  23. ^ BARB Weekly Top 30s, Weekly Top 10sより。
  24. ^ ここでは、放送されたチャネル内における週間順位を示す。
  25. ^ SBS 6は、1998年よりこのトーナメントを放送している。 また、PDCのワールド・チャンピオンシップの放送も、行っている。
  26. ^ 彼は、後の1998年にPDCに移籍し、フィル・テイラーも参加するワールド・チャンピオンシップでも、2003年2008年に、ワールド・チャンピオンとなった。
  27. ^ LAKESIDE WORLD PROFESSIONAL CHAMPIONSHIP ~ MEN’S PLAYING RULES & FORMAT BDO
  28. ^ BDO World Championship Qualifiers Darts Database
  29. ^ a b 本戦に出場したプレイヤーの出身国数。 左が、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドを別とした数であり、右が、イギリスを1つとしてみた数である。
  30. ^ エァンディ・フォーダムが、肺感染症による呼吸困難で、棄権したため。
  31. ^ Tickets for 2011 Lakeside World Professional Darts Championships
  32. ^ 現在は、5大陸全てからプレイヤーが参加するPDC ワールド・ダーツ・チャンピオンシップであるが、WDCのころは、イギリス人とアメリカ人しかいないときもあった。
  33. ^ BDOのワールド・チャンピオンシップは、BDO/WDFのランキングと、予選によって出場者が決まる。
  34. ^ PDCは、プレイヤーの個性を観客に浸透させるよう様々な工夫をしているため、人気プレイヤーが生まれやすい。
  35. ^ エリック・ブリストウジョン・ロウの決勝戦での直接対決も、3回 (1981, 1985, 1987) ある。
  36. ^ この年の第2ラウンドにおいて、ジョン・ロウは、ライモント・ファン・バルネフェルトを打ち破っている。
  37. ^ Jelle Klaasen Darts Database
  38. ^ Michael van Gerwen Darts Database
  39. ^ Martin Adams Darts Database
  40. ^ GOLDEN GIRL Patrick Chaplin - Darts Historian
  41. ^ Anastasia Dobromyslova Darts Database
  42. ^ Francis Hoenselaar Darts Database

外部リンク[編集]