黒旗軍
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黒旗軍(こっきぐん)は19世紀末に清朝地方で成立した武装組織。
[編集] 名称の由来
初期に黒地に7つの星、北斗七星をデザインした軍旗を用いていたことからこの名が付けられた。
[編集] 略歴
- 活動初期・・・主要な軍事行動は清朝統治に反対する武装闘争である。
- 1857年 かつて太平天国の乱に参加していた客家の劉永福が兵200人を率いて、広西省の黃思宏に率いられていたより大きな三合会に参加した。
- 1864年 8月に天京(現在の南京)で太平天国が崩壊。
- 1865年 清朝による太平天国の残党狩りに追いつめられ、劉永福の黒旗軍はトンキンに脱出した。
- 1867年 保勝(現在のベトナムラオカイ)で清軍を破った。
- 活動中期・・・主要な軍事行動はフランス軍に対する武装闘争である。
- 1873年 ベトナム政府がトンキンに侵攻したフランシス・ガルニエールを撃退する為に黒旗軍に参加を要請。
- 1883年 - 1884年 清仏戦争に先駆けて宣戦布告も無しにフランス軍が再びトンキンに侵攻してきた為、黒旗軍が応戦した。アンリ・リビエールを殺害した。
- 1884年 - 1885年 清仏戦争ではベトナムに進出したフランス軍を破り、指揮官の劉永福はベトナム国王より三宣副提督の職に任じられた。
- 1887年 黒旗軍がルアンパバーン王国に侵攻。
- 清朝に凱旋した劉永福は黒旗軍の解散を命じられた。
- 活動後期・・・主要な軍事行動は日本軍に対する武装闘争である。