複素多様体

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微分幾何学複素多様体(ふくそたようたい)とは、多様体上の各点の開近傍が、Cn の中の単位開円盤への正則な座標変換を持つ多様体のことを言う[1]座標変換正則である場合には、Cn の中で、コーシー・リーマンの方程式の制約を受ける。

複素多様体という言葉は、上の意味(可積分複素多様体として特徴づけることもできる)の他にも概複素多様体の意味で使われることもある。

複素多様体の意味[編集]

正則函数は実数の上での滑らかな函数よりも精密であるから、微分可能多様体の理論と複素多様体の理論とでは大きな違いがある。また、コンパクトな複素多様体は、微分可能多様体よりも代数多様体に非常に近い多様体である。

例えば、ホイットニーの埋め込み定理英語版により、すべての微分可能多様体はRn の中へ微分可能部分多様体として埋め込まれるが、複素多様体がCn の中へ正則に埋め込まれるようなことは『まれ』である。例えば、コンパクトな連結多様体 M を考えてみると、M 上の任意の正則函数は、リュービルの定理により局所定数英語版となる。ここで、もしもCn の中への M の正則な埋め込みがあったとすると、Cn の座標函数は M の上の定数ではない正則函数に限定されてしまう。これは、M が一点の場合を除き、コンパクト性と矛盾する。Cn へ埋め込むことができる複素多様体のことをシュタイン多様体英語版[2]と言い、たとえば微分可能な複素アフィン代数多様体などを含む、非常に特別な多様体のクラスとなる。

複素多様体の分類は、微分可能多様体の分類よりも微妙である。例えば、次元が4以外では、与えられた位相多様体は高々有限個の微分可能構造英語版を持つのに対して、複素構造を持った位相多様体は非可算個の複素構造を持つことができる場合もよくある。リーマン面は複素構造を持った2次元の多様体のことを言い、種数で分類され、この現象の重要な例となる。与えられた向きづけ可能な曲面上の複素構造の集合は、双正則同値を同一視して、モジュライ空間(moduli space)と呼ばれる複素代数多様体を形成する。この構造は現在、活発に研究されている領域である。

座標変換は双正則であるので、複素多様体は微分可能であり、標準的に向きづけられている(複素多様体であれば、向き付け可能である:Cn (の部分集合)への双正則写像は、向きづけを保存する。)

複素多様体の例[編集]

  • リーマン面
  • 2つの複素多様体のデカルト積
  • 正則写像の任意の分岐点や特異点でない値の逆像

微分可能な(滑らかな)複素多様体[編集]

微分可能な代数多様体(algebraic varieties)[3]は複素多様体で、次のような例がある:

同様に、これらの四元数の類似物も、また複素多様体となる。

単連結[編集]

単連結な1-次元複素多様体は以下の何れかに同型である:

注意することは、これらの間には、Δ ⊆ C \widehat{\mathbb{C}}の包含関係があるが、リュービルの定理により、この埋め込みは定数写像以外は存在しない。

ディスク vs. 空間 vs. 多重ディスク[編集]

次の空間は複素多様体としては異なっていて、(通常の微分可能多様体と比較して)さらに厳密な複素多様体の幾何学的性質を示している:

\left \{ z \in \mathbf{C}^n \ : \ \|z\| < 1 \right \}
\left \{ z=(z_1, z_2, \dots, z_n) \in \mathbf{C}^n \ : \ \vert z_i \vert < 1, \mbox{ for all } i = 1,\dots,n \right \}

概複素多様体[編集]

詳細は「概複素多様体」を参照

実多様体である概複素多様体は、GLn(C)-構造を持ってる(G-構造英語版の意味で)。 つまり、接バンドルが線形複素構造英語版を持っている。

具体的には、これは二乗が −I となるような接バンドルの自己準同型である;この自己準同型は、複素数 i を賭けることに類似していて、J で表します(単位行列の I との混乱を避けるため)。概複素多様体は必然的に偶数次元である。

概複素構造は、複素構造よりも弱く、任意の複素構造は概複素構造であるが、すべての概複素構造が複素構造から発生するわけではない。注意すべきは、すべての偶数次元の実多様体は局所座標により定義される概複素構造を持っていることで、問題はこの複素構造が大域的に定義できるかどうかである。大域的に定義できた複素構造から自動的にでてくる概複素構造のことを可積分英語版であると言い、また概複素構造と区別して複素構造を特定したい時は、可積分 な複素構造と言う。可積分な複素構造に対して、ナイエンハンステンソル(Nijenhuis tensor)がゼロになる。ナイエンハンステンソルは、ベクトル場のぺア X,Y の上で下記の関係式により定義される。

N_J(X,Y) = [X,Y] + J[JX,Y] + J[X,JY]-[JX,JY]

例えば、6次元球 S6 は、8元数の単位球の中の i の直交成分英語版であるという事実から出てくる自然な概複素構造を持っている。しかしこれは複素構造ではない(現在、6-球は複素構造を持っているか否か分かっていない)。 一般に、概複素構造を使い、正則写像の意味づけをすることは可能で、多様体上の正則座標の存在するかと問うことは可能である。正則座標が存在することと、多様体が(座標が定義するような)複素多様体であるという事と同値である。

接バンドルと複素数のテンソル積をとると、複素化された 接バンドルを得て、その上では複素数との積が意味を持つ。このことは、単に実多様体から始めた場合でさえ、複素化された接バンドルを得ることは可能である。概複素多様体の固有値は ±i で、固有空間は部分バンドルを形成し、T 0, 1M および T 1, 0M と書く。ニューランダー-ニレンバーグの定理英語版(Newlander–Nirenberg theorem)は、概複素構造がその部分バンドルが対合的(involutive)、つまりベクトル場のリーブラケットの下に閉じている時は、複素多様体となることを言っている。この概複素多様体のことを可積分英語版であると言う。

ケーラー多様体とカラビ-ヤウ多様体[編集]

複素多様体に対してリーマン計量 (Riemannian metricの類似物を定義できて、エルミート計量英語版(Hermitian metric)と呼ぶ。リーマン計量のように、エルミート計量は滑らかな微分可能な変形を持ち、接空間の上で正定値な内積である。各々の点での接空間上では、複素構造の観点から、エルミートである。リーマン多様体の場合と同じく、そのような計量はいつでも複素多様体上には十分多く存在している。もしそのような計量が、シンプレクティック構造の場合、つまり、閉じた非退化な場合には、計量はケーラーと呼ばれる。ケーラー構造はより非常に難しい条件となる。

ケーラー多様体の例としては、微分可能な射影多様体や、ケーラー多様体の任意の複素部分多様体がある。ホップ多様体(Hopf manifold)はケーラー多様体ではない複素多様体の例である。ホップ多様体を構成するためには、複素ベクトル空間から原点を取り去り、この空間に対して exp(n) をかける整数の群の作用を考える。商は第一ベッチ数が 1 の複素多様体で、従ってホッジ理論よりケーラー多様体ではあり得ないことが分かる[5]

カラビ-ヤウ多様体はコンパクトなリッチ平坦なケーラー多様体か、同じことだが、その第一チャーン類がゼロとなるっているケーラー多様体である。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Cn に代り、モデル空間としてCn の中の単位開円盤を使う必要がある。複素多様体の場合は、これらは同型とはいえず、実(解析)多様体の場合とは異なるからである。
  2. ^ シュタイン多様体は普通は複数変数の場合を言い。1変数の場合と違い、複数変数の場合はさらに制限が厳しくなり、様子が異なる。多変数英語版の項目も参照のこと。
  3. ^ 英語での"manifold"は、位相多様体、PL多様体、微分可能多様体など総称して使用され、一方、"variety"は代数多様体の場合に使用される。英語ではこれらの間に区別があるが、日本語では『多様体』と同じ訳語を使用する。
  4. ^ この空間は、実数の場合とは対照的に、全射影空間は向きづけ可能であることを意味する。
  5. ^ ホップ多様体英語版である多様体 H:=({\Bbb C}^n\backslash 0)/{\Bbb Z}S^{2n-1}\times S^1 に微分同相である. これはケーラー多様体ではあり得ない。実際、H の第一コホモロジー群は奇数次元で、ホッジ分解により、コンパクトなケーラー多様体はいつも偶数次元であるからである。

参考文献[編集]