羽仁未央

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羽仁 未央(はに みお 1964年2月29日 - )はエッセイストメディアプロデューサー東京都出身。映画監督の羽仁進と女優の左幸子を両親に持ち、叔母は女優の左時枝。祖父は歴史学者の羽仁五郎。曾祖母は自由学園創設者の羽仁もと子

[編集] 来歴・人物

幼い頃から海外生活が長く、5 - 7歳をパリで、9 - 11歳をケニアで過ごす。小学校4年生の時に学校教育を否定し、話題になる。それ以後は学校に通わず、学校教育も受けず、家で教育を受ける。ホームスクーラーの先駆けとも言える存在。

10代の頃からコラムや映画の批評、短編小説エッセイ等を執筆し1987年から香港在住。

1982年ナンセンスSFコメディヘリウッド」で映画に出演。1991年香港映画妖獣大戦」で監督と脚本を手掛けた。

1998年、香港が中国返還される頃にわたり、返還期の香港についてテレビ朝日系列のニュース番組ニュースステーションにてシリーズでレポート。しばらく、香港、シンガポール、日本を行き来しつつ活動していた。

このほかにも、アジア中心のドキュメンタリー番組などを制作。現在はインターネットを主軸にして活躍しており、アジアチャンネルMonjaKids.comなどのコミュニティーサイトを手掛け、現在は香港に会社を持ち、日本と香港で主な活動を行っている。

2006年荒戸映画事務所が製作した「ゲルマニウムの夜」(原作花村萬月、監督大森立嗣)にて、スーパーバイザーを務める。

著書に、「親が知らない娘の本」(1983年)、「陽気な憂鬱症」(1985年)、「香港は路の上」(1989年)、「夢見る場所は場所も夢見る」(1992年)がある。