第28師団 (日本軍)

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第28師団
創設 1940年(昭和15年)7月10日
廃止 1945年昭和20年)
所属政体 Flag of Japan.svg大日本帝国
所属組織 大日本帝国陸軍
部隊編制単位 師団
兵種/任務/特性 歩兵
所在地 満州-南西諸島
編成地 満州国 新京
通称号/略称
補充担任 東京師管区
最終上級単位 第32軍
最終位置 沖縄県 宮古島
主な戦歴 日中-太平洋戦争
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第28師団(だいにじゅうはちしだん)は、大日本帝国陸軍師団の一つ。

沿革[編集]

1940年昭和15年)7月10日関東軍直轄部隊として満州新京で編成され、ハルピンチチハルで警備に当り、一貫して満州に駐屯していた。

1944年(昭和19年)頃から満州に駐留している部隊の南方への転用が始まる。第28師団の歩兵第36連隊は同年6月15日連合国軍がサイパンに上陸、絶対国防圏の要石であるサイパンの奪還のため派遣されるが、サイパンの守備隊は玉砕し作戦中止となり師団へ復帰する。

同年6月から師団主力は第32軍戦闘序列に編入、南西諸島に転用され、宮古島石垣島方面の防衛を担当した。この地域の部隊をまとめる「先島集団」が設けられ師団長は司令官に就任、連合国軍の先島諸島上陸に備え態勢を整えていたが、連合国軍は宮古・石垣島を越え1945年(昭和20年)4月1日に直接沖縄本島に上陸し、師団は交戦することなく終戦を迎える。

師団の上級司令部である第32軍の幹部は何れも沖縄戦に於いて自決していたので、第28師団長納見敏郎中将が連合国軍に対する降伏文書に調印する。納見師団長は部下将兵復員の目処がたった同年12月13日自決する。

師団概要[編集]

歴代師団長[編集]

  • 石黒貞蔵 中将:1940年(昭和15年)8月1日 - 1943年(昭和18年)3月1日
  • 櫛淵鍹一 中将:1943年(昭和18年)3月1日 - 1945年(昭和20年)1月12日
  • 納見敏郎 中将:1945年(昭和20年)1月12日 - 終戦

最終所属部隊[編集]

  • 歩兵第3連隊(東京):衿土軍大佐
  • 歩兵第30連隊(高田):富沢国松大佐
  • 歩兵第36連隊(鯖江):田村権一大佐
  • 騎兵第28連隊:上田巌大佐
  • 山砲兵第28連隊:梶松二郎大佐
  • 工兵第28連隊:外賀猶一大佐
  • 輜重兵第28連隊:宮川正少佐
  • 第28師団通信隊:国武達雄少佐
  • 第28師団兵器修理所:藤本武輝大尉
  • 第28師団第2野戦病院:三好祝二軍医大尉
  • 第28師団第3野戦病院:横井忠男軍医大尉
  • 第28師団第4野戦病院:辻義春軍医少佐
  • 第28師団防疫給水部:石塚政夫軍医少佐
  • 第28師団制毒訓練所:那須憲三少佐
  • 第28師団病馬廠:保坂斯道獣医大尉

関連項目[編集]