田出井山古墳

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田出井山古墳
田出井山古墳01.jpg
田出井山古墳
堺市役所21F展望ロビーから撮影
(2007年5月11日撮影)
位置 北緯34度34分32.69秒
東経135度29分18.26秒
所在地 大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2丁
形状 前方後円墳(二重濠)
規模 全長148m
前方部高さ15m
築造年代 5世紀後半
被葬者 反正天皇宮内庁治定)
出土品 埴輪など
史跡指定 宮内庁治定(百舌鳥耳原北陵)
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反正天皇陵 拝所
(2007年6月9日撮影)

田出井山古墳(たでいやまこふん)は、大阪府堺市堺区北三国ヶ丘町2丁にある前方後円墳

[編集] 概要

百舌鳥古墳群の北端に位置し、全長約148m、後円部径約76m、高さ約14m、前方部幅約110m、高さ約15mで、百舌鳥古墳群の中では7番目の大きさである。墳丘は3段に築かれ、かつては二重濠があったと確認されている。墳丘の形態や出土した埴輪より、5世紀後半頃に造築されたと考えられている。陪塚と推定される古墳が数基現存している。

反正天皇の陵墓に比定され、「百舌鳥耳原北陵」(もずのみみはらのきたのみささぎ)として宮内庁によって管理されている。ただし、被葬者は不明。また、天皇陵に比定されている百舌鳥耳原三陵のなかで、他の2つの古墳(大仙陵古墳上石津ミサンザイ古墳)と比べて規模がかなり小さいことから、反正天皇陵であることを疑問視する意見も多く、なかには土師ニサンザイ古墳を反正天皇陵と考える者もいる。

[編集] 交通アクセス

[編集] 関連項目

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