火付盗賊改方

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火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)は、江戸時代に主に重罪である火付け(放火)、盗賊(押し込み強盗団)、賭博を取り締まった役職。本来、臨時の役職で幕府常備軍である御先手組頭、持組頭などから選ばれた。時代劇などでは、「火盗改」(かとうあらため)、或いは「火盗」(かとう)と略して呼ばれることがある。

歴史[編集]

設置の経緯[編集]

明暦の大火以後、放火犯に加えて盗賊が江戸に多く現れたため、幕府はそれら凶悪犯を取り締まる専任の役所を設けることにし、「盗賊改」を1665年寛文5年)に設置。その後「火付改」を1683年天和3年)に設けた。一方の治安機関たる町奉行が役方(文官)であるのに対し、火付盗賊改方は番方(武官)である。この理由として、殊に江戸前期における盗賊が武装盗賊団であることが多く、それらが抵抗を行った場合に非武装の町奉行では手に負えなかった[1]。また捜査撹乱を狙って犯行後に家屋に火を放ち逃走する手口も横行したことから、これらを武力制圧することの出来る、現代でいう警察軍として設置されたものである。

組織[編集]

初代火付盗賊改方頭(長官)として「鬼勘解由」と恐れられた中山勘解由が知られるが、当時は火付改と盗賊改は統合されておらず、初代火付改の中山直房のこととも同日に盗賊改(初代ではない)に任じられた父の中山直守とも言われる。

決められた役所は無く、先手組頭などの役宅を臨時の役所として利用した。任命された先手組の組織(与力(5-10騎)、同心(30-50人))がそのまま使われるが、取り締まりに熟練した者が、火付盗賊改方頭が代わってもそのまま同職に残ることもあった。町奉行所と同じように目明しも使った。1787年天明7年)から1795年寛政7年)まで長官を務め、池波正太郎小説鬼平犯科帳」の主人公となった長谷川宣以が有名である。

火付盗賊改方は窃盗強盗放火などにおける捜査権こそ持つものの裁判権はほとんど認められておらず、敲き(たたき)刑以上の刑罰に問うべき容疑者の裁定に際しては老中の裁可を仰ぐ必要があった。

なお、火付盗賊改方長官は矯正授産施設である人足寄場も所管したが、初代の人足寄場管理者である長谷川宣以以外は、火付盗賊改方とは別組織の長である寄場奉行として、町奉行の管轄下に置かれた。

廃止と再設置[編集]

火付盗賊改方は番方であるが故に取り締まりは乱暴になる傾向があり、町人に限らず、武士僧侶であっても疑わしい者を容赦無く検挙することが認められていたことから、苛烈な取り締まりによる誤認逮捕等の冤罪も多かった。市井の人々は町奉行を「檜舞台」と呼んだのに対し、火付盗賊改方を「乞食芝居」と呼び、一方の捜査機関たる町奉行所役人からも嫌われていた記録が見られる。このためか、時代劇において悪役として扱われることも少なくない。

これらの弊害により、1699年元禄12年)、盗賊改と火付改は廃止され、三奉行寺社奉行勘定奉行町奉行)の管轄になるが、元禄赤穂事件があった1702年(元禄15年)に盗賊改が復活し、博打改が加わる。翌年、火付改が復活した。1718年享保3年)には、盗賊改と火付改は、「火付盗賊改」に一本化されて先手頭の加役となり、1862年文久2年)には先手頭兼任から独立、加役から専任制になった。博打改は火付盗賊改ができた年に、町奉行の下に移管されている。

本役加役(任期1年)2名、当分加役(任期半年)2名が通例であったという。当分加役は火災の多い秋冬(9月 - 3月)に任命されていた。この他、江戸市中で打ちこわしが多発した際など、騒然とした状況下において増役として同役が増員された例がある。

歴代の火付盗賊改方頭[編集]

氏名 任期
1 水野守正 寛文5年(1665年)11月1日 - 寛文11年(1671年)12月25日
2 岡野成明 寛文5年(1665年)11月9日 - ?
3 大嶋義近 寛文9年(1669年)5月15日 - 寛文10年(1670年)7月3日
4 筧正明 寛文10年(1670年)10月7日 - ?
5 久永重之 延宝元年(1673年)11月1日 - 延宝4年(1676年)2月4日
6 井上正貞 延宝3年(1675年)2月10日 - 延宝6年(1678年)11月30日
7 仙石政勝 延宝6年(1678年)12月3日 - 延宝8年(1680年)2月25日
8 佐野正行 延宝8年(1680年)3月4日 - 延宝9年(1681年)7月26日
9 中山信久 延宝9年(1681年)7月27日 - 天和2年(1682年)11月6日
10 岡野房勝 天和2年(1682年)11月11日 - 貞享元年(1684年)12月26日
11 中山直守 天和3年(1683年)1月23日 - 12月3日
12 山岡景助 貞享元年(1684年)12月26日 - 貞享4年(1687年)2月18日
13 井戸幸弘 貞享3年(1686年)12月5日 - 貞享5年(1688年)3月10日
14 中根正和 貞享4年(1687年)2月26日 - 元禄2年(1689年)閏1月21日
15 蜂屋可英 貞享5年(1688年)4月25日 - 元禄3年(1690年)8月27日
16 加藤泰堅 元禄2年(1689年)閏1月26日 - 元禄4年(1691年)1月11日
17 諏訪頼蔭 元禄2年(1689年)閏1月26日 - 元禄8年(1695年)2月18日
18 赤井忠広 元禄3年(1690年)9月1日 - 元禄5年(1692年)4月22日
19 稲葉通任 元禄4年(1691年)1月21日 - 元禄5年(1692年)5月26日
20 能勢元之 元禄5年(1692年)5月26日 - 元禄8年(1695年)4月19日
21 鈴木重祐 元禄8年(1695年)2月21日 - 元禄10年(1697年)3月25日
22 大久保忠行 元禄8年(1695年)4月19日 - 元禄9年(1696年)6月27日
23 久貝正方 元禄9年(1696年)6月27日 - 元禄11年(1698年)5月14日
24 石野範恭 元禄10年(1697年)3月25日 - 元禄11年(1698年)5月14日
25 松下直昌 元禄11年(1698年)5月14日 - 元禄12年(1699年)2月28日
26 土屋正敬 元禄11年(1698年)5月14日 - 元禄12年(1699年)11月25日
27 小倉正仲 元禄12年(1699年)2月28日 - 11月25日
28 天野富重 元禄12年(1699年)8月10日 - 元禄13年(1700年)7月28日
29 別所常治 元禄12年(1699年)8月10日 - 元禄13年(1700年)7月28日
30 水野守美 元禄12年(1699年)12月12日 - 元禄14年(1701年)5月28日
31 三上季明 元禄13年(1700年)7月28日 - 元禄14年(1701年)1月11日
32 津田正氏 元禄13年(1700年)7月28日 - 元禄14年(1701年)5月28日
33 徳山重俊 元禄15年(1702年)4月9日 - 12月30日
34 赤井正幸 元禄15年(1702年)閏8月9日 - 11月21日
35 坪内定鑑 元禄15年(1702年)12月30日 - 宝永2年(1705年)1月28日
36 佐野政信 元禄16年(1703年)11月25日 - 宝永3年(1706年)5月2日
37 雨宮正長 宝永2年(1705年)2月3日 - 6月6日
38 平岩親庸 宝永2年(1705年)6月6日 - 宝永5年(1708年)4月1日
39 大久保忠義 宝永3年(1706年)5月2日 - 宝永4年(1707年)12月30日
40 松田勝広 宝永4年(1707年)12月1日 - 宝永6年(1709年)2月20日
41 安部信旨 宝永5年(1708年)4月5日 - 宝永6年(1709年)2月20日
42 中坊秀広 宝永6年(1709年)3月2日 - 正徳元年(1711年)5月15日
43 佐久間信房 正徳元年(1711年)5月25日 - 正徳3年(1713年)8月29日
44 阿部次紀 正徳3年(1713年)8月29日 - 正徳5年(1715年)8月15日
45 堀田通右 正徳5年(1715年)3月4日 - 享保元年(1716年)3月26日
46 船越景次 正徳5年(1715年)8月15日 - 正徳6年(1716年)2月6日
47 大井政長 正徳6年(1716年)2月5日 - 3月26日
48 堀田通右 正徳6年(1716年)2月11日 - 享保2年(1717年)1月28日
49 逸見義武 正徳6年(1716年)3月26日 - 享保3年(1718年)4月8日
50 田付直久 享保2年(1717年)1月24日 - 3月4日
51 井上正房 享保2年(1717年)1月24日 - 3月4日
52 安部信旨 享保2年(1717年)1月28日 - 享保9年(1724年)2月24日
53 山川忠義 享保3年(1718年)3月16日 - 享保10年(1725年)12月9日
54 杉浦勝照 享保9年(1724年)3月11日 - 享保10年(1725年)2月7日
55 飯田直恒 享保10年(1725年)2月7日 - 享保11年(1726年)2月22日
56 進成睦 享保10年(1725年)12月9日 - 享保13年(1728年)6月2日
57 佐々木正庸 享保11年(1726年)7月29日 - 10月12日
58 高田政孝 享保12年(1727年)閏1月8日 - 享保17年(1732年)閏5月4日
59 佐々木正富 享保13年(1728年)1月19日 - 6月2日
60 細井勝郷 享保13年(1728年)6月2日 - 享保15年(1730年)11月6日
61 向井政暉 享保14年(1729年)2月18日 - 5月18日
62 日根野弘長 享保14年(1729年)12月28日 - 享保15年(1730年)4月1日
63 高林利要 享保15年(1730年)11月6日 - 享保16年(1731年)4月2日
64 向井政暉 享保15年(1730年)11月6日 - 享保17年(1732年)5月7日
65 高林利要 享保16年(1731年)10月18日 - 享保17年(1732年)閏5月4日
66 小出英連 享保17年(1732年)5月9日 - 享保20年(1735年)12月14日
67 佐々成意 享保17年(1732年)11月18日 - 享保18年(1733年)4月28日
68 朝岡方喬 享保18年(1733年)11月4日 - 享保19年(1734年)4月8日
69 梶川忠栄 享保19年(1734年)12月12日 - 享保20年(1735年)4月6日
70 吉田盛封 享保20年(1735年)10月8日 - 享保21年(1736年)4月2日
71 佐々成意 享保20年(1735年)12月17日 - 元文3年(1738年)2月28日
72 朝岡方喬 元文元年(1736年)10月9日 - 元文2年(1737年)4月2日
73 三宅政照 元文2年(1737年)閏11月4日 - 元文3年(1738年)3月29日
74 馬場尚繁 元文3年(1738年)3月1日 - 元文4年(1739年)7月19日
75 藤懸永直 元文3年(1738年)10月15日 - 元文4年(1739年)4月2日
76 別所矩満 元文4年(1739年)7月19日 - 寛保元年(1741年)4月12日
77 三宅政照 元文4年(1739年)10月30日 - 元文5年(1740年)4月3日
78 栗原利規 元文5年(1740年)10月20日 - 寛保元年(1741年)4月7日
79 寛保元年(1741年)4月12日 - 7月25日
80 布施直郷 寛保元年(1741年)7月26日 - 寛保3年(1743年)4月9日
81 久松定郷 寛保元年(1741年)11月5日 - 寛保2年(1742年)4月7日
82 寛保2年(1742年)8月7日 - 延享元年(1744年)9月28日
83 藤懸永直 寛保3年(1743年)9月20日 - 延享2年(1745年)5月11日
84 小浜盛品 延享元年(1744年)10月6日 - 延享3年(1746年)4月28日
85 柴田康闊 延享2年(1745年)2月21日 - 4月27日
86 中嶋盛昌 延享2年(1745年)10月27日 - 延享3年(1746年)6月12日
87 久世広氐 延享3年(1746年)3月1日 - 4月24日
88 柴田康闊 延享3年(1746年)4月29日 - 7月21日
89 徳山秀栄 延享3年(1746年)7月21日 - 延享4年(1747年)12月7日
90 杉浦貞隣 延享3年(1746年)10月10日 - 延享4年(1747年)5月19日
91 河野通延 延享4年(1747年)9月12日 - 寛延2年(1749年)12月1日
92 長田元鋪 延享4年(1747年)12月7日 - 延享5年(1748年)7月5日
93 松平忠陸 寛延元年(1748年)10月7日 - 寛延2年(1749年)3月16日
94 深尾鼂明 寛延2年(1749年)10月19日 - 寛延3年(1750年)4月5日
95 松平忠陸 寛延2年(1749年)12月2日 - 寛延3年(1750年)11月15日
96 小林春郷 寛延3年(1750年)10月23日 - 宝暦2年(1752年)2月15日
97 柘植晃正 寛延3年(1750年)11月15日 - 寛延4年(1751年)2月21日
98 松平正継 寛延4年(1751年)10月8日 - 宝暦2年(1752年)3月13日
99 桜井政甫 宝暦2年(1752年)2月28日 - 宝暦3年(1753年)7月5日
100 菅谷政輔 宝暦2年(1752年)10月18日 - 宝暦3年(1753年)3月29日
101 宝暦3年(1753年)7月10日 - 9月25日
102 大久保忠高 宝暦3年(1753年)10月15日 - 宝暦4年(1754年)3月22日
103 桑嶋政恒 宝暦3年(1753年)10月15日 - 宝暦5年(1755年)8月15日
104 安藤惟要 宝暦4年(1754年)10月12日 - 宝暦5年(1755年)8月15日
105 朝倉景増 宝暦5年(1755年)8月15日 - 宝暦6年(1756年)11月3日
106 戸田忠汎 宝暦5年(1755年)10月17日 - 宝暦7年(1757年)3月21日
107 山岡景之 宝暦6年(1756年)11月17日 - 宝暦8年(1758年)7月18日
108 小笠原信用 宝暦6年(1756年)11月17日 - 宝暦7年(1757年)4月23日
109 向坂言政 宝暦7年(1757年)10月18日 - 宝暦8年(1758年)3月26日
110 久松定愷 宝暦8年(1758年)7月18日 - 宝暦9年(1759年)9月3日
111 松平政尹 宝暦8年(1758年)10月22日 - 宝暦9年(1759年)5月6日
112 堀親敷 宝暦9年(1759年)9月3日 - 宝暦10年(1760年)11月9日
113 坂部明之 宝暦9年(1759年)10月11日 - 宝暦10年(1760年)7月6日
114 芝山正武 宝暦10年(1760年)2月15日 - 7月6日
115 宝暦10年(1760年)10月23日 - 宝暦12年(1762年)12月15日
116 島一巽 宝暦10年(1760年)11月27日 - 宝暦11年(1761年)4月27日
117 酒井忠高 宝暦11年(1761年)9月27日 - 宝暦12年(1762年)閏4月4日
118 島一巽 宝暦12年(1762年)12月21日 - 閏4月4日
119 本多昌忠 宝暦12年(1762年)9月10日 - 明和2年(1765年)4月1日
120 本多紀品 宝暦12年(1762年)12月16日 - 宝暦13年(1763年)5月14日
121 長谷川正直 宝暦13年(1763年)10月13日 - 宝暦14年(1764年)5月3日
122 笹本忠省 宝暦13年(1763年)2月27日 - 宝暦14年(1764年)4月6日
123 明和元年(1764年)9月7日 - 明和2年(1765年)5月24日
124 長谷川正直 明和2年(1765年)4月1日 - 明和3年(1766年)6月18日
125 浅井元武 明和2年(1765年)9月22日 - 明和3年(1766年)6月2日
126 細井正利 明和3年(1766年)3月15日 - 明和4年(1767年)7月25日
127 遠藤常住 明和3年(1766年)9月8日 - 明和4年(1767年)9月10日
128 曲淵景忠 明和3年(1766年)11月10日 - 明和4年(1767年)6月15日
129 荒井高国 明和4年(1767年)9月22日 - 明和5年(1768年)6月2日
130 永山直幡 明和4年(1767年)10月22日 - 明和6年(1769年)6月13日
131 仁賀保誠之 明和5年(1768年)10月4日 - 明和6年(1769年)3月29日
132 松田貞居 明和6年(1769年)6月13日 - 明和7年(1770年)6月27日
133 菅沼虎常 明和6年(1769年)9月25日 - 明和7年(1770年)4月24日
134 石野唯義 明和7年(1770年)6月27日 - 明和8年(1771年)7月29日
135 浅井元武 明和7年(1770年)7月22日 - 明和8年(1771年)5月3日
136 平岡正敬 明和7年(1770年)10月21日 - 11月22日
137 永井直該 明和7年(1770年)11月24日 - 明和8年(1771年)5月3日
138 中野清方 明和8年(1771年)7月29日 - 明和9年(1772年)2月22日
139 長谷川宣雄 明和8年(1771年)10月17日 - 明和9年(1772年)10月15日
140 中山信将 明和9年(1772年)3月6日 - 10月3日
141 蒔田定賢 明和9年(1772年)3月23日 - 8月16日
142 安部信盈 明和9年(1772年)10月3日 - 安永2年(1773年)7月9日
143 島田政弥 明和9年(1772年)10月19日 - 安永2年(1773年)7月9日
144 赤井忠晶 安永2年(1773年)7月9日 - 安永3年(1774年)3月20日
145 庄田安久 安永2年(1773年)10月19日 - 安永3年(1774年)5月10日
146 菅沼定亨 安永3年(1774年)3月20日 - 安永5年(1776年)12月12日
147 松田勝易 安永3年(1774年)10月11日 - 安永4年(1775年)5月13日
148 島田政弥 安永3年(1774年)12月12日 - 安永4年(1775年)5月13日
149 荒木政為 安永4年(1775年)10月18日 - 安永5年(1776年)3月20日
150 杉浦勝興 安永5年(1776年)3月21日 - 6月4日
151 長田繁趬 安永5年(1776年)10月10日 - 安永6年(1777年)4月16日
152 土屋守直 安永5年(1776年)12月14日 - 安永8年(1779年)1月15日
153 贄正寿 安永8年(1779年)1月15日 - 天明4年(1784年)7月26日
154 建部広般 安永8年(1779年)9月22日 - 安永9年(1780年)3月29日
155 水野忠郷 安永9年(1780年)10月7日 - 天明元年(1781年)閏5月1日
156 建部広般 安永9年(1780年)11月9日 - 天明2年(1782年)4月24日
157 堀秀隆 天明元年(1781年)10月13日 - 天明2年(1782年)4月24日
158 安部信富 天明2年(1782年)10月9日 - 天明3年(1783年)5月7日
159 前田玄昌 天明3年(1783年)3月12日 - 5月7日
160 柴田勝彭 天明3年(1783年)9月25日 - 天明4年(1784年)4月16日
161 前田玄昌 天明3年(1783年)10月27日 - 天明4年(1784年)4月16日
162 横田松房 天明4年(1784年)7月26日 - 天明5年(1785年)11月15日
163 堀秀隆 天明5年(1785年)11月15日 - 天明8年(1788年)9月28日
164 前田玄昌 天明6年(1786年)1月23日 - 5月3日
165 長谷川宣以 天明7年(1787年)9月19日 - 天明8年(1788年)4月28日
166 天明8年(1788年)10月2日 - 寛政7年(1795年)5月16日
167 松平定寅 天明8年(1788年)10月6日 - 寛政元年(1789年)4月21日
168 寛政元年(1789年)10月16日 - 寛政2年(1790年)3月25日
169 佐野政親 寛政2年(1790年)10月7日 - 寛政3年(1791年)3月17日
170 松平定寅 寛政3年(1791年)4月7日 - 寛政4年(1792年)5月11日
171 太田資同 寛政4年(1792年)9月4日 - 寛政5年(1793年)3月28日
172 寛政5年(1793年)9月27日 - 寛政6年(1794年)3月29日
173 長谷川佑正 寛政6年(1794年)10月1日 - 寛政7年(1795年)3月30日
174 森山孝盛 寛政7年(1795年)5月8日 - 寛政8年(1796年)6月2日
175 塩入利恭 寛政7年(1795年)9月11日 - 寛政8年(1796年)4月4日
176 寛政8年(1796年)6月2日 - 12月29日
177 池田政貞 寛政8年(1796年)10月6日 - 享和元年(1801年)5月1日
178 大久保忠良 寛政8年(1796年)12月29日 - 寛政9年(1797年)3月30日
179 加藤則陳 寛政9年(1797年)10月9日 - 寛政10年(1798年)3月30日
180 三上季寛 寛政9年(1797年)12月1日 - 寛政10年(1798年)1月12日
181 加藤則陳 寛政10年(1798年)10月19日 - 寛政11年(1799年)3月30日
182 岡部忠英 寛政11年(1799年)10月16日 - 寛政12年(1800年)3月30日
183 奥田高寛 寛政12年(1800年)10月10日 - 享和元年(1801年)3月21日
184 岡部忠英 享和元年(1801年)5月2日 - 享和2年(1802年)5月14日
185 近藤正方 享和元年(1801年)10月17日 - 享和2年(1802年)3月29日
186 大河内正寿 享和2年(1802年)5月14日 - 文化元年(1804年)4月4日
187 徳永昌常 享和2年(1802年)10月11日 - 享和3年(1803年)3月29日
188 間宮光徳 享和3年(1803年)10月9日 - 文化元年(1804年)7月4日
189 戸川逵旨 文化元年(1804年)5月29日 - ?
190 大林親中 文化元年(1804年)10月12日 - 文化2年(1805年)4月4日
191 戸川逵旨 文化2年(1805年)7月8日 - 文化3年(1806年)3月7日
192 荒尾成章 文化2年(1805年)10月19日 - 文化4年(1807年)12月22日
193 大林親中 文化3年(1806年)10月10日 - 文化4年(1807年)4月29日
194 文化5年(1808年)12月14日 - 文化8年(1811年)1月21日
195 渡辺孝 文化6年(1809年)10月10日 - 文化7年(1810年)3月27日
196 池田政則 文化7年(1810年)3月23日 - 文化10年(1813年)4月14日?
197 松浦忠 文化7年(1810年)10月16日 - 文化10年(1813年)7月12日
198 井上正治 文化10年(1813年)7月12日 - 文化11年(1814年)7月24日
199 松下保綱 文化11年(1814年)7月24日 - 文化13年(1816年)7月9日
200 渡辺永図 文化13年(1816年)7月10日 - 文政元年(1818年)10月27日
201 井上正治 文化13年(1816年)10月25日 - 文化14年(1817年)3月25日
202 安藤惟久 文化14年(1817年)10月3日 - 文政元年(1818年)3月26日
203 井上正治 文政元年(1818年)10月8日 - 文政2年(1819年)3月7日
204 中川忠和 文政元年(1818年)10月29日 - 12月12日
205 長井昌純 文政元年(1818年)12月12日 - 文政8年(1825年)12月24日
206 松浦剛 文政2年(1819年)10月6日 - 文政3年(1820年)3月29日
207 蒔田定交 文政3年(1820年)10月25日 - 文政4年(1821年)3月27日
208 斎藤利道 文政6年(1823年)12月3日 - 文政7年(1824年)3月27日
209 文政7年(1824年)10月4日 - 文政8年(1825年)3月30日
210 文政8年(1825年)10月16日 - 文政9年(1826年)12月22日
211 松平忠房 文政8年(1825年)12月27日 - 文政9年(1826年)3月30日
212 文政9年(1826年)5月29日 - 文政10年(1827年)8月16日
213 永田正邦 文政10年(1827年)8月17日 - 天保2年(1831年)12月25日
214 矢部定謙 文政11年(1828年)10月8日 - 文政12年(1829年)6月2日
215 文政12年(1829年)12月7日 - 文政13年(1830年)閏3月28日
216 天保元年(1830年)11月6日 - 天保2年(1831年)3月19日
217 柴田康直 天保2年(1831年)12月8日 - 天保6年(1835年)8月8日
218 小野一興 天保3年(1832年)3月2日 - 天保10年(1839年)8月24日
219 角南国英 天保3年(1832年)閏11月27日 - 天保10年(1839年)3月15日
220 朽木寿綱 天保6年(1835年)8月11日 - 天保8年(1837年)5月
221 岡部福次 天保7年(1836年)6月12日 - 7月29日
222 天保7年(1836年)9月3日 - 天保8年(1837年)6月13日
223 深津正英 天保8年(1837年)6月10日 - 天保13年(1842年)8月7日
224 落合道一 天保8年(1837年)6月23日 - 天保12年(1841年)閏1月24日
225 土屋長有 天保9年(1838年)11月8日 - 天保11年(1840年)3月6日
226 山田重光 天保11年(1840年)11月3日 - 天保12年(1841年)8月10日
227 大屋明啓 天保12年(1841年)8月10日 - 天保13年(1842年)9月30日
228 太田資統 天保13年(1842年)10月4日 - 天保15年(1844年)10月15日
229 駒井信義 天保13年(1842年)10月5日 - 天保14年(1843年)5月3日
230 水野重明 天保15年(1844年)10月15日 - 弘化3年(1846年)12月15日
231 内藤忠明 天保15年(1844年)10月24日 - 弘化2年(1845年)6月17日
232 牧義制 弘化3年(1846年)12月15日 - 嘉永2年(1849年)10月8日
233 水野忠篤 嘉永2年(1849年)10月9日 - 嘉永5年(1852年)4月15日
234 久須美祐雋 嘉永5年(1852年)4月16日 - 安政2年(1855年)5月22日
235 坂井政輝 安政2年(1855年)5月22日 - 安政5年(1858年)6月5日
236 豊田友直 安政5年(1858年)6月5日 - 12月29日
237 駒井信義 安政5年(1858年)8月2日 - 11月26日
238 水野忠全 安政5年(1858年)12月29日 - 安政6年(1859年)9月10日
239 鵜殿長徳 安政6年(1859年)8月1日 - 万延元年(1860年)閏3月22日
240 黒沢篤之 安政7年(1860年)2月8日 - 文久元年(1861年)5月7日
241 大久保忠董 万延元年(1860年)閏3月22日 - 文久元年(1861年)11月16日
242 都筑峰暉 文久元年(1861年)11月18日 - 文久2年(1862年)10月24日
243 土方勝敬 文久2年(1862年)10月25日 - 文久3年(1863年)8月13日
244 大久保忠恒 文久2年(1862年)12月18日 - 文久3年(1863年)4月12日
245 池田長発 文久3年(1863年)5月15日 - 7月12日
246 佐久間信義 文久3年(1863年)8月14日 - 9月10日
247 大久保忠恒 文久3年(1863年)9月10日 - 元治元年(1864年)12月21日
248 戸田正意 元治元年(1864年)12月27日 - 慶応2年(1866年)8月4日

脚注[編集]

  1. ^ 武士の常として町奉行所の同心は帯刀してはいるものの、は使わず十手梯子を使って、生きたまま犯罪者を捕らえるのが普通であった。

参考文献[編集]

  • 釣洋一『江戸刑事人名事典』(新人物往来社、2006年)

関連項目[編集]