池田信太郎
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池田信太郎(いけだ しんたろう、1980年12月27日 - )は、福岡県遠賀郡岡垣町出身の日本のバドミントン選手。岡垣町立岡垣中学校→九州国際大学付属高等学校→筑波大学を経て、現在は日本ユニシスバドミントン部所属。身長175cm、体重68kg。右利き。背番号は7。
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[編集] 経歴
端正な顔立ちから「日本バドミントン界の王子様」の異名をとる人気選手である。2004年頃は、福井剛士 (2007年3月引退)とのペアで「イケメンコンビ」と呼ばれ「社会人選手権」のタイトルを取るなど活躍していた。 筑波大の先輩にあたる坂本修一と初めてペアを組んだ2005年1月の韓国オープンでベスト8の快挙を果たし、日本代表が指定席となる。 2006年に入ると国際大会・国内大会ともに坂本修一とのペアが固定され、2006年全日本総合選手権大会優勝、YONEX JAPAN OPENでベスト4に入り、翌2007年の世界選手権ではバドミントン日本男子では初となる銅メダルを獲得。2008年の北京オリンピックでも坂本とともにダブルスの日本代表に選出された。坂本とのペアは女子の「オグシオ」(小椋久美子・潮田玲子)にならって「イケサカ」と呼ばれる。北京オリンピックでは、世界選手権3位の実績からメダル獲得を期待されたが、1回戦でマレーシアペアにストレート負けし、初戦敗退となった。 2008年全日本総合で再びチャンピオンの座を奪還。 2009年4月24日、池田信太郎・潮田玲子の混合ダブルスペア結成を発表。イケシオとして注目を浴びている。
[編集] プレースタイル
華やかなルックスに負けない華麗なプレーが持ち味。高速スピード展開の男子ダブルスにおいて司令塔の役割を果たす。スマッシュ、ドライブをカットして前衛に入り、パートナーにスマッシュを打たせる「トップ&バック」の流れるような型を持続的にできる。 日本ユニシスの先輩である仲尾修一曰く、技術面に関してはパーフェクト。閃きのあるゲームメイクで相手の裏をかくことのできる頭の良いプレーヤーと賞賛している。
[編集] エピソード
- 涙もろいことで有名で、泣き虫王子とも呼ばれている。
- 2007年の世界選手権準々決勝で、当時世界ランキング1位だったマレーシアペアとファイナルの激戦の末に勝利した際、感激のあまりコートに崩れ落ち、コーチに支えられながら号泣する姿を見せた。
- 親戚に俳優の梅沢武生&梅沢富美男兄弟がいる(梅沢兄弟の従兄弟(叔父の息子)の子が池田)。
- 同じ日本ユニシス所属の池田雄一 は実弟。雄一の方も全日本社会人大会を3連覇するなど、実力は折り紙つき。ナショナルユース所属。ロンドン五輪では兄弟揃っての出場が期待されている。
- フジテレビのジャンクSPORTSに出演し、坂本修一とのペア結成秘話を恋愛にたとえて語り笑いを誘った。
- 坂本修一が雑誌のインタビューで「池田選手の尊敬できるところは?」と質問され、「勝利に対して貪欲で勝ちたいという気持ちを前面に押し出し、常に自分を引っ張っていってくれるところ。」と答え、逆に池田は「お母さんみたいなところ。遠征に行くと自分の洗濯物まで一緒に洗濯してくれるんですよ。」と答えている。
- 自身のオフィシャルブログで記事の最後に“頑張る時は、いつも今”と毎回書く。
- もつ鍋が大好物で、ブログでよく食べに行ったことを書いている。
[編集] 主な成績
[編集] 国内大会
- 2004年 全日本社会人大会 ダブルス優勝(ペアは福井剛士)
- 2005年 全日本総合選手権大会 ダブルス第3位
- 2006年 ランキングサーキット2006 優勝
- 2006年 全日本総合選手権大会 ダブルス優勝(ペアは坂本修一)
- 2008年 全日本総合選手権大会 ダブルス優勝(ペアは坂本修一)
[編集] 国際大会
- 2005年 韓国オープン ダブルス ベスト8
- 2005年 デンマークオープン ダブルス 第3位
- 2006年 ヨネックスオープンジャパン2006 ベスト4(男子ダブルス日本勢で16年ぶりの快挙)
- 2007年 マレーシアスーパーシリーズベスト8
- 2007年 大阪インターナショナルチャレンジ2007 準優勝
- 2007年 スディルマンカップ2部優勝16年ぶり1部昇格に日本代表として貢献(予選3戦全勝)
- 2007年 世界選手権 ダブルス3位(日本男子史上初の銅メダル獲得)
- 2008年 全英オープン ダブルス3位(日本男子21年振りの快挙)

