既視感
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既視感(きしかん、仏: Déjà-vu: 「デジャヴュ」のように発音し、「既に見た」の意)とは、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じることである。日本語では「デジャヴ」、「デジャブ」、「デジャヴュ」などとも呼ばれる。
原語の「vu」、訳語の「視」は、いずれも視覚を意味するものであるが、聴覚、触覚など視覚以外の要素もここでいう「体験」のうちに含まれる。
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[編集] 歴史
"Déjà vu" という語は、超能力研究をしていたフランスの超心理学者・エミール・ブワラック (Émile Boirac) がシカゴ大学在学中に執筆した「超心理学の将来」 (L'Avenir des sciences psychiques, 1917年) の中で提唱されている。
[編集] 概要
一般的な既視感は、その体験を「よく知っている」という感覚だけでなく、「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。
「過去の体験」は夢に属するものであると考えられるが、多くの場合、既視感は「過去に実際に体験した」という確固たる感覚があり、夢や単なる物忘れとは異なる。
過去に同じ体験を夢で見たという記憶そのものを、体験と同時に作り上げる例も多く、その場合も確固たる感覚として夢を見たと感じるため、たびたび予知夢と混同される事もあるが、実際にはそうした夢すら見ていない場合が多く、別の内容である場合も多い。
既視感は統合失調症の発病の初期や、側頭葉てんかんの症状として多く現れることがあるが、健全な人に多発することも稀ではなく、一般的な感覚である。一般大学生の72%が経験しているという調査結果もある。[1]
過去の文学作品においても言及が見られ、近年現れ始めた現象ではないことを示している。しかし、実験で既視感を再現することは非常に困難であるため、実験を通しての研究法は確立していない。
記憶喪失や夢などのギミックと組み合わせて物語の伏線として利用されることもある。
[編集] 科学的見方
20世紀末から、既視感は心理学、脳神経学的研究対象として注目された。科学的には、既視感は予知、予言ではなく、記憶が「呼び覚まされる」ような強い印象を与える、記憶異常であると考えられている。
ほとんどのケースではその瞬間の記憶のみが強く、その記憶を体験した状況(いつ、どこで等)についてははっきりしない事が多い。同様に時間の経過により、既視感の経験自体が落ち着かない経験として強く記憶に残り、既視感を 引き起こした事象や状況の記憶はほとんど残らないことが多い。これは短期記憶と長期記憶の重なり合いが原因と考えられている。体験している事象は脳の意識的に働いている部分が情報を受け取る前に記憶に蓄えられ、処理されるからである。
他の説明としては、視覚によるものがある。その理論によると、片目がもう片方の目より僅かに早く見た部分的な視覚が記憶され、ミリ秒後にもう片方の目で見た「同じ」光景が強い既視感を引き起こすと言うものである。しかしこの説明は、既視感のきっかけが聴覚によるものや指先によるものである場合を説明できない。また、隻眼の者も既視感を経験することが報告されており、これも説明出来ない。
[編集] 未視感
既視感と逆に、見慣れたはずのものが未知のものに感じられることを「未視感」という。「ジャメヴ」、「ジャメブ」、「ジャメヴュ」(フランス語: jamais vu)とも呼ばれる。
[編集] 雑学
- 多くの場合、初めて訪れた場所の風景や会話の内容などに、既視感を持つ場合が多い。
- この現象には、様々な説があるが、人間の感覚から神経を通ってきた信号が、脳内で認識され記憶されるという段階で、脳内で認識される作業以前に、別ルートを通り記憶として直接脳内に記憶として蓄えられ、脳が認識をした段階で、既に記憶として存在するという事実を再認識する事によりおこる現象ではないかという説がある[要出典]。
[編集] 参考文献
- 楠見孝 『シンポジウム「知識の自己組織化」』 1996年

