悪魔の証明
悪魔の証明(あくまのしょうめい)とは、基本的に、所有権帰属の証明の困難性を比喩的に表現した言葉である。
この表現は、ラテン語の probatio diabolica に由来しており、古くは中世ヨーロッパにおいて、土地の所有権の帰属を証明する際に、当該所有権の由来を遡って逐一立証することは不可能であることを指して用いられた。日本の民法学においても物権法の分野ではそのような意味で現在でも使われている。
なお、それが転用され、民事訴訟法学者の兼子一らによって、上記のような消極的事実の証明の困難性を指して比喩的に用いられる例として使われたこともある。
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[編集] 語の由来
この語はもともと、中世ヨーロッパの法学者が、「古代ローマ法において所有権の帰属を証明することが極めて困難であった」とする学説を主張するにあたり、比喩として用いたものである。
[編集] 法学
ローマ法以来、いわゆるprobatio diabolicaすなわち悪魔の証明とは、「所有権を証明責任を負う当事者が、無限に連鎖する継承取得のいきさつを証明することの不能性および困難性があって必ずや敗訴する」という理屈を意味していた[1]
現代における所有権訴訟の原型観というのは、ローマ法のRei vindicatio(所有物返還訴権)に遡ることができる。ローマにおいて所有物返還訴権は、以下の(1)から(3)へと次第に発展した[1]。
- (1)legisactio sacramenti(神聖賭金訴訟)[1]
- (2)古典期におけるper sponsionem(=誓約による)訴訟[1]
- (3)per formulampetitoriam(所有物返還請求に関する方式書)での訴訟[1]
(1)の神聖賭金訴訟においては、両当事者がそれぞれ所有権者だ、との主張を行なった。被告は原告の主張を否認するだけで済まず、自身が所有権を有することを証明しなければならなかった[1]。
この神聖賭金訴訟においては、裁判官は、当事者の何れが《より良い権利》((仏)droit meiiieur、(独)besseres Recht)を有しているかを相対的証明に基づいて判断したとされているという[1]。
これに対して、(2)、(3)の訴訟では、原告のみが自己の所有権を証明し、被告のほうは原則的にそれを否認すれば足りる、とされた[1]。だが、この状況において、市民法上の所有権の取得のために必要な方式によって、問題となっている物(係争物)を取得したと証明したとするだけで十分と見なされたか、それとも、前の持ち主、前の前の持ち主…と遡ってそれを証明しなければならなかったか、という点については、大いに議論がある[1]。現代では学者の多くは後者(遡って証明する方式)だったと推定する見解のほうを採用している[1]。それでメンデルスゾーンは、以下のように述べた。
原告は自己が係争物を市民法の規定する方法で取得したことを証明しなければならないのみならず、更に、彼の前の持ち主が所有権者であったことを証明しなければならない。つまり原告は a non domino(=無権利者)から取得した者ではないことを証明しなければならない。これは理論的に言えば、前の持主から前の持主へと、最初の占有者まで遡ることを必要とする。これだから、後にこの証明は「悪魔の証明」と呼ばれることになったのだ![1]
現在では権利外観理論や権利公示制度の発達により、ローマ法における悪魔の証明という事態は起きなくなっている。ただし、権利の存在を推定する規定がある場合、理屈の上では、権利の不存在を否定するためには、あらゆる原因による権利の発生原因たる事実が不存在であること、発生した権利が消滅した場合であっても、その後さらにあらゆる原因による権利の発生原因事実が発生していないことを証明しなければならないことになる[要出典]。そのようなこともあり、権利の不存在の証明について悪魔の証明という語が日本の法学界で使われることがある[要出典]。
民事訴訟においては、ローゼンベルクの証明責任論以来、権利関係の発生・消滅・障害・阻止の原因たる事実を主張する方にその証明責任を負わせるべきとの考え方が支配的であるが、これらの事実は通常は積極的事実である。また、過失などの法的評価が要件となる場合には、評価根拠事実と評価障害事実によって証明責任を分担させるべきという考え方も、積極的事実と消極的事実の分類に対応したものと考えられる。そのほか、証明責任に関する議論においてしばしば「悪魔の証明を強いることになる」などの表現が用いられることがある[要出典]。一方で、証拠の偏在なども考慮要素として挙げられることもある。
[編集] 出典・脚注
- ^ a b c d e f g h i j k 七戸克彦「所有権証明の困難性(いわゆる「悪魔の証明」について) : 所有権保護をめぐる実体法と訴訟法の交錯」、『慶應義塾大学大学院法学研究科論文集』第27号、慶應義塾大学、1988年3月、 pp. p73-97頁。
[編集] 参考文献
- 七戸克彦「所有権証明の困難性(いわゆる「悪魔の証明」について) : 所有権保護をめぐる実体法と訴訟法の交錯」、『慶應義塾大学大学院法学研究科論文集』第27号、慶應義塾大学、1988年3月、 pp. p73-97頁。
[編集] 関連文献
- 七戸克彦(1989)「登記の推定力 : 比較法的考察」法学研究