平戸大橋

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平戸大橋
平戸大橋(平戸大橋公園より)
所在地 日本の旗 日本
平戸市田平町小手田免-同市岩の上町間
平戸瀬戸
長さ 665m
10.7m
高さ 30m(桁下)
形式 吊り橋
建設 1973 - 1977年
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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国道383号標識
田平町側より見る
道路部から主塔を見る(平戸島側より撮影)

平戸大橋(ひらどおおはし)は長崎県平戸市にあり、同市の中心市街地がある平戸島と本土部(旧田平町)を隔てる平戸瀬戸に架かる吊り橋である。国道383号の一部であるほか、かつては橋を含む区間は有料道路だった(後述)。

鋼製の橋全体が鮮やかな朱色に塗られており、平戸島側にある平戸大橋公園からは青い海と空に映える橋の全体像が見渡せる。

目次

[編集] 要目

  • 延長 : 665m(中央径間465.4m)
  • 橋の等級 : 一等橋
    • 設計自動車荷重 : 20トン
  • 幅員 : 10.7m
  • 桁下高さ : 30m

[編集] 歴史

  • 1966年(昭和41年)3月 : 長崎県が平戸瀬戸架橋調査事業を県政振興計画に加える。
  • 1969年(昭和44年)12月26日 : 平戸大橋有料道路の建設が建設大臣より許可される。
  • 1973年(昭和48年)3月16日 : 長崎県知事と田平町長らとの間に「平戸大橋の建設に伴う田平町商工振興に関する協定書」が調印される。
江戸時代の平戸往還以来、平戸の中心部へのアクセスは平戸口(田平港=田平町日の浦)から船で平戸瀬戸を渡るのが主な交通手段であったが、大橋が架橋されれば通過地点に過ぎなくなるため、乗り換え客を対象とした商店や海運業者には大きな打撃となる。このため、田平町では反対運動を行う組織が作られ、県や国へ陳情・交渉を繰り返していたが、上記協定書で一定の配慮がなされることとなったため、これ以降同町内での反対の動きは収束へ向かった。
  • 1973年(昭和48年)3月26日 : 平戸大橋の起工式が行われる。
  • 1977年(昭和52年)4月4日 : 開通式が行われ、供用を開始する。
  • 1987年(昭和62年)4月4日 : 開通10周年にあたり、電球によるイルミネーションが取り付けられる。
  • 1996年(平成8年)3月11日 : 平戸大橋有料道路が維持管理有料制度による有料道路となる。
  • 2007年(平成19年)7月19日 : 午前8時50分ごろ、大橋下を通過中の貨物船のクレーン先端が平戸大橋に衝突し、橋が破損した。また、並行する送電線が切断されたため平戸市と周辺の約3万世帯が停電するなどの影響が生じた。
  • 2010年(平成22年)4月1日 : 平戸大橋有料道路が無料開放される。

[編集] 平戸大橋有料道路

平戸大橋有料道路(ひらどおおはしゆうりょうどうろ)は、当橋を含む全長約1.1kmの道路である。長崎県道路公社が管理する有料道路であったが、2010年4月1日より無料開放された。

橋には車道と並んで歩道があったが、車両のみ通行料金[1]を徴収していた。

[編集] 有料道路の要目

  • 起点 : 長崎県平戸市岩の上町
  • 終点 : 長崎県平戸市田平町小手田免
  • 全長 : 約1.1km
  • 車線数 : 両側2車線
  • 総事業費 : 約56億円[2]

[編集] 周辺

  • 平戸大橋公園
  • 田平公園

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

「田平町郷土誌」(田平町教育委員会)

[編集] 脚注

  1. ^ 有料道路末期の通行料金は、普通車・中型車・軽自動車は100円、大型車 (I) は150円、大型車 (II) は300円、軽車両等は10円だった。 ※出典は外部リンク(平戸大橋有料道路)による。(2012年2月7日閲覧)
  2. ^ 外部リンク(平戸大橋有料道路)による。(2012年2月7日閲覧)
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[編集] 外部リンク

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