塩船観音寺

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塩船観音寺
Shiofunekannonji.jpg
境内とつつじ祭り
所在地 東京都青梅市塩船194
位置 北緯35度48分15.4秒
東経139度16分52.4秒
座標: 北緯35度48分15.4秒 東経139度16分52.4秒
山号 大悲山
宗派 真言宗醍醐派
寺格 別格本山
本尊 十一面千手千眼観世音菩薩
創建年 伝・大化年間(645年 - 650年
開基 伝・八百比丘尼
札所等 関東八十八ヶ所72番
東国花の寺百ヶ寺 東京13番
奥多摩新四国59番
文化財 本堂・厨子、仁王門、阿弥陀堂(国の重要文化財)
木造千手観音立像、木造金剛力士立像2躯、木造二十八部衆立像(都有形文化財)
薬師堂、木造薬師如来立像、銅鐘ほか(市有形文化財)
大スギ(都天然記念物)
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本堂(国の重要文化財)

塩船観音寺(しおふねかんのんじ)は、東京都青梅市塩船にある真言宗醍醐派別格本山。山号は大悲山。関東八十八ヶ所霊場第七十二番札所、東国花の寺百ヶ寺東京第十三番札所、奥多摩新四国八十八ヶ所霊場第五十九番札所。

御詠歌:わすれずも みちびきたまえ かんぜおん ぐぜいのふねに のりていたらむ

歴史[編集]

伝説によれば、大化年間(645年 - 650年)に、若狭国八百比丘尼が、紫金の千手観音像を安置したことに始まるという。また「塩船」の名は、天平年間(729年 - 749年)に行基がこの地を訪れた際、周囲が小丘に囲まれて船の形に似ているところから、仏が衆生を救おうとする大きな願いの船である「弘誓の舟」になぞらえて、名付けられたものと伝えられている。貞観年間(859年 - 877年)には、安然が12の坊舎を建てるなど、興隆を極めたという。

鎌倉時代には武蔵七党の流れを汲む金子氏の庇護を受け、室町時代には青梅・奥多摩方面に勢力をもっていた三田氏の帰依を得て栄えた。

室町時代後期に建てられた本堂阿弥陀堂、仁王門は、本堂内の厨子とともに国の重要文化財に、本尊の十一面千手千眼観世音菩薩(千手観音)像、眷属の二十八部衆像などは東京都の有形文化財に指定されている。

また、ツツジが有名で、毎年春(特に5月)にはつつじ祭りが開催されている。多くの観光客が押し寄せるが、この時期には入山料が必要である。

文化財[編集]

重要文化財(国指定)[編集]

  • 本堂(附:厨子)寄棟造、茅葺。桁行5間、梁行5間。
  • 仁王門 - 切妻造、茅葺の八脚門。
  • 阿弥陀堂 - 寄棟造妻入、茅葺形銅板葺。桁行2間、梁行1間の身舎の周囲に庇をめぐらした形式になる。 

以上3棟はいずれも室町時代後期頃の建立。昭和21年(1946年)に旧・国宝保存法に基づく国宝(現行法の「重要文化財」に相当)に指定され、昭和25年(1950年)8月29日、文化財保護法施行にともない重要文化財になっている。

東京都指定有形文化財[編集]

  • 木造千手観世音菩薩立像 - 当寺の秘仏本尊。像高145センチ。寄木造。像内の銘により、文永元年(1264年)に仏師快勢・快賢らが造立したことがわかる。細身の体躯に複雑な衣文を刻んだ、当時流行の宋風の像である。昭和27年(1952年)指定。
  • 木造金剛力士(仁王)立像 2躯 - 昭和35年(1960年)指定。
  • 木造二十八部衆立像 - 鎌倉時代〜室町時代の作。28躯のうち、五部浄居天像には文永5年(1268年)、功徳天像には建治2年(1276年)の胎内銘がある。昭和58年(1983年)指定。

青梅市指定有形文化財[編集]

  • 薬師堂 - 昭和43年(1968年)指定。
  • 木造薬師如来立像 - 昭和43年(1968年)指定。
  • 木造毘沙門天立像 本尊脇侍 - 昭和43年(1968年)指定。
  • 木造観音菩薩立像 阿弥陀如来脇侍 - 平成17年(2005年)指定。
  • 銅鐘 - 昭和43年(1968年)指定。
  • 青石塔婆(大板碑) - 昭和39年(1964年)指定。
  • 大般若経 - 昭和39年(1964年)指定。

東京都天然記念物[編集]

  • 観音寺の大スギ(夫婦杉、二本) - 昭和28年(1953年)指定。

所在地[編集]

東京都青梅市塩船194

交通アクセス[編集]

参考文献[編集]

  • 久野健監修、川尻祐治編『関東古寺の仏像』、芸艸堂、1976、pp.52 - 54
  • GAKKEN MOOK『東京近郊仏像めぐり』、学研、2009、pp.60 - 61

関連項目[編集]

外部リンク[編集]