塚原直也
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| 国籍 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1977年6月25日(34歳) | |||||||||||||||||||||||||||||
| 生誕地 | ||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 166cm [1] | |||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 63kg [1] | |||||||||||||||||||||||||||||
| 種目 | 体操競技 | |||||||||||||||||||||||||||||
| 所属 | 朝日生命体操クラブ | |||||||||||||||||||||||||||||
| 元コーチ | ニコライ・アンドリアノフ | |||||||||||||||||||||||||||||
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塚原 直也(つかはら なおや、1977年6月25日 - )は、男子体操競技選手・指導者。
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[編集] 略歴
1977年6月25日、長崎県に生まれる。父親は月面宙返りを編み出した五輪金メダリストの塚原光男。母親の千恵子(旧姓:小田)もメキシコオリンピックの体操女子代表選手。このような環境にあったが、体操開始年齢は11歳と遅めである。
朝日生命体操クラブにて11歳から体操を始め、明星学園小学校、明大中野高校 - 明治大学卒業。朝日生命所属。インターハイ2連覇、NHK杯3連覇、全日本選手権5連覇(1996-2000年)と長きにわたって日本のトップに君臨。1999年(平成11年)には世界選手権個人総合2位に輝く。高校時代より父・光男の現役時代の好敵手だったニコライ・アンドリアノフの指導を受ける。
オリンピックは3大会連続出場し、日本体操の低迷期を支え続けた。ついに2004年(平成16年)、アテネ五輪団体総合にて金メダルを獲得した。なお、日本のオリンピック史上初の親子金メダリストである。
2008年5月のNHK杯では8位に入賞するが、北京五輪の代表には選出されなかった。その後も現役を続行している。一方、父・光男が校長を務める「塚原体操センター」で技術アドバイザーを務めており、後進の指導にも当たっている。2009年よりオーストラリアに体操留学をしており、オーストラリア国籍取得を前提に、2012年ロンドン五輪への出場を目指している[2]。しかし、国籍取得手続きが難航しているため代表入りは困難な状態にある[3]。
[編集] 年譜
- 1988年、朝日生命体操クラブで体操を始める。
- 1993年4月、明治大学付属中野高校に入学。
- 1995年、インターハイで優勝。
- 1995年、インターハイを2連覇。
- 1996年4月、明治大学に入学。
- 1996年、全日本選手権で優勝。
- 1996年、アトランタオリンピックに出場。
- 1997年、全日本選手権を2連覇。
- 1997年、世界選手権個人総合で3位。
- 1998年、全日本選手権を3連覇。
- 1999年、全日本選手権を4連覇。
- 1999年、世界選手権個人総合で2位。
- 2000年4月、朝日生命に入る。
- 2000年、全日本選手権を5連覇。シドニーオリンピックに出場。
- 2004年8月16日、アテネオリンピックの男子体操団体で優勝。
- 2004年11月3日 紫綬褒章を受章。
[編集] 脚注
- ^ a b 公式サイト、プロフィールより
- ^ “塚原選手、豪からロンドン五輪へ 国籍取得前提に”. 共同通信 (2011年7月19日). 2011年9月17日閲覧。
- ^ “体操の塚原、世界選手権は絶望的 豪州の国籍取得難航で”. 共同通信 (2011年9月17日). 2011年9月17日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 塚原直也公式サイト
- 塚原体操センター
- 国際体操連盟公式ホームページ内 塚原直也の成績
- 塚原直也 - バイオグラフィーとオリンピックでの成績 (英語)