塚原直也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
塚原直也 Gymnastics (artistic) pictogram.svg
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1977年6月25日(34歳)
生誕地 日本の旗 日本 長崎県
身長 166cm [1]
体重 63kg [1]
種目 体操競技
所属 朝日生命体操クラブ
元コーチ ニコライ・アンドリアノフ
 
獲得メダル
オリンピック
2004 団体総合
世界体操競技選手権
1999 天津 個人総合
1999 天津 平行棒
1997 ローザンヌ 個人総合
1997 ローザンヌ 平行棒
2003 アナハイム 団体総合
2006 オーフス 団体総合

塚原 直也(つかはら なおや、1977年6月25日 - )は、男子体操競技選手・指導者。

目次

[編集] 略歴

1977年6月25日長崎県に生まれる。父親は月面宙返りを編み出した五輪金メダリストの塚原光男。母親の千恵子(旧姓:小田)もメキシコオリンピックの体操女子代表選手。このような環境にあったが、体操開始年齢は11歳と遅めである。

朝日生命体操クラブにて11歳から体操を始め、明星学園小学校明大中野高校 - 明治大学卒業。朝日生命所属。インターハイ2連覇、NHK杯3連覇、全日本選手権5連覇(1996-2000年)と長きにわたって日本のトップに君臨。1999年(平成11年)には世界選手権個人総合2位に輝く。高校時代より父・光男の現役時代の好敵手だったニコライ・アンドリアノフの指導を受ける。

オリンピックは3大会連続出場し、日本体操の低迷期を支え続けた。ついに2004年(平成16年)、アテネ五輪団体総合にて金メダルを獲得した。なお、日本のオリンピック史上初の親子金メダリストである。

2008年5月のNHK杯では8位に入賞するが、北京五輪の代表には選出されなかった。その後も現役を続行している。一方、父・光男が校長を務める「塚原体操センター」で技術アドバイザーを務めており、後進の指導にも当たっている。2009年よりオーストラリアに体操留学をしており、オーストラリア国籍取得を前提に、2012年ロンドン五輪への出場を目指している[2]。しかし、国籍取得手続きが難航しているため代表入りは困難な状態にある[3]

[編集] 年譜

[編集] 脚注

  1. ^ a b 公式サイト、プロフィールより
  2. ^ 塚原選手、豪からロンドン五輪へ 国籍取得前提に”. 共同通信 (2011年7月19日). 2011年9月17日閲覧。
  3. ^ 体操の塚原、世界選手権は絶望的 豪州の国籍取得難航で”. 共同通信 (2011年9月17日). 2011年9月17日閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語